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男なのに《聖女》に選ばれました~最強支援で剣姫たちを覚醒させ、世界を救います~  作者: 仁科異邦


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もう一人の聖女フィーナ


魔導院。


廊下は広く、天井は高く、白い石の壁に等間隔で魔導灯が埋め込まれている。

常に一定の明るさ。

窓は少ないため外の天気に左右されない空間である。

「こちらです」

ゼインが案内するため歩き出す。


「一つ質問があります」

テイルが言うと、ゼインは歩みを止めずに「どうぞ」と答えた。


「ここに聖女がいますね」

「……なぜそう思いますか」

「入った瞬間から、スキルが反応しています。聖女の気配がする」

ゼインが、初めてわずかに歩みを緩めた。


「います、研究協力者として滞在しています」

研究協力者。

その言葉の重さを、テイルはすでに感じ取っていた。


通されたのは、上層の会議室だった。

円形のテーブルに椅子が並ぶ。

窓は一つだけで、帝都の街が小さく見える。

ここから飛び降りようとは、誰も思わない高さだ。

ゼインが椅子を勧め、自分も座った。

「改めて。研究協力をお願いしたい」


「条件は何になりますでしょうか」

テイルが問う。


「週三回、一回あたり二時間以内の測定。スキル発動時の魔力記録の提供。外出は前日までに申請。痛みや危険を伴う実験は行いません」

「仲間たちとの行動は?」

「問いません、ただし測定はあなた一人で受けてもらいます」


「断る」

セラが、即座に言った。

ゼインの視線がセラに向く。

「私はテイルの護衛だ。本人と切り離す条件は受け入れない」


「研究対象への干渉は、測定の精度を下げます」

「精度より安全が先だ。何があるか分からない場所に、仲間を一人で置いていけない」

「帝国魔導院の施設内で、研究対象を危険にさらすようなことは——」


「邪魔すると言っているわけじゃない」

セラは静かに、しかしはっきりと言った。

「ただ、隣にいる」

ゼインは沈黙した。

テイルが口を開く。


「仲間が同じ部屋にいるだけで、測定に問題が出ますか」

「……理論上は、出ます。精度が下がる可能性がある」

「可能性、ですか」

「……確定ではありません」

「なら、試してみてからでもいいんじゃないですか」

ゼインはテイルを見た。


「ふむ、あなたは交渉慣れしていますね」

「そんなことはありません。ただ」

「ただ?」

「断られてから考えるより、試してから判断する方が効率的だと思っています」

ゼインは少し間を置いた。

「……検討します」

「ありがとうございます」

「ただし」

ゼインは、一行を見渡した。


「全員が同室というのは難しい。測定対象一名と、同行者一名まで」

「それで構いません」

セラがテイルを見た。テイルが頷く。

「では、身分保証と滞在許可の手続きに入ります。今日はここまでにしましょう」


「一つ、聞いてもいいですか」

「何でしょう」

「ここにいる聖女の方は……どんな人ですか」

ゼインの表情が、かすかに変わった。

何を変えようとしたのかは分からない。ただ、何かが一瞬、動いた。


「……会えば分かります」


手続きが済み、仮の滞在区画へ案内される途中だった。

「あっ!」

廊下の角から、声が飛んできた。

次の瞬間、勢いよく角を曲がってきた人影がテイルに正面からぶつかりそうになり、ぎりぎりで止まった。


白い研究服。銀がかったブロンドの髪。くりっとした目が、テイルを見上げている。

年は……自分と同じか、少し下だろうか。

「ごめんなさい、走っちゃいけないの分かってるんだけど」

謝りながら、全然反省していない声だった。


「大丈夫ですか」

「うん、平気。それより——」

少女は、まじまじとテイルを見た。

「あなたが噂の男の聖女?」

「……そうですが」

「すごい! 本当にいたんだ!」

屈託がなかった。敵意も警戒もない。ただ純粋に、面白いものを見つけた、という顔だった。


「私も聖女なんだよ。フィーナ・アルヴィス。帝国で顕現した聖女」

「テイル・カトレアです」

「知ってる。さっきゼイン先生から連絡来てた」

「……早いですね」

「魔導院は情報が早いから。ねえ、ちょっと聞いていい?」

「なんですか」

「祝福の時、自分で感情が乗ってるって分かる?」

テイルは少し面食らった。

挨拶の次にする質問ではない。だが悪意はない。ただ単純に、知りたいのだ。


「……まあ、分かるといえば分かります」

「どういう感じで? 熱くなる感じ? それとも自然に出てくる感じ?」

「フィーナ」

ゼインの声が、静かに割り込んだ。

「研究の話は、測定室でするように」

「はーい」

全然悪びれていない。

フィーナはテイルに向き直った。

「また話しかけていい?」

「……はい」

「よかった。ここ、話せる人があんまりいないから」

彼女は笑って、来た方向に戻っていく。

角を曲がる直前、「走るな」というゼインの声が聞こえて、「歩いてる歩いてる」という声が返ってきた。

テイルは、その背中が消えた廊下を見ていた。

(ここに、あの子が)


明るい声。好奇心に満ちた目。

だが——一つだけ、引っかかった言葉があった。

「話せる人があんまりいない」

それは、研究施設に人が少ないということではないはずだ。


ゼインが、静かに告げた。

「彼女が、当院の研究協力者です」

「いつからいるんですか」

「三年前から」

テイルは、廊下を見た。

三年。

フィーナは今、十六歳だと言った。

「……十三歳から、ここにいるんですか」

ゼインは答えなかった。

答えないことが、答えだった。


割り当てられた区画は、六人が使うには十分な広さだった。

部屋が並び、共用の食堂と居間がある。

窓からは中庭が見えるが外壁はない。

ただ、建物の構造上、ここから帝都の街に直接出られる経路はなかった。


「……悪くないな」

ライアが部屋を見回して言った。

「宿よりいい」

「食事も提供されるそうです」

リディアが資料を確認しながら言う。

「帝国魔導院、大盤振る舞いだな」

「投資、ということでしょう」

「テイルへの、か」

「はい」

ライアは少し考えてから、「まあいいか」と言った。

「私も居候させてもらう」

「ライアさんは、帝国籍ですか」

「ない。傭兵は籍を持たないことが多い。ただ帝都には顔が利く人間を何人か知ってる」

「それは助かります」

カグヤが窓から中庭を眺めながら言う。


「テイル、あの子のこと気になってるだろ」

「……そんなに顔に出てましたか」

「出てた。ゼインとのやり取りが終わった後、ずっと考え込んでる顔してた」

テイルは、少し間を置いてから言った。

「十三歳からここにいるって、どういうことだろうと思って」

「聖女スキルが顕現したのが、そのくらいの年齢だったんだろう」

「それは分かる。でも……三年間、ここから出てないとしたら」

誰も、すぐには答えなかった。


セラが静かに言う。

「今日は休め。考えるのは明日からでいい」

「……そうですね」

「頭が動かなければ、何も判断できない」

テイルは頷いた。

窓の外の中庭は、手入れが行き届いていた。花が咲き、木が並んでいる。

綺麗だった。

でも、塀がある。


外から入れないためではなく、内から出られないための、高い塀が。

テイルはそれを見て、もう一度だけフィーナの笑顔を思い返した。

あの笑顔は本物だった。

だからこそ、胸が痛かった。


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