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安楽椅子探偵はスパチャで謎を解く ~住所特定班と挑む心霊事件簿~  作者: U3


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3/8

第3話 走れカメラマン、筋肉は裏切らない

「はぁ……はぁ……ちょ、ちょっと待って……給水タイム……」


 深夜1時。東京都内にあるK山公園の展望台へ続く、長い長い石段の途中。

 私、岡本純は、膝に手をついて荒い息を吐いていた。

 自撮り棒を持つ手はプルプルと震え、画面に映る映像は地震が起きたかのように激しく揺れている。


『画面酔いした』

『ババア体力なさすぎ』

『手ブレ補正機能ついてないの?』

『吐きそう』


 流れるコメントは今日も容赦がない。

 前回の「幽霊マンション事件」で登録者は爆増したが、それは同時にアンチや厳しい目の視聴者が増えたことも意味していた。


『おい純、カメラを止めるな。頂上の神社の裏手に人影が見えたという報告が来ている』


 インカムから、Qこと金子徹の冷徹な指示が飛んでくる。

 彼は今日もエアコンの効いた快適な部屋から、高みの見物を決め込んでいるのだ。


「う、うるさいわね! こっちは10センチのヒールで山登りしてるのよ! ……あ、足がつりそう……」


『ならヒールを脱げ。……というか、その手ブレはどうにかならないのか? 解析班から「映像がブレすぎて心霊現象かノイズか判別できない」とクレームが来ているぞ』


「機材が重いのよ! このスマホとライトとバッテリーで合計2キロはあるんだから!」


『筋トレ不足だ。……チッ、使えないな』


「あんですって!?」


 私がキレて叫んだ拍子に、足がもつれた。


「あっ」


 ――ガシャン。


 無情な音が夜の山に響く。

 手から滑り落ちた自撮り棒が石段を転がり落ち、スマホの画面がひび割れた蜘蛛の巣模様を描いた。

 配信画面はブラックアウト。


『……終了だな』


 Qの冷たい声が、私の心の折れる音と重なった。


 翌日の昼下がり。

 私は都内の焼肉店にいた。

 目の前では、網の上でカルビがジュージューと音を立てて焼かれている。

 そしてその向こう側には、ジョッキ片手に幸せそうな顔をしている若い女性がいた。


「いやー、やっぱり運動の後の肉は最高ですね! 純先輩、ごちそうさまです!」


 中野月子。

 私の高校時代の陸上部の後輩であり、現在はフリーターをしている体育会系女子だ。

 ポニーテールにまとめた黒髪、Tシャツ越しにもわかる引き締まった肩周り、そして何よりテーブルの下に隠れているが、カモシカのように長くしなやかな美脚の持ち主だ。


「……あんた、相変わらずいい食べっぷりね」


「そうですか? まだ白飯3杯目ですよ?」


 月子はケロリと言って、大盛りのライスを口に運ぶ。

 私はため息をつきながら、割れたスマホを取り出した。


「で、話っていうのは他でもないんだけど。……月子、あんた今、暇?」


「暇っていうか、実業団辞めてからはフリーで動画編集のバイトとかしてますけど。どうしたんですか、改まって」


「私の配信の手伝いをしてほしいの。具体的には、カメラマン兼荷物持ち兼ボディガード」


 私は単刀直入に切り出した。

 昨夜の失敗で痛感したのだ。私一人では限界がある。

 Qは頭脳、私は演者。ならば、足りないのは「足」と「腕」だ。


「カメラマンですか? 私、編集はできますけど撮影は素人ですよ?」


「いいのよ。あんたには才能がある」


