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安楽椅子探偵はスパチャで謎を解く ~住所特定班と挑む心霊事件簿~  作者: U3


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10/10

第10話 チーム『Q』、全員集合!

 午後6時。

 私の安息の地であるマンションの最上階リビングは、八角、花椒、桂皮、そして唐辛子が織りなす、鮮烈でスパイシーな香りに満たされていた。


「……スープの仕上がりは完璧だ」


 私は巨大な二食鍋の中を覗き込み、満足げに頷いた。

 片方は、鶏ガラと豚骨をベースに数種類の漢方食材を煮込んだ、滋味深い白湯スープ。

 もう片方は、大量の唐辛子と自家製ラー油、花椒を効かせた、地獄のように紅い麻辣スープ。

 本日のメインイベント、『金子特製・極上薬膳火鍋』の準備が整った。


「キュゥン、キュン」


 足元から、甘ったるい声がした。

 見下ろすと、生後2ヶ月を迎えたばかりの小さな毛玉が、短い尻尾をちぎれんばかりに振って私を見上げている。

 柴犬の仔犬、チャイだ。

 丸みを帯びたたぬきのようなフォルム、艶やかな赤茶色の被毛、そして黒曜石のように濡れたつぶらな瞳。

 私がしゃがみ込むと、彼はトコトコと不器用な足取りで近づき、私のスリッパの上に前足を乗せ、無防備なピンク色のお腹を見せて転がった。


「……よしよし。だが、お前にはスパイスは毒だからな」


 私が顎の下を撫でてやると、彼は「クゥ」と喉を鳴らして私の指をペロペロと舐めた。

 可愛すぎる。この破壊力は異常だ。


 ピンポーン。


 無粋なチャイムが鳴り響き、私の癒やしの時間は終了した。

 モニターを見ると、そこには今日招集をかけた面々が、マンションのエントランスに勢揃いしていた。


「開けるぞ」


 ロックを解除し、数分後。

 私の静謐な要塞は、瞬く間に阿鼻叫喚のカオス空間へと変貌した。


「うわぁぁぁ! いい匂い! 店長、お腹ペコペコです!」


 一番乗りでリビングに飛び込んできたのは、大食いカメラマンの中野月子だ。彼女はすでに箸とマイ取り皿を持参している。

 その後ろから、派手なファーコートを着た岡本純が溜息をつきながら入ってきた。


「ちょっとツッキー、がっつきすぎ。……あらチャイちゃん! 今日も可愛いわねぇ!」


「ワフッ!」


 純がチャイを抱き上げると、チャイは嬉しそうに彼女の頬を舐め回した。3秒で誰にでも懐く、相変わらずの甘えん坊ぶりだ。


「アホイ! 窓から美味しそうな匂いがしたから来ちゃった!」


 ベランダの窓がガラリと開き、隣人のスロバキア人翻訳家、エレナ・ヴァルゴヴァが乱入してくる。彼女の手には、度数の高そうなウォッカの瓶が握られていた。


「おい、玄関から入れと言っただろ」


「いいじゃない、隣なんだから。……あら? お客様?」


 玄関の方から、コツカツとヒールの音が響いた。

 現れたのは、プラチナブロンドの髪を揺らす氷の女刑事、原田深美と、その隣に並び立つ、英国出身の国際弁護士、セシリア・クロスだった。

 警察と弁護士。本来なら敵対し合う立場の二人が、私の玄関でバチバチと火花を散らしている。


「……金子。なぜ私がこの女とエレベーターで同乗しなければならないんだ」


 深美が不機嫌そうに言う。


「おや、偶然ね。私も同じことを思っていたわ。公権力の犬と同じ空気を吸うのは、私の肌に悪いのだけれど」


 セシリアが扇子で口元を隠しながら、冷ややかに微笑む。


「喧嘩は外でやれ。スープが煮詰まる」


 私がたしなめると、さらにその後ろから、重低音のビートと共に二人の女性が現れた。


「Yo, Q! 最高のパーティーになりそうじゃない! 機材持ってきたわよ!」


