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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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『明日、君を処刑する』と訳された言葉、本当は『生涯、君を愛する』でした。嘘つき妹が「姉は死ぬ」と嘲笑っていますが、冷徹な戦王様は徹夜で辞書を丸暗記してプロポーズしに来たんですが!?

作者: 夢見叶
掲載日:2025/12/12

「明日、おまえを処刑する」


 通訳席から落ちたその言葉が、大広間の空気を一瞬で凍らせた。


 グラディア王城、謁見の間。  私は、その宣告に足の感覚を失っていた。


 ルーメン王国第一王女、フィリシア。  今日、北方の戦王カイルス・ヴァン・グラディアと婚礼を結ぶはずだった女。


 隣では、カイルス陛下が低い声で何かを厳かに語り続けている。  私は震える耳を総動員して、その音を拾う。


 ガル。  サル。  リア。


 知っている。  出発前の二年間、語学の天才である妹イリナから、徹底的に教え込まれた単語だ。  それはグラディアの日常語ではない。王族の婚姻でのみ使われる、難解な『古代グラディア語』。


 ガル――『殺す』。  サル――『奪う』。  リア――『終わり』。


 ああ、聞き間違いようがない。  陛下は確かに、私を殺して奪い、終わらせると言っている。


「陛下は、あなたの血を明日の祭りで捧げるとおっしゃいました」


 柔らかな共通語で、妹の声が宣言する。


 通訳席に立つのは、私の妹イリナ。  本来、この場にはグラディア側の筆頭通訳官もいるはずだった。  しかし彼は今朝、何者かに毒を盛られ、意識不明の重体だという。


 ゆえに今、この神聖な儀式の言葉を支配しているのは、唯一の通訳であるイリナだけだ。


 ざわ、と人々がどよめく。  処刑。血を捧げる。明日の祭り。


 私は恐怖に震えながら、カイルス陛下を見上げた。  彼は、灰色の瞳で私をじっと見下ろしている。


 さぞ、冷酷な目をしているのだろう。  そう思って見上げた私の目に映ったのは――。


(……え?)


 その瞳は、泣きたくなるほど優しく、揺れていた。  そして、組んだ腕の死角で、彼の手が私の指先に触れた。  ぎゅ、と。  痛いほど強く、一瞬だけ握りしめられる。


 ――待て。  その熱が、そう告げている気がした。


「……姫」


 陛下が短く何かを言う。


 カル――『愚かな』。  エスト――『女だ』。


 イリナが、悲しげに首を振って訳す。


「姫の怯えた顔は見苦しい、あっちへ行け……と」


 違う。  直感が叫んだ。  私の手をこんなに温かく握る人が、そんな暴言を吐くはずがない。


 壁一面を覆う『証言の水鏡』だけが、静かに青い光を揺らしていた。


     ◇


「……残念でしたね、姉上」


 儀式が終わり、軟禁された私室にて。  部屋に入ってきたイリナは、憐れむような笑みを浮かべていた。


「どうして、イリナ。なぜ陛下は私を殺そうとなさるの?」 「野蛮だからですよ。グラディアは血を好む。姉上の血で国境を清めるつもりなのでしょう」


 イリナは優雅に椅子に座り、果実水を口にする。


「でも、おかしいわ。証言の水鏡があるじゃない。あそこで処刑宣言なんてしたら、外交問題になる」


「ふふ、姉上は何もご存じない」


 イリナは可笑しそうに笑った。


「古代語の解釈は難しい。私が『文脈上、そう訳すのが妥当』と主張すれば、誰も反論できません。グラディアの通訳官が都合よく倒れた今、真実は私の舌の上にあるのです」


 背筋が凍った。  この子は、最初から計画していたのだ。  私を孤立させ、言葉を奪い、死に追いやることを。


「私が、邪魔なの?」


「ええ。不公平ですから」


 イリナの瞳が、暗く濁る。


「語学も、魔術も、政治の才も、すべて私の方が優れている。なのに、カイルス様との婚姻も、姉上のものだなんて」


「……あなたが、王妃になりたかったの?」


「あの方に、二年間恋焦がれていました。だから教えて差し上げたのですよ。『姉はあなたの言葉を嫌悪している。野蛮な音を聞くと吐き気がするそうだ』とね」


 私は息を呑んだ。


「陛下にも、嘘を……?」


「ええ。カイルス様は優しい方だ。傷つく姉上を気遣って、二年間一度もルーメン語を使わなかったでしょう? 愚かなお二人にはお似合いのすれ違いです」


 イリナは立ち上がり、私の耳元で囁く。


「安心してください。姉上が処刑されたら、私が『通訳の責任』を感じて一生カイルス様を支えますから。……さようなら、お姉様」


 扉が閉まる。  鍵がかけられる音が、重く響いた。


 私は一人、膝を抱える。  明日、殺される。


 ……本当に?


 脳裏に浮かぶのは、あの灰色の瞳だ。  そして、指先に残る、あの強い熱だ。


『姉はあなたの言葉を嫌悪している』  陛下は、それを信じて沈黙していただけ?  私を気遣って?


 私は机に向かい、震える手でペンを取った。  イリナに教えられた単語帳を開く。  ここに書かれている意味がすべて逆だとしたら。


 ガル=殺す → 生きる? 守る?  サル=奪う → 与える? 共に?


