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安楽椅子探偵はスパチャで謎を解く ~住所特定班と挑む心霊事件簿~  作者: U3


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第5話 深夜の廃病院と氷の刑事

「ねえトオル、知ってる? スロバキアには『夜の病院で口笛を吹くと、死神が診察に来る』っていう言い伝えがあるのよ」


 深夜1時。

 都心から車で2時間ほど離れた山奥にある、廃墟と化した総合病院『K病院』の前。

 ロケバスの後部座席で、エレナ・ヴァルゴヴァが妖艶な笑みを浮かべて語り出した。


『……へえ、それは初耳だな。だがエレナ、今はマイクテスト中だ。余計なノイズを入れるな』


 インカムから、不機嫌そうな金子徹の声が響く。

 彼は今日も、温かい自宅の安楽椅子から高みの見物だ。


「あら、つれないわねぇ。せっかく雰囲気を盛り上げてあげたのに」


 エレナは胸元が大きく開いたタイトなニット姿で、肩をすくめた。

 彼女は前回の「呪いの人形事件」以来、強引にチームに加入し、オカルト担当として現場に同行するようになった。


「盛り上げなくていいわよ! ただでさえ寒いのに!」


 私はガタガタと震えていた。

 今日の現場は、関東でも屈指の心霊スポット。

 医療ミスで廃業し、夜な夜な看護師の幽霊が徘徊するという噂の廃病院だ。


「純先輩、カイロ貼りますか? 背中に3枚貼ると無敵ですよ」


 運転席から降りてきた中野月子が、笑顔でカイロを差し出してくる。

 彼女は今日も元気だ。片手には最新のジンバルカメラ、もう片手にはコンビニのおにぎりを持っている。


「ありがとう、月子……。あんただけが癒やしよ」


「いえいえ! 今日の『廃病院カレー』のロケ弁、最高でしたね! 病院食をイメージした薄味かと思いきや、ガッツリ揚げ物が入ってて!」


 ……訂正。この子の食欲もたまに恐怖を感じる。


『無駄話はそこまでだ。配信開始時刻だぞ。純、月子、エレナ。フォーメーションを確認しろ』


 Qの号令で、私たちは表情を引き締めた。

 先頭はカメラマン兼護衛の月子。

 中央に演者の私。

 殿にオカルト解説のエレナ。

 完璧な布陣だ。


「よし……行くわよ! 3、2、1、キュー!」


 錆びついた鉄の扉を押し開け、私たちは病院内へと足を踏み入れた。

 カビと消毒液が混ざったような、独特の臭気が鼻をつく。

 床には古びたカルテや機材が散乱し、天井の蛍光灯は無残にぶら下がっている。


「こんばんは、JUN様です……。今日はK病院に来ています……」


 小声で実況を始める。

 スマホの画面には、すでに1万5千人の視聴者が集まっていた。


『雰囲気ヤバすぎ』

『ここガチで出るらしいぞ』

『エレナさん今日も美しい』

『後ろ! 誰かいた!?』


 コメント欄も最初からフルスロットルだ。


「ねえ見て、この壁のシミ。人の顔に見えない?」


 エレナが懐中電灯で壁を照らす。

 そこには、赤黒いシミが人の形のように広がっていた。


「ひぃっ! やめてよ!」


『……ただの雨漏りの跡だ。成分分析するまでもない』


 Qが冷静にツッコミを入れるが、エレナは面白がって次々と怪しい場所を指差していく。

 私たちは1階の診察室、待合室を抜け、2階の病棟へと進んだ。

 長い廊下が、闇の奥へと続いている。


 その時だった。


『……ストップ』


 Qの声が鋭く響いた。


『月子、カメラを止めるなよ。……前方12時の方向、ナースステーションの影だ』


「え?」


 目を凝らすと、暗闇の中に人影が見えた。

 幽霊? いや、はっきりとした実体がある。

 長い髪をなびかせた、長身の女性だ。

 彼女はこちらに背を向け、何かを探しているように棚を漁っている。


『……泥棒か?』


 Qが呟いた瞬間、女性が振り向いた。

 ライトの光が彼女の顔を照らし出す。


「――ッ!!」


 息を呑むほどの美貌だった。

 透き通るような白い肌に、氷のように冷たいアイスブルーの瞳。

 月明かりを浴びたプラチナブロンドが、闇の中で輝いている。

 服装は黒のライダースジャケットにスキニーパンツ。

 廃墟には似つかわしくない、まるでファッション誌の撮影から抜け出してきたようなモデル級の美女だ。


『うおおおお美人!』

『幽霊? 人間?』

『誰だあれ』


 コメント欄がざわつく。

 しかし、彼女の眼光は鋭く、私に向けられた敵意は明白だった。


「……何者だ」


 低く、よく通る声。

 彼女は懐から何かを取り出し、構えた。

 それは警棒――いや、特殊警棒だ。ジャキッ、という金属音が廊下に響く。


「一般人の肝試しか? それとも、『取引』の相手か?」


 彼女はジリジリと間合いを詰めてくる。

 その動きには隙がなく、素人ではないことが一目でわかった。


「ちょ、ちょっと待って! 私たちはただの配信者で……」


「黙れ。この区域は立ち入り禁止だ。……それに、そのカメラ。証拠を残すつもりか?」


 彼女は私の言葉を聞こうともせず、月子の方へ視線を向けた。


「カメラを渡せ。さもなくば、公務執行妨害および不法侵入で現行犯逮捕する」


「逮捕……? 警察の人?」


 私が呆気にとられていると、月子が前に出た。

 彼女はジンバルを私に預け、代わりにベルトに差していた護身用木刀を抜く。


「純先輩、下がってください。この人、やる気です」


「待て月子! 相手は警察かも……」


「問答無用で殴りかかってくる警官なんていませんよ! きっと警察を騙るヤバい人です!」


 月子の判断も一理ある。こんな深夜の廃病院に、制服も着ていない警官が一人でいるわけがない。

 謎の美女は、月子の構えを見て鼻で笑った。


「木刀? ……おままごとは家でやれ」


 次の瞬間、彼女が踏み込んだ。

 速い。

 特殊警棒が空気を切り裂き、月子の肩を狙う。

 だが、月子も反応した。


「させません!」


 月子は最小限の動きで警棒をかわし、木刀でカウンターを放つ。

 ガキンッ!!

 金属と木がぶつかる硬質な音が響き渡る。


「ほう……反射神経だけはいいようだな」


「お姉さんこそ、ヒールでよく動けますね!」


 二人の動きは常軌を逸していた。

 狭い廊下で繰り広げられる、警棒と木刀のチャンバラ。

 月子の野性的なスピードと、美女の洗練された体術が拮抗している。


『神回』

『バトル漫画かよ』

『どっちもすげえ』


 コメント欄はお祭り騒ぎだが、現場はそれどころではない。


「やめて! 二人とも!」


 私が叫んでも止まらない。

 その時、インカムからQの声が響いた。

 それは私だけに聞こえる声ではなく、Qが遠隔操作で私のスマホのスピーカーを最大音量にして発した、全員への放送だった。


『――そこまでだ。二人とも武器を収めろ』


 低く、威圧感のあるバリトンボイス。

 美女の動きがピタリと止まった。


「……誰だ? どこにいる?」


 彼女は周囲を警戒する。


『僕はただの安楽椅子探偵だ。……そこの美女、君の構え。警視庁管区内で行われている『逮捕術』の教範通りだな。特に、警棒を逆手に持ち替えるその癖、捜査一課の強行犯係特有のものだ』


