二章 12
その日は一限目の授業の前にSHRが設けられ、担任から夜間の学校の立ち入り、および6時完全下校が職員会議で決定したことが告げられた。
程なくして、昨日より10分遅れた一限目は始まった。
「7時には先生たちも全員帰宅して、暫くの間は警備会社に一任する事になったんだってさ」
「前から警備会社に任せてたんじゃなかったんですか?」
「最初の一週間だけ。後は先生たちが日替わりで残ってたんだって」
よくもまぁそんな情報知ってるなぁと感心しながら麦茶を一飲み。放課後、春日さんが部室に向かうのに高坂さんと夢麻と共について行った。
今朝の事について聞いて回る事も考えたけど、この前ですら大きな情報は得られなかったんだから無理だろう。
なんせ、今回は教師に被害が及んでる。一生徒に与えてもいい情報なんて有るわけがない。下手をすればいらない疑いもかかる危険性だってある。
前回意外な情報を貰えたこの文芸部なら、もしかするとと付いてきたわけ。
勿論、数少ないまだ出来たばかりの友達との親交を深めるためでもあるけど。
で、その思惑通りになったわけだ。
部室にはすでに部長が窓際中央の席に座っており、私達が入ってくるといらっしゃいと爽やかに微笑み、自前のだろうか、パソコンに目を戻した。
春日さんが飲み物を注いでいる間に沙月さんと魅月さんが堂々と登場。
そして今朝の話題へと繋がっていった。
「怪我って、どんなのですか?」
「骨折だって。階段から落ちて。本人は誰かに突き飛ばされたって証言してるみたいよ?」
「なんでそんなこと知ってるんですか、部長さん」
二人の質問に一呼吸置かぬ間に返すこの人、どこで調べたんですか。
少し、間が空いた後、自然と耳に入ってくるの、と含みある笑顔で答えられた。
最近の幽霊騒動があった状況での今回の事故。学校としては不注意からの事故ということにするらしい、と生徒の知らない事までペラペラと話した部長は、買い出しに行くと言って出て行ってしまった。
「部長さんって、先生の弱みでも握ってるのかなぁ」
「部長さんは顔が広いから〜。生徒会長とも仲いいみたいだし、そのおかげでこの部室使い放題〜」
「彩香先輩は」
「部外者でしょうに」
「幽霊部員も、多いし、気にしないけど」
「いや、大していないから。部長さんいなかったらとっくに部室追われてるんじゃないの?」
そんなに人居ないんだ、文芸部。確かに、まともに活動してそうなのって、春日さんと部長さんくらいだし。後の人はダラダラと漫画読んでるか、噂話を華に盛り上がってるかだし。
只今は、後者。噂話で盛り上がってます。
部室には、文芸部ということもあり書籍や他校の文集が置いてたりするので、何か読もうと本棚に手を伸ばす。
「橘さん、本、読むの?」
「一応、文芸部員ってことになったしね。普段はあんまり読まないけど。この棚にあるのって、勝手に取ったりしていいの?」
「いい。部費とか、図書館からの、だから。古いの多いけど」
本棚を見ると、なるほど。確かに帯には図書館いにいたころの名残でステッカーが貼られている本が多い。
題名も、聴いたことのない物ばかり。作者に関しては、元々夏目漱石とか太宰治とかしか知らないから、知らないし。
「あんまり本読まないからさ、何かお勧めのとかある?」
いろんな本が並べられてはいるものの、現代国語かレポートの時以外は攻略本すら読むのをためらう私には、全部同じ様に見えて仕方がない。
こういうのは、常日頃読書に勤しんでいそうな人にアドバイスを貰うのが一番。
私が声を掛けると、春日さんはそれまで読んでいた本にしおりを挟み、本棚から三冊ほど手に取ってくれた。
「妖怪とか、心霊系、好きかと思って」
話し始めた頃は、確か幽霊騒動について聴いてたっけ。何気ないことだけど、知り合って間もない人が、自分の事を覚えてくれてるっていうのは、嬉しいもんだ。
ありがとう、と早速本に手を伸ばすと、既に一冊なくなっていた。
お茶をすすりながら、当然のように手に取った書物を広げる犯人は、いつの間にか私の隣に座っていた。
この数日で、すっかり夢麻の傍若無人っぷりには耐性がついてた私は、残った二冊に手を伸ばした。