テイルの評価
測定室は、魔導院の地下にあった。
階段を降りると、空気がひんやりと変わる。
石造りの廊下が続き、突き当たりの重い扉を開けると——広い。
思ったより、広い部屋だった。
天井が高く、壁際に大型の魔導装置が並んでいる。
光を集めるための水晶柱、魔力の流れを記録する羊皮紙型の記録盤、出力値を数値化する計測台。
どれも、見たことのない形をしていた。
「……すごいな」
思わず呟くと、ゼインが「帝国魔導院の、現時点での最高水準の設備ですよ」と言った。
「これが全部、測定のためですか」
「スキルの研究は、精度が命です。より正確なデータを取るために、設備への投資は惜しみません」
「測定される側の気持ちは」
「……重要な問いですが、今は設備の説明を先にさせてください」
テイルは苦笑した。
「冗談です」
「私は冗談が得意でないので、判断が難しい」
「それは正直ですね」
「正確さは研究の基本です」
セラが壁際に立ち、部屋全体を見渡していた。脅威はない、と判断したようで腕を組んで黙っている。
ゼインが計測台の前に立った。
「では始めましょう。まずは安静時の魔力量から計測します。スキルは使わず、ただ立っていてください」
「分かりました」
台の上に手を置く。
魔導装置が静かに音を立て始めた。
数値が、羊皮紙に刻まれていく。
「……次は、《祝福付与》を発動してください。対象は、この人形で」
木製の人形が台の上に置かれる。
「人形に祝福をかけるんですか」
「出力の計測が目的です。対象が人間でも人形でも、スキルの発動プロセスに変化はないはずです」
テイルは人形を見た。
「……変化、あるかもしれません」
「どういう意味ですか」
「守りたいとか、助けたいとか、そういう気持ちが起点になって祝福が出る気がするので。人形だと……」
「起点がない?」
「起点が薄い、という感じで」
ゼインは一瞬黙った。それから、羊皮紙に何かを書き留めた。
「……やってみてください。その違いも、記録します」
テイルは人形に向かって、《祝福付与》を発動した。
光が、薄く広がる。
いつもより、淡い。
ゼインが計測台を確認する。
「……出力値、通常想定の四十二パーセント」
「低いですか」
「低い。ただ」
彼は、もう一度数値を見た。
「四十二パーセントでも、既存の聖女スキル記録の最高値を超えています」
「……え」
「フィーナの最大出力と同程度です。それが、あなたの抑制状態での数値だ」
テイルは、少し言葉を失った。
ゼインが静かに続ける。
「次は、対象を人間にします。セラ・フォルティスさん、台の前に立っていただけますか」
セラが無言で移動した。
「では」
テイルは、セラに向かって《祝福付与》を発動した。
光が——溢れた。
さっきとは比べものにならない。柔らかく、深く、部屋全体に広がるような光。
ゼインが計測台を凝視している。
「……っ」
珍しく、声が出た。
「規格外ですか」
「規格という概念が、適用できません」
ゼインは記録盤を見たまま言った。
「計測上限を超えました。装置の調整が必要です」
「……そんなに」
「はい」
「壊れましたか」
「装置は無事です。ただ、上限の設定を見直さなければなりません」
セラが元の位置に戻りながら、小声で言った。
「……毎回こんな感じだったのか」
「そんな気はしてたんですけど、数字で見ると改めて驚きますね」
「テイル、お前が驚くな」
測定が終わったのは、二時間後だった。
各スキルの発動、持続時間、魔力消費量——ゼインは一つひとつを丁寧に記録していった。
テイルは指示に従いながら、時々「これはなんのためですか」と聞いた。
ゼインは毎回、「○○を分析するためです」と答えた。説明を省かない人だ、とテイルは思った。
「最後に一つ、聞いていいですか」
「どうぞ」
「今日の測定で、分かったことはありましたか」
ゼインは少し考えてから答えた。
「あなたの祝福は、感情と同調しています。対象への関心や感情が高いほど、出力が上がる」
「……それは問題ですか」
「研究者としては、非常に厄介です。感情は変動します。数値が安定しない、でも‥」
「でも?」
ゼインが、少し間を置いた。
「……興味深い」
それだけだった。
だが、それだけで十分だった。
テイルには、ゼインがその言葉に何かを込めたことが何となく分かった。
区画への帰り道、廊下でフィーナが待っていた。
「どうだった!? 数値、見せてもらっていい?」
「フィーナ、測定結果は——」
ゼインが言いかけると、フィーナが「お願い!」と言った。
ゼインは一瞬だけ、テイルを見た。
「……テイルさんが許可するなら」
「どうぞ」
ゼインが資料を手渡すと、フィーナは一枚目から食い入るように見始めた。
「……」
しばらく、声がなかった。
「……意味わかんない」
「悪い意味で?」
「違う違う、面白すぎるって意味で」
フィーナは次のページをめくった。
「安静時から既に高いのに、対象が変わった途端に跳ね上がる。しかも上限オーバー。ゼイン先生、装置壊れた?」
「壊れていません。調整が必要なだけです」
「同じじゃん」
「違います」
「…………あのね」
フィーナは資料から顔を上げて、テイルを見た。
「私の数値、見たことある?」
「ないです」
「見せるね」
フィーナは自分の測定資料を取り出した。数値が並んでいる。確かに、安定していた。誤差が少なく、きれいに揃っている。
「すごく安定していますね」
「でしょ。ゼイン先生たちには、"フィーナの測定は精度が高くて助かる"って言われる」
「……それって、いいことじゃないですか」
フィーナは少しだけ、黙った。
「研究者には喜ばれるよ」
「でも?」
彼女は、テイルの資料と自分の資料を並べた。
「なんか……つまんないって思うこともある」
「数値が安定しているのが?」
「うん」
フィーナは、テイルの「上限オーバー」の欄を指で示した。
「これ、あなたが誰かを守ろうとした時の数値でしょ」
「そうです」
「数字に出るんだ、そういうの」
「出るみたいです」
フィーナは少し考えてから言った。
「私のはね、いつも一定なんだよ。誰が相手でも、何があっても。ゼイン先生は"優秀"って言うけど」
「フィーナさんは、そう思いませんか」
「……そう思いたいけど」
彼女は資料を閉じた。
「たまに、自分が機械みたいだなって思う」
「機械じゃないですよ」
「分かってる」
「分かってますか」
「……分かってる、と思う」
その「と思う」が引っかかったが、テイルはそれ以上は言わなかった。
フィーナが「また明日ね」と言って、研究室の方へ歩いていく。
テイルは、その背中を見送った。
(安定した数値)
(誰が相手でも、何があっても、一定)
それは、三年間この場所で——感情を誤差として扱う環境で育ってきた結果かもしれない。
テイルは、自分の手のひらを見た。
この手の数値は、安定しない。
でも、たぶん——それでいいと思っている。




