一章 23
「貴方に母と呼ばれたかないわこの淫乱痴女が!」
鼻血を流したままの母親が襲いかかってくるという、息子人生で発生するイベントの中では限りなくゼロに近いことを体験してしまった私は、夢麻の介入によってなんとか一命を取り遂げた。
一命というのは、比喩ではない。
「我々も用事がありますので手短に話すと、今貴方様が淫乱痴女と罵ったミドリムシが貴方の求める息子の変わり果てた姿です。心配していた拉致監禁といったことではないのでご安心を。試しに何か、自分の息子しか知りえなそうな質問でもしてみてください」
直球すぎです夢麻さん。しかし、暈しを入れず直球で伝えた事が功をそうしたのか、間が生まれた。あたふたしていた私と違い、顔色変わらず淡々と話す夢麻の影響も大きい。これなら母から息子承認への活路が見えてきた。
「ワタシと勇流は何回近親相姦という生命自然の摂理と立ち向かったでしょうか?」
「さも一線越えました様に捏造するな!響きよく言ってもダメ!」
「ほら。やっぱりワタシの息子じゃない」
「踏み越えてません私は!私は未だに童貞だ!」
「今の貴方は処女と言い直すべきでは?」
「だまらっしゃい!」
「さて、貴方方のコントにも付き合ってあげたのだから、いい加減に息子がどこか。貴方方は誰なのかを話してくれない?私も仕事を残しているの」
まぁ、そりゃそうか。いきなり息子が娘になりました、だなんて言って信じる親はいない。イタズラか、新手の詐欺かと疑うもんだ。キレて手を上げていないだけ運がいい。
だが、今現実に私は息子から娘にチェンジしちゃってるからなぁ。どう信じてもらおうか。
いや、これかなりの難題じゃない?かぐや姫の五つの難題よりも質が悪いよ。
しかし、話さなければ進まない。何を話せば解ってもらえるのか内容がまとまらないけど、それでも私は説明しようと息を吸った。
パチンッと音が鳴り響いたのは息を吸い終わった時。そして、喉仏を震わせようと息を吐く頃には、それまで自分の部屋にいたはずなのに、辺り一面暗黒世界のど真ん中といった別世界へとワープしていた。
犯人は隣にいる夢麻。昨日の内に大抵の異常現象には遭遇していたため、驚きはしたが比較的落ちつけた自分とは対照的に、思考がポンと飛んでしまった母。
「ぁ、ぁ、あああ落ちるうううううう!」
普通の反応をしてくれてありがとう。いやね、こんな母親ですから平気に「で?」とか言ってきそうなんですよ。
といいますか、こんな反応をしている自分が悲しいよ。
「落ちはしません。これでお分かりいただけたでしょうか。今彼、いいえ、彼女には摩訶不思議な現象が起こりうる環境にいます。出来れば、早急なご理解をお願いしたいのですが」
と言い終わるとパチンッと再び指を鳴らした。うん、いつもの自分の部屋だ。
まだ状況の掴めていない母に対し、こともあろうか済ました笑顔の夢麻に、余り逆らうのはよそうと切に思う私でした。