三章 1
「門脇先生?彼なら今休養中だよ」
河原先輩の彼氏さんから聞き出した、新たな情報。門脇という教師の名前。その名前を頼りに担任に聞いてみると、やはり休職中らしい。
「しかし、どうして門脇先生のことを?」
担任の表情に変化はなかったものの、その教師の名前を言った時、お茶を運んでいた女性教師が此方に反応していた。やはり、幽霊騒動に関係していそうである。
「私の学年に、そういう先生がいると聞いたので。まだ一度も見たことがないので不思議に思ったんです。どういった先生なんですか?」
「どういった、といわれてもなぁ。いい先生だよ。担当は英語。確か、この学校は今年で五年目じゃなかったかな?私よりはベテランの先生だよ」
「今は休養中、と言ってましたけど、大丈夫なんですか?」
「ん〜、そればっかりはわからないなぁ。いつ復帰するかはまだ聞いていないし」
担任が斜め後ろの席に振り向く。一カ所だけ、パソコンも教材も置かれていない整理された机。多分門脇先生の席なんだろう。
私物があるのだから、学校を辞めている訳ではないらしい。だが、休職中とは。
そういえば、さっきトイレの中で女子の話題にその先生の話題が上がっていた。
なんでも、門脇先生は生活指導の担当で、その為か生徒からの評判はあまり良くない。そして、休職の理由も解っていないらしい。幽霊の仕業、ストレス、横領、援交、体罰だの色々言われていたが、噂の域を越えていない。
「て訳で、その門脇って先生が何か知ってると思うんだけど」
「私はそんなことよりも抵抗なく女子トイレに入ることの出来るようになった貴方に哀愁の感情を覚えましたよ」
「そんなことって……。ん、女子、トイレに?」
そう、私は休み時間にトイレに向かったんだ。理由は、尿意を催したから。だから、女子トイレに行って、行って。
………あ、今思ったらものすごく恥ずかしい!ヤバい、顔赤い。頭皮の神経がバリバリ反応してる!
てか最近独白でさえ女子口調になってんじゃん!なんで気がつかないの私!じゃなくて俺!
外見だけじゃなくて中身まで女の子化してどうすんの!これが女子の力?女子力?ちゃうがな!
「大変恥ずかしがっているところ申し訳ないですが、うずくまるとじゃまなんで歩いてください」
「もとはといえば、アンタらが……」
「ざまぁ」
「そこで出てくる言葉じゃないよ!」
今の「ざまぁ」、顎をくいっと上げて此方を見下ろすように、蔑んだ細い視線で口元笑みの攻撃である。Mとかなら涎がでるほどのシチュエーションなんだろうがわた、俺にはそんな属性などない!
「あの馬鹿野郎も、あれで一応実力はありますから」
「……あぁ、あの半裸ね」
あの野郎、半裸の癖してなんてことしやがったんだ全く!
気がつかないうちに身も心も女の子って、もう後戻り出来なくなりそう。
しかもあの野郎の趣味という個人的な理由で。
「……なんで、こう………」
言葉に詰まる。
もうなんと言い表したらいいのかわからないこの心境。しかも一番悲しいのは、もう自分の心がある程度落ち着いちゃってること。外部から無理やり心にアクセスされて強制的に再起動されてる気分だよ。
どんな気分だよ。
「今日の放課後、また文芸部に行くよ」
「生徒の方が、教師の情報を聞き出しやすいですしね。あの人達、そういうの好きそう」
「いっそ、探偵クラブか何かつくった方が、教師協力してくれるんじゃないの?」
「ノリノリですね」
「今は別のことに集中させて」
でないと、自分を見失いそうで怖い。やることがあるというのは、良いことだ。