表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男なのに《聖女》に選ばれました~最強支援で剣姫たちを覚醒させ、世界を救います~  作者: 仁科異邦


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/16

研究という名の檻



「見せたいものがあるんだけど、今日時間ある?」


朝食の時間に、フィーナが食堂に顔を出した。テイルたちの区画に隣接した共用の食堂で、フィーナも使っているらしい。


「一緒に使うんですか、ここ」

「うん。魔導院の聖女は一人しかいないから、専用の食堂作っても意味ないって。テイルたちが来てから急に賑やかになった」

フィーナはパンを手に取りながら、全員を見渡した。


「みんな仲いいね」

「そうでもないですよ」

テイルが言うと、カグヤが「そうでもないな」と重なった。

エルフィアが「仲良いと思います」と言い、セラが何も言わずにスープを飲んだ。


フィーナが笑う。

「十分仲いいと思う」

「フィーナさんは、いつも一人で食べてるんですか」

「研究員さんたちと食べることもあるけど……なんか、話が合わなくて。スキルの話しか出てこないから」

「スキルの話は好きじゃないんですか」


「好きだよ。でも、スキルの話しかないって、ちょっと違う気がして」

「どう違うんですか」

フィーナは少し考えて、「うまく言えないけど」と言った。

「なんか……私の話じゃなくて、私の力の話、って感じがする」

テイルは、その言葉を黙って聞いた。


食後、フィーナの案内で魔導院の中を歩いた。

「ここが私の部屋。見てく?」

「いいんですか」

「どうぞどうぞ」

フィーナの部屋は、思ったより広かった。


ベッドが一つ、書き物机、本棚が三つ。

窓が大きく、中庭が見える。棚には資料が積まれ、机の上には書きかけのノートが広げてある。

「すごいな。自由じゃないか」

「でしょ! 教会の聖女ってこんな感じじゃないんだよね? 祈りを強制されるとか、行動制限があるとか」

「……聞いたことがあります」

「ここはそういうのない。本は何でも読めるし、研究テーマも自分で提案できるし」

テイルは部屋を見回した。


本棚の背表紙。

魔導理論の専門書、スキル解析の論文集、それから——小説が何冊か、隅に並んでいた。


「小説も読むんですか」

「好きだよ。外の話が読めるから」

「外の話」

「旅の話とか、街の話とか。ここにいると外のことが分からないから、本で読む」

テイルは、その言葉を自然に聞き流しかけて、止まった。

「……外には、出られないんですか」

フィーナは、一拍だけ間を置いた。


「申請すれば出られるよ」

「どのくらいかかりますか」

「……三週間くらい」

テイルは何も言わなかった。

フィーナも、それ以上は言わなかった。

窓から差し込む光の中で、二人とも黙っていた。

「でも」

フィーナが、少し明るい声で言った。


「不自由ってわけじゃないよ。食事もいいし、研究も楽しいし、ゼイン先生は話を聞いてくれるし」

「そうですか」

「うん」

テイルは、窓の外の中庭を見た。

手入れが行き届いた庭。花が咲いている。

そしてその向こうに、高い塀。


「……ここに来たのは、何歳の時でしたか」

「十三歳。聖女スキルが顕現した時に、魔導院から声がかかって」

「来たかったんですか」

フィーナは、少し首を傾げた。

「……よく覚えてない。でも、来てよかったとは思ってる。研究、本当に楽しいから」

「楽しいんですね」

「うん」

テイルは頷いた。

それ以上、何も言わなかった。


昼過ぎ、測定の説明を受けに行く時間が来た。

フィーナが「また話しかけていい?」と言うので「どうぞ」と答えると、彼女は嬉しそうに手を振って自分の研究室に戻っていった。

ゼインとの打ち合わせが終わり、区画に戻ると、セラが中庭に面した椅子に座っていた。

「フィーナの様子は」

「……元気でした」

「が?」

「外出申請に、三週間かかるそうです」

セラは何も言わなかった。 

「あの子は、それを不自由だと思っていない。

少なくとも、口には出さない」

「気づいていないのか」

「気づいているかもしれない。でも、考えないようにしているように見えた」

テイルは椅子を引いて、セラの隣に座った。


「外を望む気持ちを、育てないようにされてきたのかな」

「……そうかもしれない」

「気づいたら、変えられますか」

セラは少し間を置いた。

「それは、あの子が決めることだ」

「うん」

「お前が決めることじゃない」

「分かってます」

「分かっているなら、顔に出すな」

テイルは少し苦笑した。

「出てましたか」

「心配しているのが全部、顔に出ている」

「……そういう顔をしているつもりはないんですが」

「してる」

セラは中庭を見たまま言った。


「ただ」

「うん」

「お前が心配するのは、間違いじゃない」

テイルは、その言葉を黙って受け取った。


夕方になり、リディアが今後の動き方をまとめた資料を持ってきた。

ライアが「飯まだか」と言い、カグヤが「もう少し待て」と言った。

エルフィアが「私、お手伝いしますね」と食堂の方へ向かった。

賑やかな夕暮れだった。

テイルは、その中にいながら、少しだけ遠くを見ていた。


夜、部屋に戻って間もなく。

空気が変わった。

窓際に、気配があった。

「……逃げないのね」

低く、静かな声。

テイルは振り返らずに言った。


「逃げる理由がないので」

「普通は逃げる」

「君が来るのは、分かっていましたから」

窓際に、人影があった。

暗い外套。顔の半分を覆う布。背丈は自分と変わらないくらい。

「……ミレア・シルヴァ」

名前を呼ぶと、人影が一瞬だけ固まった。


「知っていた?」

「セラが、諜報部の追手が来るかもしれないと言っていました。雰囲気で分かりました」

ミレアは、窓枠に腰かけたまま動かなかった。

外套の下に、細い剣が見える。手は、柄にかかっていない。

「なぜ、まだここにいるんですか」

テイルが聞くと、ミレアは少し黙った。


「……命令がある」

「どんな」

「言えない」

「そうですか」

テイルは、ミレアを見た。

顔の半分は布で隠れているが、目だけは見える。暗い色の、静かな目だった。


「ずっと追ってきていたんですか」

「……ああ」

「王国から、帝国まで」

「そうだ」

「それは、大変でしたね」

ミレアが、かすかに眉をひそめた。

「……労わるつもりか」

「そういうわけじゃないですが。遠くまで来たなと思って」

「命令だ」

「命令でも、疲れますよね」

沈黙。


「……変な奴だ」

「よく言われます」

ミレアは、少し間を置いてから言った。

「今夜は、何もしない」

「分かりました」

「次に会う時も、何もしないとは言えない」

「それも分かりました」

「……なぜそんなに落ち着いている」

テイルは少し考えて、答えた。


「君が、今夜ここに来たのは命令じゃないと思うから」

ミレアの目が、かすかに揺れた。

「……そんなことは」

「違いましたか」

沈黙。

答えは、なかった。


ミレアは、音もなく窓から消えた。

残ったのは、夜風と、かすかな気配の余韻だけだった。

テイルは、窓を閉めながら一つだけ思った。

(また来る)

きっと、また来る。

そしてその度に、命令を実行できない理由が一つずつ積み上がっていく。


それが正しいことなのかは分からない。

ただ——今夜ここに来たのは、彼女自身の何かだったはずだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