祝福の副作用
異変に最初に気づいたのは、僕だった。
朝、目を覚ますと、胸の奥が妙にざわついていた。
魔力が満ちている――というより、溢れている感覚。
「……昨日、使いすぎたか?」
二人同時の全体強化。
あれは確かに、限界に近い出力だった。
宿の食堂に降りると、すでに二人は席についていた。
「おはようございます、テイルさん!」
エルフィアが元気よく手を挙げる。
だが——。
「……?」
視線が、やけに真剣だ。
いや、真剣というより——なんというか、じっとしすぎている。
「……エルフィア? 顔に何かついてます?」
「え!? あ、いえ、その……なんでもないです」
顔を逸らした。
耳が赤い。
セラはというと、無言でパンを千切っていた。
こちらを見ない。
「セラ、おはよう」
「……ああ」
返事はしたが、目が合わない。
珍しい。この人、普段は真正面から視線を返してくる。
この空気、なんだ‥?
⸻
街道を進む途中、小規模な魔物の群れに遭遇した。
「支援を」
セラの合図で、スキルを展開する。
《祝福付与》《感覚同調・弱》
その瞬間——。
「……っ」
エルフィアが、ぴたりと足を止めた。
「エルフィア?」
「あ、あの……これ、なんですか……」
剣を握ったまま、彼女は小さく震えている。
「身体が、すごく……その、鮮明で……」
セラも同様だった。
いつもより動きが速い。完璧だ。だが——
「……集中する」
そう呟く声が、わずかに掠れていた。
魔物を片付けた後、二人は同時に間合いを取った。
「……テイル」
セラが振り返る。その目が、いつもより鋭い。
「今、何を使った」
「いつも通り強化と……感覚同調を少し」
沈黙。
セラが深く息を吐いた。
「聖女の祝福は、身体能力だけじゃなく——感情と感覚も増幅する。それを知っているか」
「……え、初めて聞きました」
「私も、今初めて実感した」
エルフィアが、おずおずと手を挙げる。
「あの……私も、少し……その、心臓が、早くて……」
「戦闘中の高揚と混ざったんだろう。平時では別の影響が出る」
セラは淡々と言うが、その耳はさっきからずっと赤い。
「……テイル」
「はい」
「しばらく感覚同調は使うな」
「了解です」
「視線も、なるべく」
「……視線まで?」
「祝福が残っている間は、感覚が鋭すぎる。目が合うだけで集中が乱れる」
「それは流石に理不尽じゃ——」
「乱れるんだ、仕方ないだろ」
ぶっきらぼうに言い切った。
セラが口答えを認めることは、滅多にない。
つまり、本当に乱れているということだ。
エルフィアはというと、すでにこちらに背を向けていた。
「テイルさん、少し……距離、取ってもいいですか……」
「エルフィアが距離を取ろうとするの、初めて見た」
「っ……言わないでください……!」
⸻
その日の野営。
焚き火を挟んで、妙に距離のある三人。
「……ごめん」
僕が言うと、セラは鼻を鳴らした。
「謝ることじゃない。
制御できていなかった俺たちの問題だ」
「でも、知らなかったんです。副作用があるなんて」
「だから謝るな。……対処法を考える方が先だ」
エルフィアが焚き火を見つめながら、ぽつりと言う。
「でも……すごかったです」
「え?」
「《聖剣》の感覚が、いつもの何倍も鮮明で。昨日よりもっとはっきり、力が届いてくる感じがして……」
彼女は少し照れたように続けた。
「副作用はともかく、テイルさんの祝福って……本当に、特別なんだなって思いました」
焚き火がぱちりと音を立てた。
セラが静かに言う。
「制御法を見つける。このままでは任務に支障が出る」
「感覚同調は封印します」
「それがいい」
「……賢明だ」
しばらく、三人とも黙った。
だが。
ふとエルフィアが顔を上げて、焚き火越しに目が合った。
「……っ」
彼女はすぐに視線を戻した。
それから小声で、「まだ少し……残ってるみたいです……」とだけ言った。
セラは何も言わなかったが、さりげなくこちらと逆の方向を向いた。
男の聖女。
その力は、剣だけでなく——心まで揺さぶる。
「……感覚同調、二度と使いません」
「……賢明だ」
「……お願いします」
二人の声が、珍しく揃った。
この副作用が、後にさらに大きな波乱を呼ぶことになるとは——
このときの僕には、まだわかっていなかった。




