第21話:導師と黒曜の騎士
輸送ヘリが着艦したのは、もはや城の原型を留めない、巨大な瓦礫の山だった。
ひしゃげた鉄骨のように見えるのは、かつて尖塔を支えていた魔法金属の残骸だろうか。
オゾンと焼けた石の匂いが立ち込め、足元では、まだ消えやらぬ魔法の光が、剥き出しになった配線から漏れる電気と混じり合い、パチパチと不気味な音を立てていた。
「これより内部に突入する! ヴァンガードは前衛、王国騎士団は左右を固めろ!」
佐藤軍曹の号令が飛ぶ。
「響さん、聞こえるか!? 内部の状況をスキャンしてくれ!」
俺はインカムに呼びかけるが、返ってきたのは耳障りなノイズだけだった。
「くそっ、ジャミングか…! 司令部との通信が完全に遮断されてる…!電波にも干渉できるんだな…。」
クラウスは無言で剣を抜き、アンナとセレスティアは互いの手を固く握りしめ、リュナは唇を噛み締めていた。
俺はARコンタクトをスキャンモードに切り替えるが、表示されるのは意味不明のエラーコードだけ。
響さんの広域解析どころか、俺の簡易センサーすらここではただのガラクタだった。
今できることはあまりに少ない。
崩落した城壁を抜け、俺たちがたどり着いたのは、信じられないほど静かで、そして無傷な大聖堂だった。
外の惨状が嘘のように、そこだけが異質な空気を保っている。
その中心、祭壇の前には半透明の禍々しい光の膜が目に見えるようにドーム状に展開していた。
正直あんないかにもなバリア初めて見るが……。
佐藤軍曹が放った威嚇の曳光弾が、その手前で陽炎のように揺らめき、何の抵抗もなく吸収されて消えた。
「……魔導書の力です。」
リュナが、憎々しげに呟いた。
あの本が、この一角だけを守っているのだ。
そして、そのドームの中心に立つ一人の男が、ゆっくりとこちらに振り返った。
黄昏の旅団の導師だろう。
彼は、俺たちではなく、祭壇の上に浮かぶ水晶に映し出された、無残に破壊された要塞の外壁を眺めていた。
その表情は、怒りでも、恐怖でもない。
自らが信じてきた世界の法則が、理解不能な暴力によって否定されたことへの、純粋な戦慄と困惑だった。
「……なんということだ」
導師の声は、震えていた。
「お前たちの鉄の雷は、確かに我らの城を砕いた。だが、神の理そのものであるこの聖域には届かぬと知れ。考えも、思想も理解できぬ、ただのゴミどもが、これほどの冒涜を……!」
彼の世界観が、今まさに崩壊しかけている。だが、その瞳はすぐに我々を捉え、狂信的な光を取り戻した。
「だが、それもここまでだ。お前たちの野蛮な力が、皮肉にも我らの儀式を完成させてくれたわ。膨大な虚無たる力の流入が、姫君の魂を完全に目覚めさせたのだ!」
導師が手をかざすと、祭壇の上に横たえられていた人影が、ゆっくりと身じろぎした。
それは、学院の制服を身に着けたまま、苦痛に顔を歪めるエリザベスだった。
その姿に、アンナとセレスティアが息を呑む。
「……エリー?」
導師は、彼女に慈しむような視線を送ると、俺たちに語りかけた。
「愚かなる者たちよ。お前たちが、彼女のプライドを砕き、その心に闇を植え付けた。だが、我らは違う。我らは、彼女の孤独を理解し、その誇りを守るための力を与えよう」
導師が再び手をかざすと、エリザベスの身体が、禍々しい黒いオーラに包まれていく。
「やめて! エリー!」
リュナの悲痛な叫びが響き渡る。
しかし、その声は届かない。
制服の生地が、まるで紙のように音を立てて砕け散り、その下から、黒曜石の如き禍々しい鎧が、彼女の身体を覆っていく。
瞳の色が、理性の光を宿していた紫色から、純粋な破壊衝動を宿した、血のように赤い色に染まっていくように見える。
そして、彼女の手に、風の刃ではなく、闇そのものを凝縮したかのような、黒い大剣が握られていた。
「……お前たちか」
闇に染まったエリザベスの声は、かつての友に向けるには、あまりに冷たく、そして憎悪に満ちていた。
「私を裏切り、野蛮人共に魂を売った、憐れな者たちよ。その罪、今ここで私が裁く!」
彼女が大剣を薙ぐ。
放たれたのは、もはや風ではない。
空間そのものを切り裂く、黒い真空の刃だった。
「させるか!」
クラウスがマナを迸らせ、剣でその一撃を受け止める。
だが、圧倒的な力に押し負け、その場に膝をついた。
「ぐっ……! これが、魔導書の力……!」
だが、その瞳は、まだ絶望の色に染まってはいなかった。
「エリー、やめて!」
アンナが土の壁を、セレスティアが水の障壁を展開するが、それらも黒い大剣の一振りで、砂糖菓子のように砕け散った。
佐藤軍曹のヴァンガードが放ったプラズマも、エリザベスが展開した闇のオーラの前では、霧のようにかき消されてしまう。
(プラズマが霧散した…? 違う、エネルギーそのものが無かったことにされているのか!?)
「なぜ……どうして、エリー!」
リュナの悲痛な叫びが響く。
エリザベスの赤い瞳が、その声に反応し、ゆっくりとリュナに向けられた。
「なぜ、だと? お前が、私を独りにしたからだ。お前が、私の信じる誇りを、あの者たちと共に踏みにじったからだ!」
歪められた本心。増幅された孤独とプライドが、彼女を突き動かしている。
「お前さえ、その野蛮な力に頼らなければ……! 私は、お前と共に、この世界を救う誇り高き騎士になれたのに!」
エリザベスの姿が掻き消える。次の瞬間、彼女はリュナの目の前にいた。
(くそっ、パターンが読めない! 響さんの分析があれば、次の攻撃位置を予測できたかもしれないのに…!)
情報がない、ただの勘と反射神経だけが頼りだった。
俺は咄嗟にリュナを突き飛ばし、シールドを構える。
黒い大剣がシールドに叩きつけられ、凄まじい衝撃に吹き飛ばされ、俺の意識は闇に落ちかけた。
朦朧とする視界の中、黒い大剣が、無防備なリュナに向かって振り下ろされるのが見えた。
誰もが、もう間に合わないと、そう思った。
外部との連携は絶たれ、魔法の力も科学兵器も意味をなさず、頼みの綱の分析官もいない。
絶望的な力の格差。
俺たちの戦いは、始まる前に、既に終わっているのかもしれない。




