三章 8
網の縁が見事に触れた瞬間、吸引機の激しい吸い込みの如く、幽霊は見る見るうちに巻き込まれてスッポリ吸い込んでしまった。
虫取り網の格好して、中身は吸引力の変わらない掃除機なんですか?
網の中には、薄く発光する球体が収まっている。
これで、終わりなのか心配になるアッサリ感。武者震いも、呼吸もすっかり元通り。寧ろあんなになっていたのが恥ずかしくなるくらいだ。
「……終わり?」
私の声は、深夜の校舎に木霊する。
非日常からぐるりと日常へ戻ってきた。先程の出来事が幻ではないことは、この網に捕獲したのを見れば解る。
SF特撮ファンタジーなんでもありをやってのけていた夢麻も、いつも見慣れた無表情無愛想に。
「無茶をよくしましたね」
あ、この目は少し私を非難している目だ。何度も経験したためか、一番初めに判った表情変化。それが非難してる目ってのは悲しいけどね。
「緊張したけど、勝算はあったから大丈夫だよ」
夢麻に説明する。
今回の幽霊騒動はやっぱりカタスが原因だった。カタスは個人個人の無意識の集まった言わば概念形成体。でも噂は七変化の如く姿が変わる。さっきの幽霊だって、落ち武者の姿をしてたけど噂じゃあ人面犬だのポルターガイストだの火達磨だの一貫性がなかった。
もしかしたら複数のカタスが誕生している可能性もあったけど、なら可笑しいことが一つある。幽霊に襲われた、傷を受けたという証言、噂が一つもない。
さっきだってそう。一太刀目は夢麻を狙っていた様に見えたけど、あれは私を狙って振り下ろしたの。
夢麻は人間のカテゴリーから外れてるでしょ?だからあの幽霊には夢麻なんて目に入っていなかった。だからいくら攻撃しても無視してたわけ。
それに、あのカタスは『驚かす』って無意識が集まって生まれたカタス。だから、見た人によって姿が変わるし、驚かすだけだから直接被害はほとんどない、と考えたのよ。
現にこうやって、うまく捕獲出来たし。
「違っていたら今頃首飛んでましたね」
「それは、いやだなぁ。ただ、少し頭が冷えたら、あの幽霊この前みた映画に出てきた落ち武者にそっくりだったから、それでピンと来てね」
「………はぁ」
「そのため息は、こいつ後先もっと考えてろよってやつ?それとももっと暴れたかったわ〜じゃましやがってってやつ?」
「後者ですかね」
「後者なんだ………」
「それではそれを渡してください」
とりあえす、夢麻の不満は聞き流すことにして、差し出された手に網を渡す。
もう片方の手で、胸元から服に隠れていたペンダントを取り出す。小粒な赤いペンダントを器用に片手で開け、網に捕まっているカタスを近づける。すると、網の中からペンダントの中へと吸い込まれたではないか。
何でもありだなほんと。
網は返され、ペンダントをもう一度開けると赤い小さな球になって出てきた。それを摘むとヒョイッと口の中に入れてしまった。
「それ、食べるの?」
「厳密には違いますが、まぁそれでいいですよ。それじゃあさっさと退散しますよ」
「噂が原因だったみたいだし、幽霊も出なくなれば自然と消えてくか」
そう、その時は達成感と現実離れの連続で精神的にも肉体的にもクタクタで、直ぐに退散して布団に潜り込んだ。だから、次の日こんな話が耳に入ってくるなんて夢にも思わなかった。
「昨日、また幽霊が表れて怪我人が出たんだって」
幽霊騒動は、まだ終わっていない。