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システムエンジニアと迷いし少女の物語  作者: 書との契約者
第1部 システムエンジニアと迷いし少女の物語
23/57

第23話:始まりの場所へ

 部隊長の犠牲によって開かれた道を、俺たちは無言で進んだ。

 託されたレッドブックの重みが、彼の最後の言葉と共に、ずしりと腕にのしかかる。

 その重みは、俺たちの背後から迫る魔獣の咆哮よりも、はるかに重かった。


 セキュリティドアの前では、第二小隊の残存兵たちが、俺たちが来た通路の奥に向かって、必死の防衛線を築いていた。

 満身創痍のヴァンガードの装甲は至る所がひしゃげ、火花を散らしている。

 彼らはその機体を盾にしながら、迫りくる魔獣の群れを食い止めていた。

 俺たちの姿を認めると、一人の兵士が安堵と焦燥が入り混じった声を上げた。

「戻ってきてくれたか……! だが、もう限界だ……!奴ら、数が多すぎる!」


 彼の言葉を裏付けるように、プラズマ砲の発射間隔は目に見えて長くなり、その威力も衰えている。

 バッテリーが尽きかけているのだ。


 俺はレッドブックを開き、震える指でページをめくる。

 そこに記されていたのは、緊急時用の複雑怪奇なコマンドラインだった。

 俺はそれを社員端末に一字一句正確に打ち込み、認証パネルにかざす。

(頼む……動いてくれ……! 隊長の死を、無駄にするな……!)


【EMERGENCY PROTOCOL ACCEPTED: OVERRIDING LOCKDOWN】


 数秒の、永遠にも感じられる沈黙の後、重い金属が軋む、耳障りな音を立てて、巨大なセキュリティドアがゆっくりと開いていく。

 その隙間から、冷たい、澱んだ空気が流れ込んできた。

 それは、希望の扉であると同時に、未知の領域への入り口でもあった。


 だが、その希望は、新たな絶望によって即座に打ち砕かれた。

 扉の向こうの暗闇から、赤い複眼が、無数にこちらを覗いていたのだ。


「なっ……! 向こうからもか!」

 兵士の一人が叫ぶ。挟み撃ち。

 絶望が場を支配する。

 その瞬間、第二小隊のリーダーが、俺の目を真っ直ぐに見て、叫んだ。

「和泉! 指示を! お前の目的は、この先にあるんだろうが! 俺たちは軍人だ。目的達成のためなら、喜んで駒になる!」


 俺に、指示を? 軍人でもない、ただのエンジニアの俺に?

 だが、迷っている時間はない。背後からは、限界を超えた友軍の悲鳴。

 目の前には、新たな敵の群れ。そして、この扉の先に、全ての元凶がある。


 会社員として、人の生死を左右するような決断など、一度もしたことがなかった。だが、もう、ただの会社員ではいられない。


(選べ。俺が、選ぶんだ。この人たちの命の、使い方を)


 俺は、奥歯を噛み砕くほどの力で、叫んだ。

「第二小隊は、ここで敵の増援を食い止めてください! 俺たちがゲートを止めるまでの、時間を稼いでほしい!」


 それは、彼らに「ここで死んでくれ」と、遠回しに言っているのと同じだった。

 俺の全身から、血の気が引いていく。


 だが、小隊リーダーは、その非情な命令に、ニヤリと笑って敬礼した。

「了解した。だがここに残るには俺だけだ。……未来を、頼んだぞ、司令塔。必ず、生きて戻れよ」


 そういうと、セキュリティドアの向こう側へ数発プラズマ弾を撃ち込み、ドアの前に陣取っていた敵を排除する。

 彼の構えていたプラズマ砲のバッテリーパックがガシャという音を立てて排出される。


「今のうちに中へ!」

 俺は叫び、リュナと残りの兵士たちと共に、開かれた扉の向こう、サーバーフロアへと転がり込んだ。


 そして再びドアは小隊リーダーを残して閉じられた。


 中は……、評価室があったところは完全に崩壊していた。

 サーバーラックはドミノ倒しのように連鎖的になぎ倒され、無数のケーブルが、まるで巨大な獣の血管のように床をのたうち回っている。

 天井からは、断線したケーブルが火花を散らしながら垂れ下がり、スプリンクラーの水と反応して、パチパチと不気味な音を立てていた。


 かつて整然と区画を分けていたはずの壁は、どこにもない。全ての部屋の仕切りが破壊され、だだっ広い一つの巨大な空間と化していた。それは、俺たちの日常が、根底から破壊されたことを象徴するかのようだった。


 そして、その空間の中央。

 かつて、評価室3があったはずの場所に、それはあった。


「……あれが……」

 リュナが、息を呑む。

 その瞳は、恐怖と、そして深い悲しみに揺れていた。

 偶然とはいえ、自分をこの世界に連れてきたゲートが、今、目の前にある。

 それは、彼女が護衛任務から逃げてきた、まさにその場所だった。


 半透明の、オーロラのような膜が、中空で静かに揺らめいていた。

 それはまるで生きているかのように、ゆっくりと脈動し、時折、その表面にリュナの故郷のものと思しき、鬱蒼とした森の風景が一瞬だけ映っては消える。

 その風景は、見るたびに鮮明さを増しているように思えた。二つの世界が、ゆっくりと、しかし確実に融合しようとしているかのようだ。

 これが、二つの世界を繋いでしまった、唯一の扉。

 全ての元凶。

 そして、この世界の終わりを告げる、破滅の兆候。


 不思議と、そこから何かが新たに出てくる気配は今この瞬間はなかった。

 だが、その静寂が、かえって不気味さを増幅させていた。


 俺は、その光景から目を離し、近くでかろうじて電源が生きているシミュレーターの管理端末へと駆け寄った。

 コンソールを叩き、現在のシステムログを呼び出す。

 そこに表示されていたのは、無機質なメッセージだった。


【CONNECTION STATUS: ESTABLISHED】

【WORLD-GATE: ACTIVE... SYNCHRONIZING...】


(接続され続けている……! それどころか、同期が始まっている……!?)


 俺は、この絶望的な事実を伝えるため、耳元のインカムに手を当てた。

「先輩! 聞こえますか、俺です! 和泉です!」

 数回のノイズの後、牧原先輩の切羽詰まった声が頭蓋に響く。

『愁也か! 無事だったか! そっちの状況は!?』

「はい……! なんとか評価室3があった場所までたどり着きました。ですが……ゲートは、まだ生きています……! そして、このままでは、この世界が……!」


 俺の言葉は、途中で途切れた。だが、牧原先輩には、俺の言いたいことが伝わっただろう。このゲートを止めなければ、俺たちの世界は、ずっと繋がりっぱなしで、この悪魔みたいなくそったれな怪物が湧き続けるのだろう。


 始まりの場所で、今、本当の最終決戦が始まろうとしていた。



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