 美女――原田深美の眉が動いた。


「……なぜそれを知っている」


『さらに、君の左耳にあるイヤホン。あれは警察無線の専用レシーバーだろ? ……つまり君は、本物の刑事だ。潜入捜査中といったところか』


 図星だったらしい。深美は舌打ちをして警棒を収めた。


「……チッ。バレたか。そうだ、私は警視庁捜査一課の原田だ」


 彼女は懐から警察手帳を取り出し、チラリと見せた。本物だ。


「ええっ!? ホントに警察!?」


 月子が慌てて木刀を隠す。

 深美は鋭い視線をスマホに向けた。


「姿も見せずに私の所属を言い当てるとはな。……だが、一般人が捜査の邪魔をするな。今すぐここから立ち去れ。今夜、ここで『大物』の取引が行われるんだ」


『大物? ……ああ、先日世間を騒がせた、医療機器リース詐欺グループの残党か』


「なっ……!? なぜそれを!?」


 深美が驚愕の声を上げる。それは警察内部でも極秘の情報だったはずだ。


『君がここにいること自体が答えだ。この病院は彼らのアジトとしてマークされていた。……だが原田刑事、君は一つ勘違いをしている』


「なんだと?」


『君は応援を待たずに単独で突入したな? 手柄を独り占めするために。……だが、相手は君が思っているような少人数じゃない』


 その時だった。

 階下から、複数の男たちの話し声と、重い足音が響いてきた。


「……おい、上に誰かいるぞ」

「明かりが見えた。ネズミか?」


 ザッ、ザッ、ザッ。

 足音の数からして、少なくとも5、6人はいる。


「……しまった」


 深美の顔色が「氷」のように蒼白になる。

 彼女は単独潜入がバレて囲まれたのだ。そして、私たちも巻き添えになった。


「ど、どうするのよQちゃん!」


 私が悲鳴を上げると、Qは楽しそうに笑った。


『どうするも何も、やるしかないだろう。……原田刑事、君に選択肢を与える』


「なに?」


『ここで僕たちを「不法侵入者」として逮捕して、全員で仲良く犯人グループにボコボコにされるか。……あるいは、僕と手を組んで、この場を切り抜けるかだ』


 深美は葛藤した。

 正義感の強い彼女にとって、怪しげな配信者集団と手を組むのは屈辱だ。

 しかし、足音はもう階段のすぐそこまで迫っている。


「……くっ! 分かったわよ! 今回だけ特別よ!」


『交渉成立だ。……よし、野郎共。作戦開始だ』


 Qの声色が、指揮官のものへと変わった。


『月子、お前は前衛だ。原田刑事とツーマンセルを組め。月子が陽動、刑事が制圧だ』


「了解ッス! 警察の人と共闘とか燃えますね!」


「……足手まといになったら置いていくからな」


 深美は不服そうだが、警棒を構え直した。


『純は照明係だ。ライトを最大光量にして、敵の目を潰せ』


「わ、わかったわよ!」


『エレナ、お前は……その長い髪を振り乱して、奇声を上げろ』


「は?」


 エレナがきょとんとする。


『相手は夜の廃病院で神経過敏になっている。オカルト的な恐怖は、銃よりも効く場合がある。……スロバキアの魔女の実力、見せてみろ』


「フフッ……面白そうね。任せて」


 エレナがニヤリと笑い、髪を解いた。その姿は、まさに現代の魔女だ。


 ――バンッ!!


 階段のドアが蹴り開けられ、男たちが雪崩れ込んできた。

 手には鉄パイプやナイフを持っている。


「いたぞ! 女だ!」

「捕まえろ! 商品にするぞ!」


 男たちが襲いかかってくる。

 その瞬間、私たちの反撃が始まった。


「キェェェェェェェッ!!」


 まず、エレナが人間とは思えない金切り声を上げて飛び出した。

