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一章 5

橘瑞穂。



橘瑞穂?


はいこの子誰ですか?

限りなくゼロに近い確率ではあるけど、僅な可能性、そう実は後ろに橘瑞穂という女性が立っていて実はその人が話していたんだよ全くうっかりさんだなぁ、的な展開を期待して振り返ってみるとなんと女性が独り。



歩いて通りすぎていった。



学食の入口付近には衛生対策に手荒い場が付いている。その流しによくコンビニで買ってきたカップ麺の湯切り、または残飯を棄てていく輩が後を絶たないためポスターで注意書きされている。そのポスターの隣の鏡に映っていたのは、座った正志と謎の女性。私は写っていない。



左腕を挙げる。鏡の女性挙手。

右手で正拳突き。鏡の女性の正拳突き。


私の気持ち悪いせくすぃーぽーず。鏡の女性のセクシーポーズ。






全速力で鏡の前に行き、顔を近付ける。正面、左横顔、右横顔、顎を引いて、顎を上げる。



鏡に映る女性がただただ自分と同じ動きをする。

あれ、これは一体どういうことだろう。頭が今の状況に追い付けずにオーバーヒートして、偏頭痛すら引き起こしそうだ。というか、既に痛い。痛い、ということは夢ではないのだろう。

あ、これでほっぺをつねる必要がなくなったね。やった。

いやいや、しかしながら夢という可能性も捨てきれない。夢の中でも痛いものは痛いし。大体夢なら痛くない、なんてどこの誰がいい始めたことなのだろうか。実験もなければ論文もない、証明されていないじゃないか。もしかしたら世界の何処かのもの好きがやっているかもしれないけど、いや、きっとやってない。

そういえば、朝から変な夢には魘されるわ、一限目は休講に関わらず全力疾走するわ、あげくの果てには性転換? 私はいつ男をやめた。私の息子は何処にいった。私はまだチェリーボーイなんだぞ! トップシークレットなので誰にも言っていないんだぞ!

は! やっぱり夢なんじゃないか。そうだ、夢だ。

夢とわかったのなら話は早い。早く覚めてしまえばいい。




よし、殴って気絶しよう。






目の前でいきなり自分の頭を全力で殴り始める女性、という奇妙すぎる光景は正志の迅速な介入で幕を閉じた。

自分に声をかけてきた女性が挙動不審になったかと思ったら、急に自分の頭を殴り始めたのだから驚いて当然。よく止めに動いてくれたと思う。私なら見て見ぬふりをする。



私が正志の制止を振り切って殴り続けようとしてたりしたのだが、後ろから羽交い締めにされてようやく諦めた。羽交い締めという少し恥ずかしい格好にされて冷静さを取り戻したこともあるが、それよりも正志に羽交い締めで止められたことが自分に異変があったことを物語っていたからだ。


正志は見た目でわかるように文系草食型優男、私は元はバリバリの体育会系。高校では書道部にいたとかでノートに書かれた字は綺麗な反面、書道以外は殆どやる気がなかったと本人が言う通り、運動面は壊滅的なものとなっている。どのくらいかと例えると、ボーリング一ゲームで次の日筋肉痛となる。

私の母校にあった「深夜の競歩大会」に参加していたら、まず筋肉痛からは逃れられないだろう。

深夜の競歩大会については後で語るとして、そんな身体能力の正志に元体育会系の私が、羽交い締めを振りほどけなかった。


つまりは、今の私は正志以下の身体能力というわけだ。

正志…以下…本当に大変な事態だ。



「落ち着きました、か?」


「なんで敬語になってるの?こっちは今状況整理に必死なんだから少しは察してよ」


「女口調ではあるけどその図々しく自己中な発言、まさか橘か?」


「橘だっていってるでしょう。橘…み…ずき…」


「…あれ、ちょっとまて」



奇妙な間の後に正志は自分の携帯を開いた。

変なのは、私の名前。

何の迷いもなく「橘瑞穂」と名乗ったけど、私には確りとした名前があったはずなのた。

はず、と疑問型になるのは自信がないから。自分の名前というキーワードに、私の脳は「橘瑞穂」というワードしかヒットしないのだ。

名字だって橘ではなかったはず。しかし、正志は確かに橘と言った。



私の名前が、唐突に、何の前触れもなく消え去った。



今気付いたが、一人称も私になっているし、話口調も女っぽい。一体いつから…。


正志の方も、元の私の名前が出てこないでいるようで、なんとも言えない気持ち悪い感じが喉元に詰まっているのだろう。私もそうだ。



「あ!写メ!写メとってたでしょ!」



女口調が直らないが、後回し。

写メと聞いて正志も気がついたようで、自分の携帯を手に取りフォトフォルダを開く。

大学からの付き合いだが、写メの一つや二つは撮ってあるのが大学生。その中には当然私のまだ男だった頃の逞しい姿が写し出されているに違いない。その姿を見れば、名前くらいなら思い出すだろう。

連鎖反応で、この体の異変の原因も掴めるかもしれない。


正志の指が止まる。どうやら目的の写メが見つかったらしい。

が、これまた一言も発せず、じっと携帯画面に映る写メを見つめていた。



「どうしたんだよ。勿体ぶらずにみせなさいよ」




う、ダメだ。どうしても女口調になってしまう。とそんなことは後々に回して、今は写メだ。反応を示さない正志の背後に移り、携帯画面に目を落とす。






私が、その写メには確かに私と正志が肩を組んでピースした姿で写っていた。酒が入っているので少し顔が赤い。正志にいたっては真っ赤だった。

それは、先日成人祝いということで正志を含めた友達数名と居酒屋に行ったときのもので、私の記憶とも確り合致していた。

叶絵に頼んで撮ってもらった。ここまでは、完全に一致していた。







ただ一つ、私が、橘瑞穂としての、女の私が正志と肩を組んで写っていた事を除いては。


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