 DJ兼情報ブローカーのナオミ・セント・ジェームズが、巨大なスピーカーを抱えて陽気に入ってくる。


「ふふっ、みんな元気ね。私はお腹の調子を整えるハーブティーを持ってきたわ」


 最後に現れたのは、天才監察医のソフィア・アンゲロプロスだ。白衣の下は相変わらずヴィヴィッドなドレスだ。


 私、純、月子、エレナ、深美、セシリア、ナオミ、ソフィア。

 総勢8名。

 これまでの事件でなし崩し的に関わりを持った、一癖も二癖もある大人の女性たちが、私のリビングに集結してしまったのだ。


「はい、それじゃあラム肉入れますよー! 豚バラも! 海老も!」


 月子がトングを両手に持ち、麻辣スープと白湯スープの両方に、まるで親の仇のように肉と海鮮を投入していく。


「ああっ、ツッキー! 一気に入れたら温度が下がるでしょ! 私の蟹まで入れないで!」


 純が悲鳴を上げる。

 円卓を囲む彼女たちの前には、私が用意した山盛りの具材が並んでいる。


「ふふっ、この豚肉、とても良い色ね。死後硬直から完全に解けて、自己消化が始まる直前の、一番アミノ酸が豊富な状態だわ」


 ソフィアが肉を凝視しながら、解剖学的なウンチクを語る。


「……ソフィア先生。食事中にそういう表現はやめてくれないか。食欲が失せる」


 深美が眉をひそめながら、白湯スープからキノコを引き上げる。


「あら、事実を言っただけよ? 原田刑事も、もっとお肉を食べなさい。筋肉の繊維が細くなっているわ。いざという時、犯人を制圧できないわよ」


「大きなお世話だ!」


「まあまあ、二人とも。カルマが溜まるわよ? 私のスロバキア特製ウォッカを飲んで、チャクラを開きなさい」


 エレナがショットグラスに無色透明な液体を注ぎ、深美とソフィアに差し出す。


「……エレナ、チャクラはインドだ。スロバキア関係ないだろ」


 私がツッコミを入れるが、その声はナオミが流し始めた大音量のEDMエレクトロニック・ダンス・ミュージックにかき消された。


「Yeah! 鍋にはやっぱりゴリゴリのベースミュージックでしょ!」


「ナオミ! うるさい! 音を下げろ! チャイが怖がってるだろ!」


 私は、重低音に怯えて私の足の間に隠れようとしているチャイを抱き上げ、ナオミの機材のボリュームを強制的に下げた。

 チャイは私の腕の中で「クゥ〜」と情けない声を出し、私のアゴをペロペロと舐めた。


「あら、ごめんねチャイちゃん。よしよし、ナオミお姉さんが撫でてあげる」


 ナオミが手を伸ばすと、チャイは一瞬ビクッとしたが、すぐに尻尾を振ってナオミの手を舐め始めた。本当に誰にでも愛想がいい犬だ。


「……本当に、動物園みたいね」


 セシリアが、麻辣スープで美しく茹で上げられたラム肉を優雅に口に運びながら、冷ややかに呟いた。

 彼女だけは、このカオスな空間にあっても、高級レストランのVIPルームにいるかのような気品を保っている。


「これがQの『チーム』だというのだから、笑えるわ。……でも、味は一流ね。このタレ、自家製のごまだれに黒酢とパクチーを合わせているのね。悪くないわ」


「お褒めに与り光栄だ」


 私はため息をつき、グラスの烏龍茶を飲んだ。


 宴もたけなわ。

 用意した3キロの肉と海鮮が月子のブラックホールのような胃袋に吸い込まれ、鍋の底が見え始めた頃。

 私はパンパンと手を叩き、全員の注目を集めた。


「さて。食欲も満たされたところで、本題に入ろう」


 私の声に、彼女たちの表情が少しだけ引き締まった。


「今日、君たち全員を呼んだのは他でもない。今後の『チャンネル運営』と、チームとしての連携を確認するためだ」


 私はメインモニターに、純のチャンネルのダッシュボードを映し出した。