 廃墟に反響するその声に、男たちが一瞬怯む。

 

「うわっ、なんだこいつ!?」

「幽霊か!?」


 そこに、私がライトのストロボを浴びせる。

 チカチカと明滅する光の中で、エレナの赤い髪が不気味に揺らめく。


「今です! 月子、原田刑事!」


「お取り込み中失礼しまァァァす!!」


 月子が突っ込んだ。

 先頭の男の懐に飛び込み、強烈なボディブローを叩き込む。

 男がくの字に折れ曲がったところへ、背後から深美が滑り込んだ。


「公務執行妨害で逮捕する!」


 深美の警棒が、男の膝裏を正確に打つ。

 体勢を崩した男の腕を取り、一瞬で手錠をかけた。


「すげえ! 本職の手際!」

「無駄口を叩くな! 次が来るぞ!」


 即席のコンビとは思えない連携だ。

 月子がパワーとスピードで敵を撹乱し、深美が確実な技術で無力化する。

 まさに「剛」と「柔」の融合。


『右から2人来るぞ。月子、壁を使って跳べ』


 Qの指示通り、月子は壁を蹴って三角跳びをし、男たちの頭上を飛び越えた。

 その意表を突く動きに、男たちの意識が上に向く。

 その隙だらけの胴体に、深美のローキックが炸裂した。


「ぐはっ……!」


 数分後。

 廊下には、6人の男たちが転がっていた。

 全員、手錠や結束バンドで拘束されている。


「……はぁ、はぁ。終わったか」


 深美が額の汗を拭う。

 乱れた髪をかき上げるその仕草すら、絵になるほど美しい。


「やったー! 完勝ですねお姉さん!」


 月子がハイタッチを求めると、深美は一瞬戸惑ったが、小さく溜息をついて、パンと手を合わせた。


「……原田だ。お姉さんじゃない」


「じゃあ深美さんですね!」


 その後、深美の連絡で本隊が到着し、犯人グループは一網打尽となった。

 私たちは「重要参考人」として事情聴取されそうになったが、深美が「捜査協力者」として口裏を合わせてくれたおかげで、無罪放免となった。


 帰り際。

 ロケバスの前で、深美が私たちを呼び止めた。


「……おい」


「ひっ、やっぱり逮捕ですか!?」


 私が怯えると、深美はバツが悪そうに視線を逸らした。


「……今日は、その……助かった。礼を言う」


「えっ、あの氷の女刑事がデレた!?」


「デレてない! 勘違いするな!」


 深美は顔を真っ赤にして否定した。

 そして、私のスマホを指差した。


「それより……その『Q』とかいう男。一体何者だ?」


『ただの善良な市民ですよ、刑事さん』


 スマホからQの声がする。


「嘘をつけ。警察無線の傍受、未公開情報の入手……お前、完全にクロだぞ。いつか必ず尻尾を掴んで、私が手錠をかけてやるからな」


『フッ……楽しみにしておくよ。君のような美人になら、逮捕されるのも悪くない』


「なっ……! ふ、ふざけるな!」


 深美は耳まで赤くして、逃げるようにパトカーへと戻っていった。


『……やれやれ。これでまた一人、厄介な知り合いが増えたな』


「Qちゃん、あんた絶対楽しんでるでしょ」


『まさか。……さて、月子。今日の報酬だが』


「はい! 焼肉ですか!?」


『警察への口止め料として、深美刑事への差し入れ代に回す。よって今夜は抜きだ』


「えええええええ!! そんあぁぁぁ!!」


 月子の絶叫が、夜の山に虚しく響いた。

 こうして、最強の武闘派ヒロイン原田深美との出会いは、私たちの勝利で幕を閉じた。


 氷の女刑事もまた、Qというブラックホールに引き寄せられ始めたのだ。


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