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システムエンジニアと迷いし少女の物語  作者: 書との契約者
第1部 システムエンジニアと迷いし少女の物語
15/57

第15話:きゅぴーん☆ と、希望の火

「……信じられん。本当にただの玩具だぞ」


 シールドルームに隣接された、精密機器が並ぶ解析室で、白衣を着た研究員の一人が、まるで幽霊でも見たかのような顔で呆然と呟いた。

 彼の目の前の作業台では、数人のエンジニアが、あのピンク色の『魔法少女ミラクル・ラパン』の杖を、まるで未知の古代遺物アーティファクトでも扱うかのように、レーザースキャナーや非破壊検査装置を駆使しながら、慎重に分解している。

 その光景は、最新鋭の科学技術の粋を集めて、子供向けの安価なプラスチック製品を分析するという、あまりにもシュールなものだった。


「回路は単純な直列だ。単三電池二本でLEDと音声チップを鳴らしているだけ……。我々が先ほどまで議論していたような、高度なエネルギー変換理論などどこにも存在しない。使われているチップも、十数年前の旧式だ」


「だが、現にあの杖は、リュナ君が手に取った瞬間、先端のハートが淡い光を放ち、彼女の魔力に反応した。そして、その内部には、電気で動くための回路が組み込まれている。この二つの事実だけが、我々の観測結果だ」


 牧原先輩は、腕を組みながら、分解された杖の残骸を、まるで難解な数式でも解くかのように睨みつけていた。


「……あるいは、我々は難しく考えすぎていたのかもしれん。変換回路の構造が重要なのではない。『電気で動く、魔法の杖』という概念そのものが、この世界と彼女の世界を繋ぐブリッジになっているのだとしたら……。我々の科学が、彼女の世界の魔法を『誤解』して、勝手に動かしてしまっている、とでも言うべきか」


 彼は、再組立てされた杖を手に取ると、シールドルームで固唾をのんで待機しているリュナの元へ向かった。


「リュナ君。……頼めるかね」


 牧原先輩から差し出された、ピンク色でハート満載の杖を見て、リュナの顔が引きつった。

 彼女の知る「杖」とは、荘厳で、歴史の重みを感じさせる工芸品だ。

 対して、これは……。子供のおもちゃにしか見えないこの場違いな物体を、自分が「魔法の杖」として使うなど、想像もしていなかったのだろう。その頬が、羞恥で朱に染まっている。


「こ、これで……ですか?」

「ああ。これでだ。君の故郷の常識は、一度忘れてくれ。ここは、君の世界とはルールが違うんだ」


 リュナは、周囲の研究員たちの期待に満ちた視線に晒され、観念したように杖を受け取った。

 心の中で「こんなもので魔法が使えるはずがない」と呟きながらも、彼女は一度目を閉じると、深く息を吸い込み、覚悟を決めた顔で的と向き合った。


「―――来たれ、炎の精霊よ。我が声に応え、彼の者を貫け! フレイムアロー!」


 凛とした詠唱と共に、彼女は杖を突き出す。先端から放たれたのは、か細く小さな炎の矢だった。

 その威力は、リュナが学院で使っていた普通の魔法の杖程度のもので、先ほどまで使っていた『賢者の杖』と比べてしまうと、あまりにも見劣りした。

 そして何より、そこに「電気」が使われているような感覚は、微塵もなかった。

 シールドルームに、失望のため息が漏れた。


「……やはり、ダメか。ただの魔力増幅器でしかない」

「ああ、おもちゃだからな……電気的な反応は皆無だ。センサーも沈黙したままだ」

「とはいえ、魔法の杖として使えるだけでも、まだマシか……。振り出しに戻っただけだ」

 そんな諦めにも似た空気が流れ始めた、その時だった。


 杖を持ってきた若い研究員が、まるで自分の子供の無実を証明するかのように、慌てて叫んだ。

「あ、あの、待ってください! ボタンです! その持ち手のところにある、ハートのボタンを押さないと、回路が繋がらないので電気が流れません! そういう仕様なんです!」


