二章 16
問答無用で連行された文芸部の副部長、河原先輩は給水の終えたポットを片手に制服姿でひょっこり現れた。
在校生に会えたらラッキーとは想っていたけど、まさか知り合いと鉢合わせになるなんて予想外。
「河原先輩、どうしてここに?」
「お見舞い。そういう橘さんは?」
「あ、えぇ……と、ですね」
いや、予想外でもなかったや。
前に、河原先輩の彼氏が入院していると言っていたのをすっかり忘れていた。もしくは親族のお見舞いなのかもしれない。
こちらの歯切れの悪さに、私達がどうしてここにいるのかを察したようで、こちらも苦笑いを返した。
「あんまり迷惑かけちゃだめよ。転校してきていきなり問題なんて起こしちゃうと、妙な噂がたっちゃうわよ」
「気をつけます。所で、河原先輩の方は、お見舞いって言ってましたけど……」
「ん?大丈夫。両親やおじいちゃんが入院してるみたいな深刻なもんじゃないから。知り合いがバカやって入院したから顔見に来たの」
「知り合いって、彼氏さんですか?」
「あら、言ってたっけ?そう、夜中に学校忍び込んで階段から落ちたバカが、今の私の彼氏よ。よかったら、覗いてく?」
「いいんですか?」
「いいのいいの。あのバカには良い薬よ」
河原先輩の彼氏と言えば、部室で言っていた例の騒動の被害者の一人だ。確か、深夜に仲間と一緒に学校に忍び込んだとか。
河原先輩自身は、若気の至りで怪我をした、としか受け取っていないようだった。彼氏の話になると、必ず眼が少し弛んだ、小馬鹿にしている眼になってしきりに「バカだよね」と呟いている。
バカバカという先輩の呟きを聞いているうちに、病室の前にたどり着いた。
中は四人一部屋の造りで、先輩の彼氏さんは、奥の窓際のカーテンで覆われたベッドのようだ。
「給水ついでに後輩連れてきたよ」
片手でガラッとカーテンを捲る。滑りがいいのか、一掻きでL字の折り返し地点までスススッと滑るレーン。
先輩が、良い薬だと言ったのが解った。
キョンシーのように前に突き出した状態でグルグル巻きの両手を吊された男性の姿は、言っては悪いが、なんとも情けなかった。
「なんで後輩連れてきてるんだよ」
「さっき偶然会っちゃってね。この子、話してた最近転校してきた橘さんと語創さん。こちら、只今絶賛停学中のダメ人間くん」
「紹介するならまともに紹介しろ!」
「警備員の監視を掻いくぐり、夜中に忍び込んで肝試し、挙げ句の果てに階段から落ちて怪我までしちゃった上級生」
「更にひどくなったじゃねーか!事実だけに何ともいえねーけど!」
声高らかに猛抗議するが、両腕の状態がキョンシーなせいでむなしく響くだけの状態だ。河原先輩もキャンキャン喚く子犬を頭上から眺めるような笑顔だ。
この患者が、河原先輩の彼氏である高峰先輩。先輩といっても実際は二人とも後輩な訳だが、私はそんな事を気にするような人間ではない。後輩に陰口言われたくないから身に付いた耐性も、こうやって役に立つんだなぁ。
運動部に所属しているようで、体のつくりはがっしりしている。肩幅もしっかりしており、曰わく力瘤もあるらしい。
キョンシー状態では見せられるはずがないけど。その事で河原先輩にまたバカバカと蔑まれていた。
怪我事態はそれほど酷くはないらしい。しかし、停学中で、一日中家にいる様な性格でもないため、両親の策略でこうして拘束されている、と高峰先輩は訴えた。
勿論、自業自得だと河原先輩にバッサリ切り捨てられたら。
両腕骨折が、大したこと無いって凄いな運動部。
「新人戦終わったからって、浮かれすぎよ。少し頭冷やしなさいバカ」
今日何度目か解らないほど聞いたバカという単語。
一日でこの量なのだから、高峰先輩はうんざりするほど聴いたのだろう。流石に、初対面とはいえ、後輩の前では恥ずかしかったらしく口を走らせ言った。
「わ、わかったから、ほら、財布もってなんか飲み物買ってこいよ、購買で」
「へ〜、パシりに使うんだぁ、へ〜」
「買ってきてくださいお願いします」
完璧に尻に敷かれるタイプです。威厳もくそもないですね。それとも河原先輩は恐妻タイプなのだろうか。出来れば前者で。高峰先輩には悪いけど。
「今日は、橘さん達に免じて買ってきてあげる。適当に選んじゃうけど、リクエストある?」
「私は、紅茶で」
「ドロリッチビックサイズ」
手を挙げて何をリクエストしてるの夢麻。ビックサイズなんて初めて聞いたよ。てかあるの?なんで知ってるの?目輝かせてそんなに飲みたいのドロリッチ?!
「わかったわ。それに、いつものでいいの?」
いつもの、で通じるのだから、彼氏彼女としてはちゃんとやっていけてるようだ。私なんかが心配する事でもないけど。
引き出しから財布を取り出し、病室を後にする河原先輩。
よく考えたら、初対面どおし気まずいじゃん、と河原先輩に同行しようとした時にはもうカーテンがふわっと名残惜しく波打っていた。
気まずい空気が漂う前に、口火を切ったのは、高峰先輩。
「ごめんね、用事とか大丈夫?」
申し訳無さそうな顔で、話しかけてくれた。
用というのは、誰かのお見舞いの事だろう。それ以外で制服姿で病室に来る用なんて、殆どない。私らはそのごく一部に当たるのだけど。
大丈夫です、という私の声より先に、夢麻が割って入った。
「貴方がその怪我を負った経緯を、教えて貰っても良いですか?」
続けて、こう言った。
「私達、幽霊騒動について調べているんです」
高峰先輩の顔が、一瞬止まった。