「……信じる」


 私は涙を拭った。  言葉を奪われたまま死ぬなんて、絶対に嫌だ。  あの手の温もりが嘘でないなら、私は賭ける。


     ◇


 翌日。処刑の儀。


 大広間は、昨日以上の緊張に包まれていた。  イリナは純白のドレスに身を包み、まるで自分が主役のように聖壇に立っている。


 カイルス陛下が現れた。  昨日の鎧姿ではない。黒を基調とした、高潔な礼服姿。  その顔色は、ひどく悪い。一睡もしていないように見えた。


 彼が私を見る。  その瞳が、強く、熱く揺れ――そして、わずかに頷いた。


 ――今だ。


 陛下が口を開く。


 ガル・サル・リア。


 昨日と同じ言葉。  イリナが、厳かに訳し始める。


「王は告げる。この女を殺し、全てを奪い、終わりにする――」


「嘘よ!!」


 私は叫んでいた。  イリナが驚愕に目を見開く。


「姉上!? 何を……!」


 私は構わず、陛下の目の前まで駆け寄った。  言葉は通じないかもしれない。イリナに嘘を吹き込まれている陛下は、私の言葉を嫌悪するかもしれない。


 それでも。


 私は自分の胸に手を当て、拙い発音で、けれど魂を込めて叫んだ。


「ガル! ガル! ……あなたを、信じる!」


 一瞬の静寂。  陛下は大きく目を見開き、そして――破顔した。  氷が解けるような、美しい笑みだった。


「……よくぞ、気づいた」


 陛下が、流暢な『ルーメン語』で答えた。


 え?  大広間が静まり返る。  イリナが呆気にとられた顔をする。


「へ、陛下……? なぜ、ルーメン語を……姉上はその言葉を嫌っているはずでは……」


「その嘘も、もう終わりだ」


 カイルス陛下は、手にした分厚い辞書をイリナの足元に投げ捨てた。  書き込みで真っ黒になった、ルーメン語の辞書を。


「そなたは私に言ったな。『姉はルーメン語を話す男を野蛮だと蔑む』と。だから私は、フィリシアの前では決して母国語を使わず、密かに学んだルーメン語も封印してきた」


 陛下の一歩踏み出す。  その圧力に、イリナが後ずさる。


「だが、昨日のフィリシアの目は、蔑みではなく恐怖に濡れていた。そして今、彼女は私の言葉を信じようとした。……矛盾しているのは、貴様の言葉だ」


「そ、それは……誤解です! 私はただ……」


「言い訳は聞かぬ」


 陛下は指を鳴らす。  すると、大広間の扉が開き、車椅子に乗った老人が現れた。  中立都市の「大賢者」だ。


「貴様は外交官特権を持っている。ただの疑惑では裁けない。だから私は、貴様が水鏡の前で決定的な『偽証』を行い、国家反逆の罪を犯す瞬間を待っていた」


 老賢者が杖を振るうと、水鏡が眩い光を放った。  たった今、イリナが「殺す」と訳した映像。  その下に、真実の訳が浮かび上がる。


『生涯、君と君の国を守ることを契約する』


 決定的な証拠。  イリナの顔から、完全に血の気が引いた。


「ち、違う……私は、陛下をお慕いして……」


「その汚れた口で、愛を語るな」


 カイルス陛下は冷たく言い放つと、私の前に膝をついた。


「フィリシア」


 愛おしさに溢れた顔で、私の手を取る。


「そなたの妹を罠にかけるためとはいえ、怖い思いをさせてすまなかった。昨日は、そなたの手を握りしめて耐えることしかできなかった」


「……陛下」


「昨日の『カル・エスト』は、『怯えなくていい』という意味だ。そして最初の『ガル・サル・リア』は……」


 彼は私の手の甲に口づけを落とす。


「生涯、おまえを愛し、守り抜くという、我が王家に伝わる最古の誓いだ」


 涙が溢れた。  殺すと教えられた言葉は、愛の誓いだった。  奪うと教えられた言葉は、守るという約束だった。


 衛兵たちがイリナを取り押さえる。  連行されていく妹の叫び声が、扉の向こうに消えていった。


 静寂が戻った大広間で、陛下は私を強く抱きしめた。


「もう、二度と放さない。言葉も、心も、すべて私が受け止める」


 その腕の温かさに、私はようやく、本当の意味で息ができた気がした。


     ◇


 数日後。  城のバルコニーには、穏やかな風が吹いていた。


「……というわけで、イリナは地下牢で、彼女が燃やした『正しい辞書』の復元作業に従事させている」


 カイルス様――私の夫が、少しだけ気まずそうに言った。


「それで、フィリシア。その……」 「はい?」 「私も、一夜漬けではなく、改めてそなたに伝えたい言葉がある」


 彼は顔を赤らめ、咳払いをした。  そして、私の瞳をまっすぐに見つめる。


「フィリシア。……アイ、シテ、イル」


 たどたどしい発音。けれど、それは彼が二年間、私のために隠れて学び、積み重ねてきた愛の音だ。  私はくすりと笑って、彼の首に腕を回した。


「よくできました、カイルス様」


 言葉の橋を渡るたびに、二つの国の距離も、私たちの心の距離も、甘く溶け合っていく。  もう通訳はいらない。  私たちの間には、誰も入り込めないのだから。

お読みいただきありがとうございました!


「処刑に聞こえた言葉が、本当は『守る』という誓いだったら」というところから生まれた物語でした。すれ違った言葉が、ちゃんと届く瞬間を書きたかったです。


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