烈剣姫、来たる
天啓の祭壇で起きた一件は、予想以上の速さで広まった。
男が聖女のスキルを得た。
そんな話、信じろという方が無理だ。
当然、王国は動いた。
⸻
報せが届いたのは、祭壇の一件から三日後のことだった。
「テイル・カトレアに告ぐ。王国騎士団の命により、本人の身柄を確認する」
村長の家に集められた村人たちの前で、騎士団の使者が羊皮紙を読み上げる。
声は低く、有無を言わせない響きがあった。
喉が渇く。視線が痛い。
騎士団の紋章を刻んだ鎧。剣。数名の護衛。
どう見ても、「確認」で終わる雰囲気ではない。
「……テイル・カトレア、ここにいます」
手を上げる。
使者は一度こちらを見てから、再び羊皮紙に目を落とした。
「男でありながら《聖女》のスキルを得た例は、過去に存在しない。よって当人は"異例中の異例"と判断。危険性の確認が取れるまで、単独行動を禁じる」
「……つまり?」
「監視付きの同行任務だ」
その言葉と同時に、村の入り口の方から足音が聞こえた。
「すまない、遅れた」
短い言葉。
振り返ると、そこに立っていたのは一人の女性だった。
赤毛を短く切りそろえ、無駄のない体躯に王国騎士団の制服を纏っている。
腰の剣は細身だが、柄の使い込まれ方が、その剣がただの飾りではないことを語っていた。
年は、僕の二つか三つ上だろうか。
立っているだけで、空気が変わる。
「第三騎士団所属、セラ・フォルティス。監視任務を拝命した」
使者が居住まいを正す。
「こちらが……"烈剣姫"殿」
烈剣姫。
王国最年少でその称号を得た、現役最強の女剣士。
知らない者はいない。
セラは僕を一瞥すると、淡々と言った。
「……これが、例の"男の聖女"?」
「"これ"はやめてください」
思わずツッコんでしまった。
一瞬、場が静まる。
だがセラの表情はびくともしない。
「失礼。……正直に言う。私は信じていない」
「ですよね」
「聖女は女性のみが宿す力。男が得たという時点で、何かしらの異常がある」
正論すぎて、反論できない。
「だからこそ、私が同行する。実地で確かめる」
彼女はそう言って、剣の柄に手を置いた。
「万が一、力が暴走するようなら――その場で止める」
止める、と言ったが、目を見ればわかる。
ただ止めるつもりなど、端からない。
「では決まりだ」
使者が告げる。
「テイル・カトレアは、剣姫セラ・フォルティスの任務に同行。聖女スキルの有効性と安全性を実地にて確認する。以上」
こうして僕は、思いがけず旅に出ることになった。
⸻
とはいえ、荷物はほとんどない。
剣と着替えと、少しの食料。
村の入り口で、ユフィルが待っていた。
赤いマフラーを巻いたまま、複雑な顔で立っている。
「……行っちゃうんだ」
「うん」
「危なくないの?」
「わからない。でも、断れる話でもなかった」
ユフィルは少し俯いて、それから顔を上げた。
「テイルって、昔から……大事なことになるほど、あっさりしてるよね」
「そうかな」
「そうだよ‥あのさ」
彼女は何か言いかけて、止めた。
「……ちゃんと帰ってきてね」
それだけ言って、視線を逸らした。
僕は「ああ」と答えて、歩き出した。
ユフィルの表情が、なぜかずっと頭に残った。
⸻
数日後。
王都を離れ、北方の魔物多発地帯へ向かう道中。
「……で?」
隣を歩くセラが、唐突に口を開いた。
「なに?」
「お前、どうして剣士を目指している? 仮にも聖女の支援スキルを持っているのに」
少し意外な質問だった。
「剣しかなかったから、かな」
正確には、剣しか信じられるものがなかった。
才能がない、適性が低い、戦闘向きではない――そう言われるたびに、それでも剣だけは手放さなかった。
「支援役として生きる気はないのか?」
「……ない。でも、必要ならやる」
セラは足を止め、こちらを見た。
青い目が、値踏みするように細くなる。
「その覚悟が本物かどうか、試してみよう」
彼女は前方を指差す。
木々の向こうに、黒い影。
狼型の魔物が群れている。数は七、八匹。
正面から挑めば、相応の消耗を覚悟しなければならない規模だ。
「支援を頼む、聖女様」
心臓が跳ねる。
「…………了解」
初めて、意識的にスキルを発動する。
《祝福付与》《能力強化》《精神安定》
光が、セラを包んだ。
「――っ!」
彼女の目が見開かれる。
次の瞬間、剣が閃いた。
一太刀。
それだけで、魔物の群れがまとめて吹き飛ぶ。
「……はは‥冗談でしょう」
剣姫は、静かに剣を収めながら僕を見る。
「これが……あなたの力」
その視線には、最初に向けられた疑念だけでなく――確かな驚愕が混じっていた。
「今まで感じたことのない切れ味だった」
セラはそう言って、少し間を置いた。
「……信じていない、とは言ったが」
「うん」
「信じていないのと、認めないのは、別の話だ」
それが彼女の、最大限の譲歩なのだと思った。
男の聖女。
ありえない存在。
だがその力は、本物だった。
「行くぞ。先は長い」
セラが歩き出す。
僕はその背中を見ながら、剣の柄を握り直した。
剣士を目指していた。
でも今は、この手が守れる限り――それでいい気がした。
この旅は、まだ始まったばかりである。




