二章 13
内容は、江戸時代を舞台とした歴史物だった。
「時代物好きなの?」
「特別好き、とかじゃない。ただ、それ、読みやすいし、短篇集だし、妖怪、出てくるし」
なるほど。帯を見れば『江戸奇怪物語』と行書体で書かれているじゃないか。登校初日の会話でで、幽霊騒動の事を詳しく訊いてたもんだから、その手に興味あるって思ったのかな。
「サンキュー。試しに読んでみるね」
パラパラと本をめくってみると、春日さんの言うように十数ページ程度の話がいつもの載っているようだ。文も古臭い表現を多用しているものの、構成は現代文であるため読みやすい。
なるほど。初心者でも読みやすく楽しみやすい、うってつけの本というわけだ。春日さんの気遣いに感謝しながら、本に視線を落とした。
「そんなに無視しな〜いで。あやめちゃんみたいにコミュニケーション不足な友達すくない寂しい女になっちゃうよ〜アイタ!」
「部外者、立ち去る?」
「そうムキになんない。だって私は本なんて参考書で十分なんだって。あ、それ!」
高坂さんの唐突に発せられた声に、私の読書は遮られた。
机に乗り出し、指を一直線に指すのは今ちょうど読んでいるこの古本。
クネクネと机に乗った身体を動かしてこの本を両手で掴み取る。
「何してる。机、壊れる」
「そこまで重くないよぉ。この本、やっぱり読んだことある。ねぇ、中に『化け泥』って話ない?」
「小説、読むんだ」
「いやさすがに読むって。試験前とか、模試前とかに練習みたく」
高坂さんの言っていた『化け泥』は三番目の怪談として載っていた。
しかし、テスト対策に読書なんてすごいなぁ。私だったらその時間を少しでも単語を覚える時間に割くよ。
未だに疑いをかける春日さんを納得させるべく、高坂さんは怪談の内容を語り始めた。
私はその内容が合っているかをチェックする為に流し読みして、と頼まれた。春日さんは、昔読んだけど内容は覚えていないらしい。
「話は子供たちが肝試しをする為に近くの墓地に向かうところから始まるんだよ。その道中で、男の童が小便をしに木陰に行くの。そこに、沼があってその子はその沼に向かって尿を出す。すると沼から泥ずくめの河童が現れてこっちに向かって来るじゃない。驚いた男の童は小便の途中で大慌てで逃げ出すんだ。翌日、同じ時間に今度は男の童が友達を連れてくるんだ。すると再び沼から河童が出てきて驚いたみんなは一目散に逃げていった。男の童は河童は怖かったとつぶやいたら、別の童は鬼が出た、他の童は母ちゃんが出てきたといってさぁ大変。次の日みんなで再び沼に行くとまた河童が現れる。今度は逃げずに近くに落ちていた大きな石をみんなで投げつけると沼の中に落ちていった。次の日の朝、沼に行ってみるとそこには干からびた沼の真ん中に石が落ちてあったとさ」
「なんか落ちらしいオチがないですね」
「昔話は、そんなもの。物語に、オチなんてない」
「まぁ、それはいいとして。さぁあやめちゃん!私にたいする謝罪を要求する!」
「そんなふうに思われる、行動してる彩香がいけない。もう少し、静かになろう」
二人の主張はぶつかり合い、やや春日さんに部があるようだった。
口論で、感情論者と理性論者とでは分が悪い。
春日さんのいった通りの内容だっただけに、私も若干驚いている。そういえば、第一印象は清楚な優等生だっけ。
今では、明るいムードメーカーな春日さんは、高坂さんに言い負かされて私に泣きついてきた。
女子最高、と思ってしまったのは何度目だろうか。
自らの理性と、微かに残るダンディズムに警戒しつつ、腰に抱きつく彼女の頭を撫でて慰め、私は化け泥を読むことにした。
意識を他に向けないと、色々とやばいからだ。