三章 6
夢麻の裏拳がそれの鳩尾らしき箇所にめり込む。
吹っ飛んだ。
振り下ろした刀は握られたまま、宙に浮く程の衝撃を与えられた体は地に叩きつけられても勢いを保ち、体を数回転させられてようやく停止する。
夢や幻、見間違いなんかじゃない。
正真正銘の非現実。
喉元から全身にかけて広がる鳥肌、寒気、吐き気、恐怖。
思えば、非現実の連続だった。半裸の巨人に始まり、性転換、無理難題のやっかい事、二度目の高校生活、幽霊騒動。
非日常の繰り返しじゃないか。それなのに、いつの間にか普通に生活できてたり、女の身体になれていったり、積極的に調べに行ったり、随分と満喫していたじゃないか。
そしてこの有様。全く、笑えないよ。
「夢麻、大丈夫そう?」
しかしながら、酷い精神状態とは裏腹に身体はしっかりと動いた。そういえば、性転換された時に色々イジったといっていた。
精神と肉体がバラバラになることはよくあるけど、精神がダメなのに肉体がしっかりするなんて逆のパターン初めてだよ。
指先を握りしめる。しっかりと握れている。
マリオネットとして動かされている気分だけど、今の状況だと動けるだけマシか。気分は今にもドロドロと溶け出しそうだけど。
「夢麻、聞こえてる?!夢麻!」
「聞こえていますから。アナタは早く呼吸を整えて、放れた精神をガッチリ掴み直してください。アナタがミスしたら大変なんですよ?」
「うん。わかった」
離してしまっていた虫取り網的な網を夢麻が投げて渡した。
私は私の役割を、まずしっかり果たそう。
しっかりと掴み直した。
「任せた」
夢麻は私に向かって返事も何も言ってくれなかった。
ただ、こちらを向いて舌をちょこんと出しておどけた。いつも通りの夢麻は、やはりいつも通りに私を小馬鹿にする。
それが、なんでこんなに安心するのだろう。
起き上がったその幽霊は、ゆっくりと此方に向かって歩き始める。一歩一歩、間を空けて進めものだから酷く遅い。
駆け出すは、夢麻。
人間離れした跳躍と初速で間合いを詰め、突き出した右手で幽霊の頭部を鷲掴みにした。
勢いの乗ったまま、その右手を廊下に叩きつける。叩きつけた頭部を軸に、一回転を決めて見せた。しっかりと着地ポーズもやってのける。
対人では、既に病院送りであろう一撃も、人外にはそうもいかないらしい。なんと仰向けのまま、上体を起こし、無理な体勢から立ちあがってみせた。
その動きにはダメージを感じさせない。そして、再び一歩踏み出して来た。
それを見た夢麻は、向かい、両手を自分の前に広げる。周囲に野球ボールほどの球体が光って次々と現れる。数にして九つ。光はバチバチと空気と衝突しながら夢麻の号令を待つ。
「それッ」
広げた両手の先をクイッと幽霊に狙い向ける。球体は一点から線へと変わり、不規則に屈折を繰り返しながら全弾放射された。九つの線は、それぞれが意志を持っているのか、一つとして同じ軌道を描かず屈折し、九点が別々に幽霊の身体を貫いた。
四肢は勿論、胴体、頭部、急所に致まで余すところなく打ち貫かれた。幽霊越しに夢麻を確認できるほど、くっきりと穴が空いている。
しかし、驚いたのは夢麻のファンタジー丸出し攻撃ではなかった。
それでも倒れず、何事もないように一歩踏み出した幽霊に驚いた。