「才能?」


「体力よ。……あと、逃げ足の速さ」


 私が昨夜の顛末を話すと、月子は「なるほど」と頷きながら、カルビを飲み込んだ。


「つまり、純先輩は体力が衰えてて、ヒールで走れないから、代わりに私が機材を持って走ればいいってことですね?」


「言い方に棘があるけど、まあそうね」


「面白そうですね。私、走るの好きですし。給料は?」


「出世払い……と言いたいところだけど、昨日のスパチャ分から出すわ。日当1万、プラス焼肉代」


「やります!」


 即答だった。

 月子は肉を愛する女なのだ。

 その時、テーブルの上に置いていた私のスマホが震えた。

 LINE通話の着信。表示名は『Q』。


「……げっ、あいつだ」


 私は嫌な予感を抱えつつ、通話ボタンを押した。


「もしもし? 今、商談中なんだけど」


『聞こえている。その咀嚼音のデカい女が新メンバー候補か?』


「盗聴してんじゃないわよ! ……そうよ、私の後輩の中野月子。元陸上部で体力お化けよ」


『代われ』


 私はスマホを月子に渡す。

 月子は不思議そうな顔でスマホを受け取った。


「あ、もしもし? 初めまして、中野です」


『……君、肉は好きか?』


「え? はい、大好きですけど」


『どこの部位が好きだ?』


「えーっと、ハラミと……あと鴨肉とかも好きですね」


『……採用』


「え?」


 スマホから漏れたその一言に、私はずっこけそうになった。

 採用基準そこかよ。


『君をカメラマンとしてテストする。今夜22時、S区の「首無しライダー通り」へ行け。そこで実技試験を行う』


「首無しライダーって、あの都市伝説の?」


『そうだ。最近、バイク事故が多発している現場だ。そこで純を綺麗に撮りつつ、何か起きたら即座に対応しろ。……期待しているぞ、新人』


 通話が切れた。

 月子はきょとんとしていたが、すぐにニカっと笑った。


「なんかよくわかりませんけど、あの声の人、店長さんですか? 採用されちゃいました!」


「……店長じゃないわよ。ただの引きこもりよ」


 まあいい。これで戦力は確保できた。

 私は追加のハラミを注文した。


 その夜、22時。

 S区の湾岸道路沿いにある、直線道路。

 ここは深夜になると暴走族や走り屋が出没し、過去にワイヤーによる首切断事故があったという都市伝説から「首無しライダー通り」と呼ばれていた。


「はい、カメラ回しますよー。3、2、1……キュー!」


 月子の合図で、私は作り笑顔を浮かべた。


「こんばんは、JUN様です! 今日はなんと、新メンバーのカメラマン『ツッキー』が参加してくれてまーす!」


 月子がカメラを自分に向けずに、手だけ振る。

 彼女が持っているのは、今日のために私が奮発して買った、最新鋭の3軸ジンバルスタビライザー付きのスマホホルダーだ。

 これならどんなに動いても映像はブレない。


『カメラマン追加助かる』

『映像ヌルヌルで草』

『ツッキーの声かわいい』

『純、今日化粧濃くない?』


 コメント欄の反応も上々だ。

 インカムからQの声が響く。


『画角は悪くない。だが、平和すぎるな。……おい月子、もっと寄れ。純の毛穴が見えるくらいまで』


「了解です、店長!」


「ちょ、寄らなくていいから! 店長って呼ぶのやめなさい!」


 月子は軽快なフットワークで私の周りを回りながら、様々なアングルで撮影してくる。

 その動きは無駄がなく、まるでダンスを踊っているようだ。

 これなら安心して配信に集中できる。


 と、その時だった。


 ブォォォォン!!


