一章 10
「質問に答えて。誰?」
「せっかちやなぁ。ちゃんと後で答えてやるがな。あんさんかて、直接会った方が色々と聞けるやろ?ほな場所言うで、聞き漏らさんようにね。駅北からまっすぐ、歩いて数分のところにあるカラオケ店。君も使ったことくらいはあるだろ?カウンターで『狐耳って最高じゃね?』って名前で部屋とってるから言えば何号室かわかるから。じゃ、まってるよ〜」
「ちょ、まちな――切れた…」
携帯からは、ツーッ、ツーッと電子音が聞こえるだけ。
電話の相手は、あの半裸の巨人に違いない。
夢じゃ、なかったのか?
駅北口の三又に別れた道路の真ん中を進み、信号を二つほどすぎ、三つ目の信号左側のコンビニの隣、駅にわりと近く、学割なども利くため放課後帰りの学生たちの大半は利用するこのカラオケ店。
飲み物を必ず頼まないといけないシステム以外は、さすが大手チェーン店というだけのことはあるサービスだ。
駐車場に車を止め、店内のカウンターに行ってアルバイトの店員に訊ねる。
「すいません、連れが先に部屋を取っていたと思うんですけど…」
「はい、少々御待ちください。――お手数ですが、お連れ様のお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「名前は…あ」
「あ?」
しまった! 名前ってあれか! 「狐耳って最高じゃね?」てあれ!
何、公共の場で赤の他人に言う台詞?!
私恥ずかしくてそんなのいえない!いやん!
「『狐耳って最高じゃね?』という少しふざけた名前だと聞いていたんですが」
「あぁ、語創さまですね。それでしたら二回の207号室になります。既にドリンクバーは人数分ありますのであちらからどうぞ」
なんて女々しい反応でも期待してたのかあの半裸の巨人は。語創っていうのね。日本の名前で少し驚いた。もっとゲデモノチックな、そう、デイダラボッチとかアーリマンとかそんな感じ。いや、もっともっとゲデってたり?
やたら濁点ばっかとか発音しにくかったりとか。
「やゃ、早かったね。文化の進歩ってのはやっぱり舐めていられないねぇ。しかし、思ったよりもあっさり来たね。予想だともっと赤面してたはずなのに」
「御生憎様、語創さん。今日の出来事は私の神経をいい感じに鍛えてくれたのでね」
「あら残念。夢麻、一旦中止。マイク置いちゃって。予約履歴もぜ〜んぶね」
さっきまで棒読み全開のお経の様な歌声でこの部屋をよりカオスと化していた少女は淡々と言われた事をこなし始めた。
まさか機会人間でしたってオチはやめてくださいよ。
いい感じに口調も乙女になれてきて、自分の適応力の高さに感心させられる。
淡白な声の「終わりました」が聞こえたところで、半裸の巨人改めて語創という男は組んだ手を口許まで挙げ、口を開いた。その声は、正しくあの夢で出会った半裸の巨人であった。
「こちらのミスで、情報操作がうまくいかなかったのは謝ろう。本来なら君は『橘瑞穂』として新しくここに存在しているはずだった。大雑把すぎて細かい部分を変更処理してなかったんだよ」
「その件は、この木偶の坊が大変なご迷惑をお掛けしました。朝早くにはこうして説明するはずだったのですが、あろうことかこのウジ虫は寝坊という暴挙に走ってしまい、今の今まであなた様にご苦労をかける形になってしまったってわけやねん?」
なぜ最後で関西弁? しかも淡々と表情も変わらずに話すものだから怖い。それと口悪い。暴言吐かれた方は方で頭をかきながら苦笑い。暴言はスルーですか。
「お、まだ質問はするなよ。全部説明してからだ。この誤差はお前にとっては有効に使えるだろうから、あえてそのままにしておく。更に夢麻もサポートに同行させることが決まっている。これらを上手く使ってくれたまえ。一応、私は手助けが出来ない決まりになっていて……ちょっとたんま。えぇと…そうそう、期限は特にないが早いに超したことはない。更に、ん〜?他人の協力は、原則として許可する。但し、あくまでも本人による実行が条件であることにはかわりない、と。んでだなぁ…」
説明会等の場で、説明してくれる人には大まかにいくつかのタイプが存在している。
丁寧であり尚且つ判りやすく内容も絞ってくれるタイプ。
感情が先走り、説明が追い付かないでいるタイプ。
専門用語を多用し面倒を省いてしまうタイプ。
この語創という男はあれだ。
相手を置いて先に説明を走らせるタイプだ。
さっきから長々と説明しているが、全然わかんない。なにがなにやらさっぱりちんぷんかんぷん。
そんな私の気持ちを察してくれたのか、はたまた正志の大きな欠伸で気がついたのか、カラオケマイクを置いた少女がこちらを向いた。