第17話:一射一殺の切り札
「―――バッテリー直結、完了しました!」
「『ミラクル・ラパン』の杖、量販店からかき集めてきた在庫12本、すべて接続準備OKです!」
司令室の喧騒が嘘のように、シールドルームは静まり返っていた。
目の前には、パワードスーツ『ヴァンガード』から取り外された巨大なバッテリーパックと、そこから伸びた無骨なケーブルに繋がれた、あまりにも場違いなピンク色の玩具の杖。
そして、その杖を握るリュナ。
「……リュナさん」
俺は、彼女に声をかけた。
「これからやろうとしていることは、無茶苦茶だ。杖が暴発するかもしれないし、バッテリーが爆発するかもしれない。本当に……」
「大丈夫です」
俺の言葉を遮り、リュナは凛とした声で言った。
その碧眼には、恐怖ではなく、強い決意の色が宿っていた。
「護衛任務では、たくさんの人が、私を逃がすために死にました。それに比べれば、こんなの、どうってことありません。……やらせてください」
その覚悟を前に、俺はもう何も言えなかった。
「……分かった。頼む」
リュナはこくりと頷くと、深く息を吸い込み、これまでとは比較にならないほど長く、複雑な詠唱を始めた。
杖が、そんな上等なAIなんて積んでいないのに、これまでで最もけたたましい音声を鳴らし始めた。
『ふぁいなる! みらくる! ふらーっしゅ!』
「―――インフェルノ・バースト!!」
リュナの叫びと同時に、杖の先端から、純白の光の奔流が放たれた。
シールドルームの巨大な的が、一瞬で蒸発し、その背後の装甲壁が、バターのようにたやすく融解していく。
数秒後、光が収まった時、そこには壁に穿たれた直径数メートルの、赤熱する大穴だけが残っていた。
実験の成功に、司令室が歓喜に沸く。
「成功だ!」
「やったぞ!」
牧原先輩が、即座に司令官に通信を入れる。
「―――成功だ! 大型個体を撃破しうる、新たな一撃が完成した!」
だが、俺だけは、その熱狂の輪に加わることができなかった。
俺の目は、目の前のコンソールに表示された一つの無慈悲な「事実」に釘付けになっていたからだ。
「……牧原先輩」
俺の声は、歓声にかき消されそうなほど、小さかった。
「どうした、愁也君。浮かない顔だな」
俺は、ディスプレイに表示された、エネルギーの出力グラフを指さした。
「先輩、これを見てください。……俺たちが作ったこれは、銃じゃありません。一発ごとに砲身ごと使い捨てる、単発式の爆弾です」
俺の言葉に、司令室の空気が、急速に凍りついていく。
バチッ、と嫌な音を立てて、リュナが持っていた杖が火花を散らし、どろりと溶け落ちた。
同時に、バッテリーパックのモニターに表示されていたエネルギー残量が、100%から一気に0%へと変わる。
「現在、基地内で即時使用可能なヴァンガードのバッテリーは、残り……8基です」
オペレーターの報告に、司令官が苦々しく顔を歪める。
「つまり……あと8発しか、撃てないということか」
8発。
敵の大型魔獣は、現在確認されているだけで3体。予備兵力は未知数。
あまりにも、心許ない弾数だった。
「待ってください、博士」
絶望的な沈黙の中、先ほどのエンジニアの一人が、すがるような目で牧原先輩に問いかけた。
「今のインフェルノ・バーストではなく、初級魔法のフレイムアローなら、バッテリーの消費も少ないのでは? 小型魔獣の掃討には、そちらを使えませんか?」
その、誰もが考えたであろう希望的な観測を、別のエンジニアが、データを指し示しながら無慈悲に否定した。
「いえ……先ほどのデータを見る限り、たとえ初級魔法でも、威力を維持するには常にバッテリーからの電力供給が不可欠です。杖の耐久性を考えても、一本あたり数発が限界でしょう。我々の切り札は、文字通り一射一殺。小型の敵に、貴重な弾は一発も使えません」
その言葉は、司令室にいる全員に、新たなジレンマを突きつけた。
研究員たちが、急いで残りの杖とバッテリーの準備に走り出す。
そのドタバタの中で、俺は続けた。司令官や、この場にいる全員に聞こえるように。
「……この戦い方は、根本的に間違っています。これは、ただの対症療法だ。サーバーが無限にエラーを吐き続けているのに、俺たちは、ひたすら手動で再起動を繰り返しているのと同じです。根本原因――この魔獣が増えている原因をたたく必要があると思います。そうしないとこの戦いは、俺たちのバッテリーが尽きるか、街が壊滅するか、そのどちらかでしか終わりません」
俺の言葉に、司令室は完全な沈黙に包まれた。
希望を手にしたはずの俺たちに突きつけられたのは、より残酷な現実と、そして、あまりにも危険な、次の一手についての議論の始まりだった。