「ボタン?」

 リュナが、杖の持ち手にある、いかにもなハート型のボタンに気づく。

「もう一度だ、リュナ君!」

 牧原先輩が叫ぶ。「今度は、そのボタンを押しながら!」


 リュナは、戸惑いながらも、言われた通りに杖を握り直し、ボタンに指をかけた。そして、再び詠唱を始める。

「来たれ、炎の精霊よ……!」

 彼女がボタンを押し込むと、それに呼応するように杖が歌い始めた。


『きゅぴーん☆』


 杖の先端にあるハートが、七色に輝きながら、場違いに陽気な電子音を鳴らす。

 そのチープな音は、張り詰めていたシールドルームの厳粛な空気を一瞬で打ち破り、研究員たちの間に困惑と、こらえきれない失笑を誘った。

 リュナの眉が、ぴくりと動き、顔がさらに赤くなる。

 心の中で「なんて音なの……! こんなので戦うなんて、絶対に嫌……!」と叫んだに違いない。


 だが、リュナは、その奇妙な音と同時に、杖から溢れ出す強大な魔力の奔流に驚愕し、思わず杖を見つめた。

 この子供のおもちゃのような見た目の杖から、先ほどの『賢者の杖』に匹敵する、いや、それ以上の力が、まるでダムの放水のように流れ込んでいる。


「―――フレイムアロー!」


 今度は、先ほどとは比較にならないほど太く、凝縮された炎の矢が放たれ、装甲壁を赤熱させた。

「やったぞ!」

「威力が上がった!」

「エネルギー反応、急上昇! 間違いない、電気だ!」


 リュナは、何かを掴んだように、立て続けに魔法を放ち始めた。

 羞恥心よりも、この未知の力への好奇心が勝ったのだ。


「フレイムアロー!」

『らぱん・あたっく!』

「フレイムアロー!」

『しゃいにんぐ・ふぃにっしゅ!』


 杖が光り、鳴るたびに、炎の矢はその勢いを増していく。

 最初は線香花火のようだった炎は、やがて松明のように、そしてついには小型の火炎放射器のように、その威力を増大させていった。

 シールドルームの壁が、その熱量に耐えきれず、ジリジリと音を立てて融解し始める。


「すごい……すごいぞ!」

「電気エネルギーが、魔力に変換されている! 間違いない! この変換効率は、我々の理論を遥かに超えている!」


 研究員たちが歓喜に沸く、その時だった。

『……ばってりーが、ありません……』

 杖が、か細い、まるで断末魔のような音声と共に光を失い、沈黙した。リュナが放った最後の炎の矢は、力なく霧散した。


「……電池切れ、か」

 誰かが、呆然と呟いた。だが、その声に悲壮感はなかった。

 実験は、成功したのだ。


「……あれ?」

 リュナが、不思議そうな顔で自分の両手を見つめている。「疲れて……いない?」

 その呟きに、俺はハッとした。

 そうだ、あの黒檀の杖を使った時、彼女は数発魔法を使っただけで、消耗して休憩を取っていたはずだ。


「牧原先輩!」俺は叫んだ。「リュナさんのバイタルデータを!」

「分かっている!」

 牧原先輩がコンソールを叩くと、リュナの生体データがメインスクリーンに表示される。そこに映し出された数値に、研究員たちが息を呑んだ。


「……嘘だろ。彼女自身の生体エネルギー、全く消費されていないぞ! 心拍数も、魔力放出前とほとんど変わらない!」


 その言葉の意味を理解した瞬間、牧原先輩の脳裏に、これまでの全てのデータが、まるで一本の線で繋がるかのように閃いた。

 彼の顔に、これまで見たこともないような歓喜の表情が浮かび、叫んだ。


「諸君、これが何を意味するか分かるか!? この杖は、彼女の魔力を増幅しただけじゃない! 彼女自身の力を一切使わずに、外部の電力だけを燃料にして魔法を発動させたんだ! つまり、リュナ君は魔力の『発電機』である必要はないということだ! 彼女は、我々の世界のエネルギーを魔法に変換するための、唯一無二の『触媒』なんだ! 我々は、その触媒を動かす方法を見つけたんだぞ!」


 それは、この絶望的な戦況を覆す、あまりにも大きな、そしてあまりにも希望に満ちた光だった。



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