一章 3
「ぬぅわわわわわぁぁぁああああああああああっ!」
起床。
嫌な汗のせいで生ぬるい温度となった体が部屋の外気に触れて冷たさを取り戻していく。
腕を挙げる、挙がる。
手を握る、開く。
顎を斜め上に振り子の様に突き上げる、首がボッキリ折れるまで秒読み5秒前あたりの気持ちのよい音がなる。
よし、身体は動く、大丈夫だ。
念のため、上着を捲り上げる。程よく括れた腰と自分のお臍が確りと確認できた。大きなため息がこぼれ落ちる。
あの夢は何だったのだろうか。
夢には二つのタイプが存在していると私は考えている。
一つは記憶に残らない夢。夢そのものを忘れていたり、大まかなキーワードしか残っていないような夢だ。これはまだいい。忘れているならそもそも思い出すこともなく、大まかなら時間と共に忘れられていく。
もう一つは記憶に残る夢。つまり、今回見てしまった夢だ。
夢の中の自分の行動、というのは不思議なもので、基本的に、十中八九恥ずかしいものである。気取っていたり、ビクビクしていたり、怯懦だったり、梟雄だったり。
だれアナタ、と指摘したくなるものばかりの自分を何が悲しくて覚えていないといけないのか。
今回の夢は、とびきり可笑しな自分では無かったものの、半裸の巨人やら光の球体やら出来ることなら記憶のメモリーからデリートしてしまい二度と拝みたくないものである。
忘れよう。
両手をパンとならず代わりなのか、枕の下から音が聴こえてきた。
目覚まし代わりにいつものかけている携帯のアラーム音。起きた時に枕の下に隠れてしまったのだろう。
手にとってアラームを消し、そこで違和感を感じる。いつものアラームメロディではないのだ。というよりもアラーム音の設定ではなく着メロのはず。デフォルトのアラーム音ではない。
それにスヌーズによって延長されているのもおかしい。
スヌーズを切ると、いつもの見慣れた待受画面に戻る。
時間が、おかしい。
本来の時間と、ずれている。
つまりは、寝坊。
「やっばっ!」
今日は悲しいことに一限から講義が入っている。いくら大学から近いとは行っても数秒で、とはいかない。
加えて、この講義の久米川という男は遅刻にうるさい。一々講義を中断して教壇の前まで呼び他の生徒の前で吊し上げるのである。見ててイライラする。
必修科目でなかったら取ることのない単位、出来る限り休みたいがまだストックは残しておきたい。単にもう休めないくらい欠席しているだけだが。
一応、代返ヨロシクメールは送っておこう。
ベットから跳ね起き、急いで寝巻きを脱ぎ捨て干してあるTシャツに着替える。
ジーパンを履いてベルトを奥まで締める。上に何が簡単なものを着て髪をくくり、歯磨きの代わりに口臭剤を一咬み。
玄関を開けるとさぁダッシュ。自転車がこの前盗難にあったので大学までダッシュ。
ダッシュ、ダッシュ、ダンダンダダーン。
有名な黒鉄ロボットのテーマを口づさみはしないが、呼吸のテンポはこの感じ。信号、空腹、通行人の視線。その全てに耐えながらひたすら走る。いっそパンでも口にくわえていた方が絵になっただろうか。
いや、無いだろう。そもそもパンをくわえて走れば、そのパンは根本からボロリと折れちゃうだろ。走るという行為は、相応に訓練、練習指導を受けたものでないと上下に揺れる。大きく揺れる。
万歩計とかで計れるのだから、当然といえば当然だ。
故に、口にくわえた程度では崩げ落ちる。つまり、あれはまやかしだ。てか実証したし。
実家の玄関を潜る前にくわえられたパンはリタイア。後には無惨に廊下に落ちたパンと、それをふんずける私。当然、怒られた。
昔の恥ずかしい経験を思い出しながら走ること15分。大学到着。ぜぇはぁいいながら急いで講義室に向かう。幸い、この講義で使用する教室は一階にある。階段を登る心配がなく、しかも位置的にも近い。
運がいい、この時はそう思った。時間もギリギリだが、講師のロスタイムを入れるとなんとか間に合う。
間に合ったことと達成感に満たされながら講義室の扉を開けた。
誰もいなかった。
そして閉じた。暗かったしね。
って、どういうことだ!
教室を確認する。急いでいたので間違い、ということもあるのだが一字一句間違っていなかった。
携帯で時間を確認する。が、やはり間違っていない。
と、携帯の待受画面の左下に新着メール情報があった。おそらく、先ほど代返メールを送った友からだろう。
開いてみると、そこにはこう書かれていた。
『別に構わんが、今日は休講だ』
「はよいわんかい!」
メールに向けて怒鳴り散らした。