「登録者数は現在、15万人を突破。急成長だ。……だが、目立てば目立つほど、リスクも跳ね上がる」


「前回の賠償金請求みたいに、ね」


 純が肩をすくめる。


「そうだ。僕と特定班のハッキングや情報収集は、常に法とモラルのグレーゾーンにある。そこで……各部門のスペシャリストである君たちの力が、公式に必要になる」


 私は円卓のメンバーを見回した。


「純は引き続き、メインの演者として現場に潜入する。月子はカメラと純の護衛。エレナは……オカルト解説と、海外サイトの翻訳だ」


「任せて! スロバキアの魔女の力、存分に見せてあげるわ!」


 エレナがウォッカのグラスを掲げる。


「ナオミ。君には音響解析と、裏社会の噂の収集を頼む」


「OK、Q。ギャラは私のクラブでのVIP待遇と、あんたのボイスサンプルで手を打つわ」


 ナオミがウインクをする。


「ソフィア先生。医療的な見地からのプロファイリングと、万が一の負傷時のバックアップを」


「ええ、もちろんよ。でも、一番の報酬は、あなたのその明晰な脳味噌のCTスキャンデータが欲しいわね」


 ソフィアが妖しく微笑む。


「……それは保留だ」


 私は少し身を乗り出し、残る二人に視線を向けた。


「そして、このチームの『盾』と『矛』。……セシリア、原田刑事」


 名指しされた二人が、ピクリと眉を動かす。


「セシリア。君には顧問弁護士として、僕たちの配信のコンプライアンス管理と、外部からの法的攻撃の全般を弾き返してもらう」


「ふふっ。高いわよ、私のタイムチャージは。あなたのスパチャ収益の20%、きっちりいただくわ。……まあ、退屈はしなそうだから、腕を振るってあげる」


 セシリアが余裕の笑みを浮かべる。


「そして原田刑事。君には、警察内部のデータベース情報の提供と、いざという時の『公権力による制圧』を頼む」


「ふざけるな!」


 深美がバンッとテーブルを叩いて立ち上がった。


「私は現役の警察官だぞ! お前たちのようなグレーな配信者の下請けになるつもりはない! 情報漏洩で懲戒免職になれと言うのか!」


「落ち着け、デカ美。……君を犯罪に加担させるつもりはない。ただ、『警察の初動が遅くて救えない命』を、僕たちが見つけた時。君個人の正義感で動いてほしいだけだ」


「……っ」


 深美が言葉を詰まらせる。彼女の真面目さと、正義感の強さこそが、最大の武器であり弱点でもある。


「手柄は全て警察にくれてやる。僕たちはスパチャが稼げればそれでいい。ウィンウィンの関係だろ?」


「……お前というやつは。本当に食えない男だな」


 深美はドカッと椅子に座り直し、腕を組んだ。

 否定はしなかった。それが彼女なりの「承諾」のサインだ。


「よし。これで役者は揃った」


 私は全員を見渡し、ニヤリと笑った。


「これより、僕たち『チームQ』は本格的に始動する。……特定班数万人の『目』。君たちの専門スキル。そして僕の『頭脳』。これら全てを統合すれば、この世に解けない謎など存在しない」


 部屋が、不思議な高揚感に包まれた。

 引きこもりの探偵。

 崖っぷちの配信者。

 大食いのカメラマン。

 スロバキアの魔女。

 氷の女刑事。

 デシベル・クイーン。

 氷の女帝。

 マッドサイエンティストな監察医。


 誰一人として欠けてはならない、最強にして最狂の布陣がここに完成した。


「さあ、次の謎解きだ。スパチャの準備はいいか?」


「ワフッ!」


 私の膝の上で、空気を読んだチャイが元気よく吠えた。

 みんなが笑う。

 

 私の平穏な引きこもり生活は完全に終わりを告げたが。

 ……まあ、こんな騒がしい夜も、たまには悪くない。


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