一章 11
一礼。上体を30度傾け一時停止、そして起こす動作が機械のように精密だった。耳に効果音が聞こえてくるほどに。
本当に機械なんじゃないのかって疑いたいくらい。人工アンドロイドとか機械疑似生命試験体とか言ってももう驚かないけどさ。
こんな異様な現実世界を見せられているのに、随分と冷静且つ自己を保ってツッコめているなぁと私自身を褒めてやりたい。
自画自賛を現在進行形で行う中、ツッコミが入る。
正しくは空手チョップだ。綺麗な円形を軌道に画いた一撃は鈍い音を三次元に溢し、語創へと放たれた。
「いきなりなにしてるの!」つい私の口が開いてしまった。
すると、また一礼、それもさっきと同じな規則正しい一礼をしてからしれっと「デフォ?」といってのけた。
デフォってデフォルトのことですか!それ明らかに違う!使い方違う!そして私間違ってませんよと目で訴えないで!
「それは大変失礼しやがりました。ですが、恐らく思考が駄々漏れてやがります。無自覚でしょうけど」
「…漏れてた?」
「そりゃもうすんごくツッコんでた。指まで指してんのに気付かなかったのかよ」
確かに指を指していた。
前言撤回。私も相当冷静さは崩壊していたようだ。
そんな私をガハハハと笑うのは空手チョップを受けて涙目になっている語創。悔しいけど、ここでムキになると更に笑われるのは目に見えているので堪える。学生時代の教訓です。
「で、なんだったかにゃ?」
「一つ目。貴方は何者? 二つ目。なんの目的で私はこうなったの? 三つ目。元の体に直しなさい」
「はいはい、そう目頭をつり上げない。ちゃんと説明しますかアイタ!」
だからどうして空手チョップなんですか貴方は。「お約束?」という私の心を読んだようなタイミングの良い返答が来たけど、今度は心の声は漏れていない。冷静だもん。
なんとも可笑しな空気の漂うカラオケ室であったが、語創の真面目な顔により一変する。
まっすぐと私を見て、さっきまでのようなクスリとも笑う気配のない真面目な顔で、ようやく本題、私が一番知りたい事を話始めた。
それは、なんとも現実味のない夢のような事実だった。
「君たちは、この地球について、どのくらいの事を知っている?」
「…人並みには」
「太陽系第三惑星、半径6359.752km、表面積5100.656×108km2、表面重力9.7832677m/s2、年齢推定46億歳。概要とかもいるかい?」
「君すごいね。天文オタク?」
「若気の至りってやつです」
正志のこうした天文雑学には単位のかかったらレポートで随分とお世話になった。
私たちの解答を聞いて、そうだよねとため息を落とすような態度。少し小バカにされた気分でイラっとした。すぐにそんな感情は別のものに呑み込まれた。
「地球は生きている。それは概念的な意味ではなく生態的な意味で、だ。最も、君たちの知る生態的な意味とは違うっちゃあ違うけどね。意思を持つとか、神様みたいに君達が運命とよんでいる類いを操ったりは出来ない。植物とか、野生の動物の本能みたいなもんだ」
語られたのは、スケールの大きい話。
地球上には私たちのしらないの限、ルールがあってそれは地球上に存在する万物を対象としている。そもそも地球にとって森や土、水や山、生命や現象は人間でいう胃や腸、赤血球や白血球の様な役割としての存在らしい。
寿命や三大欲求などは制限として。宗教や思想はルールとして。意図的ではなく、必然的に設けられたらしい。他にも様々な制限、ルールがあるのだけれど、後一つを除いて教えてはくれなかった。何でもそれ事態がルール違反らしい。
そして、今回そのルール違反を侵してまでしなければいけないことが、私の突然変異に繋がるらしい。
「その問題となるのは、ある制限。アーユルの乖離に関する制限だ。アーユルの乖離ってのは、簡単に言ってしまえば各種、植物やら動物やら人間やらの人数制限だ」
「これ以上いてはいけませんよ、てやつですか」
「そんな感じ。それが今、限界に近いやつが現れたわけ。アーユルの乖離がその限界を越えてしまうとその機能が全面停止してしまう。となると、ここでは言えんがひじょーに大変なことになる」
アーユルの乖離。
そう言われても全然ピンと来ない。語創はそのひじょーに大変な具体例を「RPGの世界が現実になる、神隠しやら狂気やらが唐突に発生する」とひじょーに判りにくく例えてくれた。