一章 21
寝むる時に、もしかしてまたあの夢をみるんじゃないかって身構えていたけどそんなことは無かった。
それだけは、本日唯一の救いだった。
そして、願うことなら清々しい気分で朝を迎えたかった。過去形である。
早朝、けたたましい音に起こされた。ノックとチャイムの二重奏が部屋中に鳴り響き、一瞬で寝ぼけた状態から覚醒状態へと意識が切り替わった。
一体何なんだと、重い体を起こして玄関へと向かう。因みに夢麻は寝てます。
新聞の勧誘にしては荒いし、どこかの新興宗教の勧誘か。お金を借りた覚えもないので危ない人が玄関に立ってはいないだろうし。
悲しことに、『危ない』という部分では、当たってしまっていた。
自分の母親が般若になって立っていました。
さて、今私は自分の部屋で座っています。横にはまだ頭をカクンカクンしている夢麻。目の前には今にも噴火しそうな私の母親、橘静葉。
私を見るなり般若の目から涙が流れたかと思うと、一層目を吊り上げ胸ぐらを掴みかかる母は、何やら怒鳴り散らしていた。残念なことに、余りに大きな声のため全く聞き取れなかったのだが、雰囲気や仕草から察するに、私に対してメス豚的な暴言を連呼しているようだ。
昨日、そういえば電話してたことを思い出した。その時はこっちも色々とあって、ろくに説明しなかったからなぁ。
恐らく、私を彼女か何かと勘違いしているようだ。
その後、母の怒鳴り声で目が覚めた夢麻も出てき、さぁたいへん。
愛人だの二股だの羨ましいだの近親相姦だの、もうぶっ飛び過ぎて制御不能となった母に、何を言っても効果なし。
説明しようにも聞く耳もたず。
夢麻は夢麻で立ちながら寝ようとするし、母は泣くわ喚くわもう大変。
意を決して土下座&懺悔に元の自分の名前を餌に、どうにかここまでこぎ着けた。
しかし、「貴方の息子さんの橘勇流さんについて重要なお話があります!息子さんは愛する母と会えず、泣く泣く今は席を外しておりますが直ぐに来ます!」と自分で言うのは、凄く恥ずかしかった。穴があったら入りたい、土下座のおかげで赤面はバレなかった。土下座グッドジョブ。
「で、わ・た・しの愛する息子はどこ?それと、貴方たちあばずれ二人は何?」
『わたし』を強調しなくてもいいのに。それと初対面の人にあばずれは無いでしょう、母よ。
この目の前にいる今にも爆発しそうな核弾頭こそ、私の母親である。そして、悲しくなるほど親バカ、という肩書きが付いている。
無理もないといえばそうである。父親が早くに他界した母子家庭で、生まれたばかりの私を女手一つで育てたのだ。一人息子を女独りで育てるというのは、想像以上に過酷なのだろう。始めての育児、頼るパートナーの不在、出費、過労、身心ともにどれだけ削ったのか、私にはそれこそ想像がつかない。
何せ、常に母は笑顔を絶やさなかったからだ。後やたらと引っ付いてくる。ベッタベタしてくる。
母なりに、亡き夫への愛情も私へと注ぎ込まれたのだろう。
てか、注ぎ込みすぎて最近は親子の壁を堂々と破壊して来てるし。帰省した時なんて、朝起きたら抱き枕にされてたり、さらっと媚薬飲ませようとしたり、あれ、今冷静に考えたら、通常の感覚じゃないよね!おかしいよね!
いやいや、今考えなくてもおかしいか。とまぁ、つまりは母はドが付くほどの親バカ、ムスコン(息子コンプレックス)なわけだ。