三章 5
真夜中の校舎は、それはそれは不気味な雰囲気を放っている。それは、明るさが大いに関係しているんだと思う。
昼間、太陽の日の光が照らしつけているその時は、校舎はしっかりとその姿を表す。それに対し、夜にある明かりといえば、非常口を知らせる緑の光、消防ベルの赤い光程度。あって月明かりだけど、校舎の全てを照らすには至らない。廊下の端々は暗く不明確。先も見えないとくれば、恐怖心を焚きつけるには十分だ。
早く、帰りたい、
「夜の校舎はテンションが上がりますね」
「それでテンション上がってるのね。私にはわからないけど」
「上がりませんか?」
「全然」
視線を落とすと、視界には手に握られた虫取り網の様な物が。見た目がそのまんまだし、他に良い例えも思い浮かばない。夢麻も思いっ切り虫取り網って言ってたし、もうそれでいいかな。
重くはない。試しに二、三度振り回してみたが、シュッと綺麗に振り切れた。
これで、捕まえろと言われているけど実感が全くわかない。一歩引いて事のあらましを眺めている気分だ。
「実際本当に出てきたとして、抵抗とかしたらどうするの?」
「抵抗出来なくしますから、その後ちゃんと捕まえてください」
シャドーボクシングを私に見せながらあっさり言ってくれた。何これやだ頼もしい。
ならついでにこの網ももってほしいんだけど。出来れば独りでやってくれたりしないかなー!
「そうは問屋がおりないよねぇ」
「あ、やっぱりテンション上がってますね」
「これはヤケクソですから違いまーす」
警備員が徘徊する時間帯はすでに把握済み。いざとなったら校舎に侵入した時のように夢麻に任せれば、きっと大丈夫。
目を瞑っている間に何があったのかは、知りたくない。怖いし。
情報だと、主に上の階で遭遇しているようなので、先の見えない真っ暗闇を突き進む。
懐中電灯などは、バレやすいので使えない。だから月光と己の目だけが頼り、なんだけど頼りないよ。
「この、辺りですかね」
「大体の場所とか判るの?」
「対して役に立ちませんけど、一応は」
「私は戦力外なんだから、頼むよ?」
「戦力外の癖に最後の捕獲失敗しやがったら――」
「……しやがったら?」
「裸エプロン姿で1日奉仕させます」
「なんで?!かなり精神的にダメージデカい罰ゲームだよ?!」
「ミスしなかったら、写メだけで許します」
「はいは〜い。……あれ、それ私の裸エプロン決定してない?」
「じゃ、そゆことでヨロシク」
「いやだから―――」
言葉を遮ったものは、夢麻の背後に表れた存在。
微量な月明かりでも、しっかりと浮き出る紅い模様。肉が浮き出る程の切り傷からは、未練がましく活動を繰り返す。混濁の血染めは皮膚に張り付くき、最早一体化している程。
がっぱりと空いた頬は、微かに白い部分を残している。それが、顔の一部だと言われた所で理解できようか。
剥き出しになったその肉が、皮膚の殻からはみ出し、行き場を失う。そんな腕でも刀を握りしめたままなのは、この世に未練があるからか、憎悪がそうさせるのか。
人間と呼ぶには、余りにも醜くなり果てたそれは、大きく振り上げたその刀を迷いなく、叩きつけるように振り下ろした。
動けたのは、脳からの信号ではなく、脊髄からの反射のおかげだった。後方に上体を反らしたまま飛び跳ねる。
夢麻は背中に目があるかの様に身体を捻り、剣線の軌道を数センチ置いてかわして見せた。数秒遅れて木霊する、剣先が空を絶つ鋭い音と共に私は初めて反応に至った。
それは、間違いなく幽霊とか化け物とか、そんな類のものだった。