二章 1
「親の都合で転校してきました橘…瑞穂です。よろしくおねがいします」
顔を上げると高校生が沢山。
高校にいるんだから当たり前か。疎らな拍手の後担任に言われた席へと進む。場所は後ろの窓際二席、優良物件だ。
朝の母親電撃乱入により、ホームルームには間に合わず、二時間目からの参加という形になった。遅れた理由は諸事情、ということにした。
前に夢麻、後ろの席に私という位置。着席を確認して、担任は教室を後にし、授業がはじまった。実に3年ぶりの授業。
さてさて。私はこれでも血と涙と苦悩のレクイエムが織りなす受験戦争を経験し、大学までいった者である。当然、高校3年間の授業内容も履修し、単位も習得済み。
そう考えると、今更高校の授業を聞いたところで復習程度にしかならない、という仮定が生まれるのは必然。
しかし、大学生の大半は受験戦争終戦後には、その鍛えぬかれ積み上げてきた知識学力が崩れ去るものなのです!
自分の得意科目、好きだった範囲は何とか思い出せるものの、必死で反復練習した英単語、古文漢文エトセトラは本当に脳内からデリートされてしまうんです! 反復練習の習慣の大切さとは、こうして経験され、後世に伝えられるのですよ。勉強方法という形で。
何を言いたいかというと、もう二度と目にすることはないと安心しきっていた数学の教科書が、目の前に仁王立ちで立ち塞がってやがるんですよ。
授業が始まるものの、正直何やってるのかわかりません。大学生だけどわかりません。教科書これであってんの?
落ち着きなさいな、橘勇流。今は瑞穂か。私は今転校初日、未だクラスに馴染めず必死に授業に追い付こうと必死なかわいい女子高生。そんな私が指されるわけ
「えぇとぉ、ん〜、問1を山根、問2を橘、前に出て解いてみなさい」
騙されるか! きっと橘って名字の人が他にもいるんだよ! 同じ名字の人かぁ、早速話しかけるネタになったね。やったぁ!
「橘、橘瑞穂。前に出て解いてみなさい」
フラグ回収ありがとうございますぅ! 問2ってどこだよ! 何ページだよ! 黒板に書いてるね。けど残念ながらわかんないよ!
教科書を開き探してみるが見つからない。いよいよ転校初日に教壇の上でのパフォーマンスが頭によぎった時、隣の席の子が自分のノートを渡してくれた。
見ると解答の中に○で囲まれた、しかもご丁寧に『ここ』と矢印マークまで付いている。情けないけど、ここは彼女の厚意に肖ろう。
ノートはとても綺麗にまとめられており、おかげで少しだけど思い出した。さっき見てた教科書じゃない方だ、と。
席にもどり、ノートを返しお礼を言うと恥ずかしそうに顔を赤くして「どういたしまして」と笑顔で言ってくれた。
うん、こんなのも、悪くないなぁ。