一章 17
それに、良く良く考えたら惣菜は失礼?
コンビニ弁当を夕食に渡されてみぃな。今日初めてあって初めてのお泊まりでこれからパートナー的関係になるという追加設定でさ。
考える。
想像する。
心細げな心情を気丈に抑え込んで上がった家で、初めて出された食事が惣菜割り箸付き。
あ、少しイラっとした。
なんか、ぞんざいな扱い受けてるみたいで、やだなぁ。
手にとったカツ丼50円引きを持って踏み留まる。夢麻は興味無さげにチラチラと辺りを見ているけど、逆に見られてる気がしてならない。
被害妄想みたいに現象だけど、今日の出来事が出来事なだけにこういう思考が頭の縁に残ってしまう。
ここは、あれなんじゃないかな。噂に聞く分岐点ってやつ。
好感度? みたいな値でその後に生じる出来事が異なるっていうゲームでよく言われるあれだよ。
セーブして、どっちも試したりとかゲームなら出来るんだけど、ここは現実。セーブ&ロードなんてものはない。
ゲームオーバーはいさよなら来世に期待してね、という非常に厳しい現実。
それに私のカンが、性転換で追加された女のカンが言っている。ここは手料理でいきなさい、と。
ま、性転換で無くなったものもあるんだけど、無くなったものに嘆くより追加された機能をフルに使いこなそうじゃないかね、ワトソン君。
「ん? 移動?」
「うん、気に入ったのが無かったから。パスタとかでも大丈夫?」
「パスタ?」
「あぁ、パスタってのは、麺類の、焼きそばみたいな、冷やし中華みたいな、いや違う違う。う〜ん、あ、こんなの」
「これが、パスタ、ですか…。まあいいでしょう。こちらがどうこう言える訳でもありませんので」
パスタも判らなかったんだ。一袋98円の財布に優しい値段を胸に付けたパスタの袋に描かれていた絵を見せても反応が薄い。
まぁお許しがでたからいいか。
とは言え、凝ったのは作れない。いや、今日は作りたくない。
一番手っ取り早いのはインスタントのソースだけど、ここは更に簡単なものにしよう。インスタントだと手料理の意味ないし。
買うものをザッとカゴに入れ終わり、レジで精算。マイバックを持ってきてないからスタンプが貯まらないのか悔しい。
一回の精算でレジ袋が必要ない場合、スタンプが貯まり、20個たまれば100円の商品券として使えるわけだよ。
主婦臭いと正志に言われても、100円になるなら安いもんよ。
今回はレジ袋を受け取るから5円余計にかかってスタンプ無しなんだけどさ、ちょっとくやしい。
そんなこんなで会計すませてレジ袋に詰め込んだら、夢麻がいなくなっていました。
すぐに見つかったんだけどね。
急にどっかにいかないで、と注意しても無反応。肩を叩いても微動だにせず、我無関心。
一体どうしたのかと、正面に回り込んで顔を覗いてみると、ビックリした。
あのアンドロイドみたいに無表情がデフォルトだったのが、今は目をキラキラさせ、口が半開き、軽く涎が出てるのだ。
夢麻の向かい側には、最近オープンしたたい焼き屋が営業中。
「ヨダレ、出てるよ」
「そうれすか……」
「たい焼き、食べたいの?」
「たぜたいれす……」
「あかさたはまやらいきしちに」
「…………」
「買って行こっか?」
「はい!!!!」
この時の夢麻の感情表出で、私は始めてアンドロイドとかじゃないんだなぁと確信を持てた。
そして、それからしばらくはこの時ほどの感情表出が見られなかったことにも驚くことになる。
収穫として、感情豊かになった夢麻はカワイイことが、改めてわかった。
白状すると、ホントにドキっとした。今は橘瑞穂と女の子だけど、それでもゾクッと心に槍が刺さった。しかも背中から。
不意打ちだったから、鼻血でるかもと出てもないのに鼻を押さえちゃったし。
女の子に耐性がないわけじゃないし、カワイイ子とかとも普通に会話とかも出来てたのに。
このままだと、レズに目覚めそう。いや、元々は、いや本当は男なんだから問題ないんじゃ……。でも今は端から見たらレズビアン?
いやいやいやいや、自分は正常、真人間だって。今は人間のカテゴリーから外れそうだけど、そんなんじゃなくて――
とパニクっている最中に、私なんて無視して、たい焼きを注文する夢麻さん。
なぜにいきなり『さん』付けかと?
全種類5個注文とかやってくれるからですよ。
全種類、ですよ。ここのたい焼き屋は種類が豊富なのが特徴で、あずきにカスタード、チョコにさつまいも、黒ゴマ、アップル、お好み焼き風からジャーマンポテトまで実に様々。
それを、5個とかさ、もう私のお財布がフライアウェイしちゃうって。
店主が私に確認してくれなかったら本当に危なかった。
必死の説得で、なんとか全種類買いで我慢してもらいました。
だから安心して。ただ、軽く野口さんが二人ほど飛び立ちました。
家路へと歩く中には、美味しそうに多種多彩なたい焼きを口に頬張る夢麻さんと、レジ袋を持ちながら少しやつれ、のど飴を舐めている私という不思議で、これから日常となる二人の姿がありました。