三章 4
今、私はとあるアパートの一部屋の前にいる。
表札には『門脇』の二文字。
そう、噂の渦中、門脇先生の住むアパートの前に立っているわけだ。
何で立ってるんだろう、と自問したくなる。勿論、幽霊騒動について聞くためだ。
一生徒が、一教師の自宅を訪れるなんて、今なら間違いなく問題行動である。しかも私今除女子高生だし。
それを考慮して、本来ならば教師の自宅を学校が教えるなんて事はまずない。火のないところになんとやら。無駄な火種は撒かないことに超したことはない。じゃあなんで私は今立っているのでしょう。
理由は簡単。夢麻が瞬時にやってくれました。
プリントが無いとか適当な理由を付けて職員室に行き、教師が目を離した隙に、パソコン本体に指を乗せる。
たったそれだけでなんで住所やらが判るんでしょうか。
忘れそうになるけど、この子あの半裸野郎と同じなんだよね。頼もしいのやら、恐ろしいのやら。
そういう夢麻の仰天能力のおかげで、こうしつ手掛かりとなる人物の所まで来れたわけだ。
大きく深呼吸をして、覚悟を固め、呼び出しベルに指を当てる。
昔からこの時が一番緊張する。それは成長しようが姿が変わろうが変わらない私の特徴だ。
ベル音が室内に響きわたる様子がドア越しに伝わる。ベル音から足音へ、そして男性の声へと移り変わる。
「門脇先生でよろしいでしょうか?」
「……はい、そうですが。その制服は、うちの生徒さん?」
「はい。学校からプリントを預かってまして、本来持ってくる子が急用らしく、代わりに私が持ってきました。こちらです」
勿論、嘘だ。正確にはプリント自体は渡す予定だったが、郵送するはずの物を拝借。夢麻のおかげ。
門前払いの保険にと夢麻に用意して貰ったのだけど、杞憂に済んで良かった。
突然の女子高生、それも在校生で自分で言うのもあれだが美少女とくれば、いくら教師といえど、いや、寧ろ教師だからこそ面を食らうのは当然。
受け身になり、流されやすいこの状態を狙わない訳にはいかない。プリントを確認しているその隙に、切り込む。
「休職中と聞いていましたけど、その足の怪我はどうされたのですか?」
「あぁ、これかい。帰り際に階段から落ちちゃってね。この有様さ、笑い話にもならないね、はははっ」
片足は丸々しっかりとギブスで被われている。松葉杖無しでは移動できないだろう。聞いていた通り、階段から落ちたのは間違い無さそうだ。
会話を切らせず、相手に話すタイミングを与えぬよう、更に続ける。本題だ。
「学校で噂になっているんですけど、その怪我、幽霊の仕業じゃないかって」
「幽霊?はははっ、まさか。なんでまた幽霊なんて」
動揺した様子も、驚いた様子も感じられない。変わらずプリントに目を通している。
「今、噂になってるんですよ、幽霊騒動」
「へぇー。休職中にそんな噂がねぇ。全く知らなかったよ」
見終わったプリントを下げ、恥ずかしそうに頭を掻きながら呟いた。
「あぁ、多分あれだ。二、三日入院してた時に生徒達が見舞いに来てくれた事があってね。その時に冗談で言ったんだよ。幽霊に突き落とされたって。笑い話のつもりだったんだけどなぁ」
「私も転校してきたばかりで、門脇先生なら噂に上がっていましたし、知っているんじゃないかって」
「プリントに書いてあった転校生は君か。学校には馴れたかい?」
「はい。クラスメートの話で、幽霊騒動について聞いてつい。失礼しました」
「多分、その噂と同じタイミングで私なり生徒なりが相次いで怪我したもんだから、私の笑い話に尾鰭がついたんだろう。ただの噂だよ」
そろそろ限界、かな。女子高生と玄関前で長話。変に受け止められたら後々面倒だし、怪我人を立ちっぱなしにさせるのも気が引ける。
ズイズイと上がり込むのもイヤだし、怪しまれても困る。引きどころってやつか。
「それじゃあプリント、ありがとうね。気をつけて帰りなさいよ」
「はい、お大事に」
緊張感は、アパートの階段を下りるときまで続いた。階段下からかけ声が聞こえる。
私に大役を押し付けて、独り気楽に待っていた夢麻だった。自動販売機で買ったスティックアイスを口にくわえてご満悦の様子。
「おつかれ」
「おかげさまで」
この距離から私の会話は聞こえていたらしい。やっぱり怖いこの子。
私の分は、と手を差し出すが返ってきたのは何の事やらといったオトボケ。ですよね。
「さて、これで原因は只の噂と偶然って事に、なるのかな?」
「やってみれば、わかりますよ。どうします?」
「どうするって?」
「今夜、狩りに行きますか?」
しばらく考えた後、意を決して答える。
「ガンバる」
いやな予感しかしない。女の子のカンは、よく当たる。
次はいよいよ幽霊と直接対決って訳ね。