聖剣姫、現れる
セラとの実地検証任務が始まって三日目。
正直に言えば――胃が痛い。
「……なんだ、落ち着きがないな」
馬に揺られながら、セラが淡々と指摘してくる。
「そりゃ、隣に"その場で止める"とか言う人がいれば緊張もしますよ」
「合理的な判断だからな」
否定しないのか。
北方の魔物多発地帯へ向かう道中、セラは終始寡黙だった。
だが、戦闘になれば話は別だ。
「支援を」
短い一言。 それだけで、僕はスキルを展開する。
《祝福付与》《身体能力強化》《集中力向上》
光を纏ったセラは、まさに剣姫だった。
無駄のない動き、的確な判断。
強化の相乗効果で、その剣はまるで魔物を断ち切る閃光だ。
戦闘後、彼女は静かに剣を納めた。
「……やはり、本物だな」
「まだ疑ってたんですか?」
「今も疑っている。ただし――力は否定できない」
褒めてるのか微妙なラインだ。
⸻
その日の夕方。 僕たちはとある街道沿いの町に立ち寄った。
目的は補給と、もう一つ。
「ここで合流する」
セラがそう告げた。
「合流?」
「追加の同行者だ」
……まだ増えるの?
嫌な予感しかしない。
宿の食堂に入ると、奥の席に人影があった。
席から立ち上がり、こちらへ歩いてくる。
白銀の長髪。 王国の紋章を刻んだ制服は、丁寧に手入れされていた。
年は……僕より少し下だろうか。
「お待ちしていました、セラ・フォルティス殿」
声は凛として、しかし柔らかい。
深々とお辞儀をして、それから僕の方を向いた。
青い目が、まっすぐにこちらを見る。
「……あなたが、テイル・カトレアさんですね」
「え、あ、はい。そうです」
「第三騎士団見習い所属、エルフィア・ロッテと申します。どうぞよろしくお願いします」
また深々とお辞儀。
礼儀正しい。正しすぎる。
セラが横から補足する。
「追加の同行者だ。王家の血筋を引く見習い騎士。《聖剣》のスキルを持つ」
聖剣。
「……聞いたことある気がする」
「本来、特定の勇者にしか宿らないとされていたスキルだ。だがこいつは例外的に持っている。ただし――」
「うまく、扱えていないんです」
エルフィアが静かに続けた。
「何度試しても、力が安定しない。《聖剣》は顕現するのに、すぐに消えてしまう。……それで、噂を聞いたんです。聖女のスキルが、他者の力を引き出すと」
彼女の目は、真剣だった。
「あなたの支援で、私の剣が目覚めるかもしれないと。確かめさせてもらえませんか」
セラが腕を組む。
「王国からの要請だ。断れない」
断れないのか。
「……わかりました」
そう答えた瞬間、エルフィアが顔を輝かせた。
「ありがとうございます!」
笑顔が眩しすぎる。
⸻
エルフィアは、見た目通り……いや、見た目以上に真面目だった。
「テイルさん、聖女スキルの発動に集中力は要りますか?」
「え、まあ、そこそこ」
「食事はきちんと取れていますか? 支援系のスキルは術者の体調に左右されると聞きました」
「ちゃんと食べてます」
「睡眠は?」
「足りてます」
「では夜の見張りは私が多めに引き受けます」
「いや、それは悪い——」
「聖女の体調管理は護衛の義務です」
有無を言わせない笑顔で言い切られた。
セラが小さく咳払いをする。
「ふざけるなよ、エルフィア。見張りは交代制だ」
「でも——」
「俺が言ったことが聞こえなかったか」
「……はい。失礼しました」
しゅん、とエルフィアが肩を落とす。
セラ、意外と面倒見いいな。
⸻
その夜。 町外れで魔物の反応が確認された。
「二人同時に支援できるか」
セラが問う。
「……やってみます」
「できなければ意味がない。エルフィアの《聖剣》が安定して扱えるか確かめる、最初の機会だ」
エルフィアが剣を握り直す。 少し、手が震えていた。
「テイルさん」
「うん」
「……怖いです。また失敗したら、と思うと」
正直な言葉だった。
「大丈夫です」
「え?」
「僕もはじめてのことばかりなんで。一緒に失敗しましょう」
エルフィアが目を瞬かせた。
「——はい」
少し笑ってから、剣を前に構えた。
――やるしかない。
《全体強化》《祝福拡張》《聖剣覚醒補助》
光が、二人を包む。
「……っ!」
エルフィアが息を呑む。
剣が光った。今まで見たことのない、白銀の輝き。《聖剣》が、安定して顕現していた。
「——動ける」
セラが前に出る。
「行くぞ」
二つの剣が、夜を裂いた。
連携ではなく、それぞれの全力。 だが不思議と、二人の動きが噛み合っていた。
戦闘は、数分で終わった。
エルフィアが剣を下ろして、僕を見た。
目に、涙が浮かんでいた。
「……消えない」
「え?」
「《聖剣》が、消えないんです。ずっと、ちゃんとここにある」
彼女は自分の手のひらを見て、それからまた僕を見た。
「テイルさんがいてくれれば——私は、誰でも守れる気がします」
セラが静かに言う。
「……力は確かだ」
彼女は僕の方を向いた。一言だけ。
「‥悪くない」
セラにしては、最大限の評価だと思う。
男の聖女。 異端で、危険で、理解不能な存在。
だが——
「これからよろしくお願いします、テイルさん」
エルフィアが深々と頭を下げた。
「こちらこそ」
そう返しながら、ふと思う。
剣士になりたかった。 なのに、僕の旅には剣姫が増えていく一方だ。
……まあ、なるようになるか。
こうして旅の一行は三人になった。
この旅は、まだまだ始まったばかりである。




