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男なのに《聖女》に選ばれました~最強支援で剣姫たちを覚醒させ、世界を救います~  作者: 仁科異邦


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聖女は、男に宿った

聖女――。


遥か昔から勇者や英雄を支え続けた、伝説のスキルである。


選ばれた"女性"のみが授かることを許され、その力は数ある支援系スキルの中でも最強と謳われてきた。

戦場において味方の生存率を劇的に引き上げ、奇跡と呼ばれる現象すら引き起こすと語り継がれている。


だが、ここ数百年は顕現した記録もない。今や英雄譚の片隅に添えられる、古びた伝説に過ぎなかった。


――まさか、それが自分に宿るなど。

誰が予想しただろう。


冬の朝だった。

村外れの空き地に立ち、白い息を吐きながら、僕――テイル・カトレアは木剣を握り直した。


素振り千回。それが今日の日課だ。

「……九百九十八、九百九十九、千」

剣を下ろすと、肩が重く、手のひらはじんじんと痺れていた。


才能はない。

王国騎士団の試験官にも、幼い頃から通っている剣術師匠にも、口をそろえてそう言われてきた。

剣の適性が低い、魔力量が平均以下、戦闘向きの身体ではない――並べればきりがないくらいに、僕には欠けているものが多かった。


それでも、やめようと思ったことは一度もない。

剣を振ることが好きだったからではない。強くなりたいという漠然とした夢があったからでもない。

ただ――努力だけは、才能と関係なく積み上げられると知っていたから。


「よし。今日もここまで」

木剣を鞘に収め、額の汗を拭う。

空は白く濁り、遠くの山に雪雲が迫っていた。

「テイルっ! もう終わり? 早いね」

振り返ると、赤いマフラーを巻いた少女が手を振りながら駆け寄ってくる。


幼馴染の、ユフィル・アルスだった。

「ユフィル。こんな朝早くどうした」

「どうしたって、今日は天啓の日でしょ。忘れてないよね?」


天啓。

その言葉に、胸の奥がかすかに揺れた。


《天啓》とは、十七歳を迎えた者が一生に一度だけ授かる、神の祝福である。


剣の才能、魔法の適性、鍛冶や農耕の技能……与えられるスキルはその者の素質に応じて決まるとされ、どんな天啓を受けるかで、その後の人生が大きく変わる。


貴族の子弟なら高位の魔法スキルを、戦士の家系なら優れた剣技スキルを――と期待されるのが一般的だ。


「テイル、正直に言って。怖い?」

空き地の縁に並んで腰掛けながら、ユフィルが問いかけてきた。


「怖くはない。ただ……」

「ただ?」

「なるようになると思ってる」

「それ、怖いのを誤魔化してるだけじゃないの」

ユフィルはそう言って少し笑った。


彼女はいつもそうだ。僕が誤魔化しているときを、すぐに見抜く。

幼い頃から隣にいたせいか、あるいは彼女自身が聡いのか。

「騎士団に入りたいんでしょ。ちゃんとした剣スキルが出れば、道は開けるよ」


「……そうだな」

「だから、しっかり祈って行きなよ」

「神様に祈って、天啓が変わるわけでもないだろ」

「気持ちの問題だよ」

ユフィルはそう言って立ち上がり、赤いマフラーを整えた。

朝の光の中で、その横顔は少し寂しそうに見えた。

「……テイルって、たまに自分のこと軽く見すぎだと思う」

その言葉が、なぜか胸の奥に刺さった。


午後、村外れにある天啓の祭壇へ向かった。

古びた石造りの祭壇は、村の歴史と同じくらい古く、苔むした外壁に王国の紋章が刻まれている。

年に一度、同年代の若者が集まり、順番に儀式を受ける場所だ。

列の前方では、既にいくつかの天啓が発動していた。


「《剣技・上位》獲得だって! すごい!」と周囲がどよめく声。「《炎魔法》か、羨ましいな」という声も聞こえる。