 背後から、爆音が近づいてきた。

 振り返ると、ヘッドライトを消した真っ黒なバイクが、猛スピードで歩道に乗り上げてこちらへ突っ込んでくるのが見えた。


「えっ!? ちょっ、危ない!」


 私は悲鳴を上げて横に飛び退く。

 バイクは私の鼻先をかすめ、そのまま私の持っていたブランドバッグをひったくっていった。


「あーっ!! 私のヴィ○ンが!!」


 ひったくりだ。

 首無しライダーの正体は、心霊ではなく、深夜の路上強盗だったのだ。

 バイクはそのままUターンし、逃走しようと加速する。


『純、追え!』


 Qが無茶を言う。


「無理よ! 相手はバイクよ!?」


『ナンバープレートさえ映せば特定できる! 距離50メートル! 走れ!』


「だからヒールだって言ってんでしょバカァ!!」


 私が地団駄を踏んだ、その瞬間。


「先輩、どいてください!」


 風が、吹いた。

 私の横を、黒い影が弾丸のように駆け抜けていった。

 月子だ。

 彼女は重たいジンバルとカメラを右手に掲げ、美しいフォームで加速した。


「逃がしませんよぉぉぉ!!」


 その速さは異常だった。

 元実業団スプリンターの脚力は、初速においてバイクの加速を凌駕する。

 月子の履いている高機能ランニングシューズがアスファルトを噛み、爆発的な推進力を生み出す。


『おお……! 速い!』


 Qの声が珍しく興奮している。

 配信画面には、逃げるバイクの背中がグングンと迫ってくる映像が映し出されているはずだ。

 しかも、ジンバルのおかげで映像は驚くほど滑らかだ。まるで映画のチェイスシーンのように。


「くっ、なんだこの女!?」


 バイクの男が焦ってアクセルを回す。

 しかし、ここは直線道路ではない。公園入り口のカーブだ。減速せざるを得ない。

 その隙を、月子は見逃さなかった。


「捉えました!」


 月子はカーブの内側をショートカットし、バイクの横に並んだ。

 そして、走りながらカメラを男の顔面に突きつけた。


「笑顔くださーい!!」


 パシャッ!


 強烈なフラッシュライトが男の目を眩ませる。


「うわっ!?」


 視界を奪われた男はバランスを崩し、そのまま植え込みに突っ込んで転倒した。


 ガシャーン!!


 バイクが倒れ、男が放り出される。

 月子はその場に急停止し、息一つ切らさずに倒れた男にカメラを向けた。


「はい、確保です! 店長、映ってますかー?」


『……完璧だ。ナンバープレート、犯人の顔、さらに盗品まで、全て4K画質で押さえた』


 私が遅れて現場に到着した時には、すでに勝負はついていた。

 月子は倒れて呻く男の背中に片足を乗せ、勝利のVサインをしていた。


「あ、あんた……人間?」


「いやー、久しぶりに全速力出しました! 気持ちいいですね!」


 スマホの画面を見ると、コメント欄はお祭り騒ぎだった。


『ツッキー最強説』

『なんだこの疾走感』

『カメラワーク神すぎ』

『人間ドローンかよ』

『俺も踏まれたい』


 こうして、ひったくり犯はその場でリスナーに通報され、駆けつけた警察に引き渡された。

 私のバッグも無事戻ってきた。


 事件解決後、私たちは再び焼肉屋にいた。

 月子は「仕事の後の肉は格別です!」と言って、本日二度目の祝勝会を一人で開催している。


「……よく食べるわね」


 私は呆れながらも、彼女の頼もしさに安堵していた。

 これなら、どんな心霊スポットでも、どんな犯人が相手でも、逃げ切れる(あるいは追いかけられる)。


 スマホのスピーカーから、Qの声がする。


『いい拾い物をしたな、純。彼女の脚とカメラワークは、僕の「目」として最高スペックだ』


「でしょ? 私の人を見る目は確かなんだから」


『ああ。ただし、食費がかかりすぎるのが難点だが』


 Qの指摘通り、月子の前には空の皿がタワーのように積み上げられていた。

 これ、今日のスパチャ収益で足りるかしら……。


「店長! 追加で上ロース三人前お願いします!」


『……却下だ。並ロースにしろ』


「えーっ! ケチ!」


 こうして、最強の「足」を手に入れた私たちの探偵チーム。

 しかし、これが私たちの財布を脅かす「食料危機」の始まりでもあった。


 次回、新たなヒロイン――いや、魔女が隣からやってくる。


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