皆、笑っていた。これからの未来に期待している顔だった。


やがて、僕の番が来る。

深呼吸。

祭壇の石台に両手を置く。

「テイル・カトレア。天啓を求めます」

その瞬間、淡い光が溢れた。

――温かい。


身体の奥に、ゆっくりと何かが染み込んでくる感覚。

剣を握ったときとも、魔力を感じたときとも違う。もっと柔らかく、もっと深いところに届くような――。

頭の中に、文字が浮かび上がった。


【天啓スキル獲得】

聖女セイント

支援系最高位スキル

───

付随能力:《全体回復》《状態異常完全無効》《祝福付与》《奇跡発動率上昇》《守護結界》《英雄覚醒補助》

性別制限:解除済み


「…………は?」

思考が、止まった。

聖女?

あの、伝説の?

女性限定じゃないの?

「……待て待て待て待て」

スキル情報は容赦なく流れ込んでくる。

聞いたことのない能力が次々と展開され、その全てが支援寄りで、剣とは何の関係もない。


剣士志望の人生設計が、音を立てて崩れていく音がした。

「完全に後衛じゃないか……」

ぼそりと呟いた声は、しかし、周囲の静寂の中でやけに響いた。


気づけば、周りの全員が僕を見ていた。

「……テイル?」

誰かがそう呼んだ気がした。

その声は、どこか遠くに聞こえた。


「き、きゃあっ!」

悲鳴が上がったのは、その直後だった。

祭壇の外、雪に覆われた平野の向こうから、黒い影が迫っていた。


狼型の魔物だ。しかも、一匹ではない。

三匹、四匹――七匹。群れで動いている。この周辺では滅多に見られない類の魔物だった。

「なんで、こんなところに!」

祭壇を管理する老神官が叫ぶ。

周囲の同年代たちが後退し、まだ天啓を受けていない子が泣きながら走り出した。

僕は剣に手を伸ばした。


だが――

「っ……」

身体が、勝手に前に出ていた。

剣ではなく、掌を前に向けて。

「守れ」

声は、自分のものだとは思えないほど静かだった。


次の瞬間。

柔らかな光が、祭壇全体を包んだ。

淡く、温かく、どこまでも優しい光。

それは壁のように広がり、魔物の牙と爪が触れた瞬間――まるで霧が晴れるように、消えてしまった。

一匹が、二匹が、後退していく。

七匹全てが怯えたように尻尾を巻き、雪原の向こうへ消えていった。


静寂が、戻った。

誰も、何も言わなかった。

「……テイル」

ユフィルの声だけが、震えながら響いた。


僕は自分の手を見つめた。剣は握っていない。なのに、守れた。

確かに、守れた。

「……どうやら、間違いないらしい」


これが聖女の力だ。

伝説の、最強支援スキル。それを宿したのは、剣士を夢見るただの男。


「人生って、本当に何が起きるかわからないな」

苦笑いを浮かべながら呟くと、周囲の視線が一斉に集まった。

驚愕。戸惑い。そして――微かな恐れ。

その視線の意味を、このときの僕はまだ理解していなかった。


その夜。

天啓の祭壇を管理する神官によって、一通の報告書が王都へ送られた。


内容は短く、しかし王国の上層部を震撼させるに足るものだった。


緊急報告:天啓の異常顕現について

本日、クラネア村において男性が《聖女》スキルを取得。

本来の性別制限は消滅しており、能力の発現も確認済み。王国騎士団への監視配備を進言いたします。


報告書を受け取った王国騎士団の幹部、グレイン・ヴァルスは、それを静かに机に置いた。

「……男の聖女か」


彼は窓の外を見た。

夜の王都に、雪が舞っていた。

「面倒なことになった」

その言葉の意味を、テイルはまだ知らない。


だが、その夜を境に、テイル・カトレアの運命は大きく動き出す。

剣士の夢は、聖女の力と共に歪み始める。

王国が動き、剣姫たちが集まり、やがて世界の真実が露わになる。


その全ては――まだ、始まったばかりだった。

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