第8話 折れた心と神様の言葉、そして弟の涙の訴え
「……私なんか……いなければ、よかったのかな……」
ぽつりとこぼれ落ちたその言葉は、まるで呪いのように私自身にまとわりついた。
そうだ。何をやってもダメだったじゃないか。舞も、笛も、涙だって、結局は中途半端。私には、村を救う力も、神様を目覚めさせる特別な何かもないんだ。姉さんとは、元々出来が違うんだ…。
(私が年番になんてならなければ、村はもっと別の方法を探せたかもしれないのに…私がいるから、みんなが余計に苦しんでるんじゃ…)
社殿の冷たい床が、私の心の温度と同じくらいに感じられた。もう、何もかもどうでもいい。外界から心を閉ざすように、私は硬く硬く蹲った。
その時、ふわりと、すぐそばに誰かの気配がした。
顔を上げる気力もない。どうせ、また水晶様が私の情けない姿を観察してるんだろう。
(どうぞどうぞ、見ててくださいよ…。これが、何の取り柄もない、役立たずの巫女の姿ですよ…)
しかし、予想に反して、水晶様は何も言わなかった。ただ、音もなく私の隣に静かに座った気配だけが伝わってくる。その沈黙が、逆に私の惨めさを際立たせているようで、苦しかった。
どれくらいの時間が経っただろう。まるで永遠のように感じられた沈黙の後、水晶様が静かに、けれど芯のある声で口を開いた。
「……お前が消えて、誰が喜ぶというのだ」
「ッ!?」
びくりとして、思わず顔を上げた。水晶様は、相変わらずの無表情。でも、その深い湖のような瞳は、まっすぐに私を見据えていた。
「だ、だって…! 私には、何もできないから…! 村にも、水晶様にも、迷惑ばっかりかけて…!」
「できないと決めつけているのは、お前自身ではないのか」
彼の言葉は、淡々としているのに、なぜか私の心の奥にグサリと突き刺さる。
(そ、そんなこと言われても…! 事実じゃない…! 私なりに、頑張ったけど、ダメだったんだから…!)
「水晶様には分からないでしょう!? 神様だから! 私みたいな、何の取り柄もない、ただの弱い人間の気持ちなんて、分かるわけないじゃないですかぁっ!」
抑えていた感情が、堰を切ったように溢れ出した。涙で視界が歪む。
私は衝動的に、練習で使っていた古びた笛を掴むと、それを力任せに床に叩きつけてしまおうとした。こんなもの、もういらない!
(もう嫌だ! こんな役割、こんな村、こんな私なんて、全部、ぜんぶっ――!!)
「姉ちゃんっ!!」
甲高い声が社殿に響き渡った。
私が笛を叩きつけようとした、まさにその瞬間、社殿の入り口から、息を切らした響斗が転がり込むように入ってきたのだ。その小さな手には、亡くなった姉さん――柊姉さんが巫女の儀式で使っていた、古い巫女装束の袖の一部が、固く握りしめられていた。
「響斗…!? どうしてここに…」
響斗は、私の前に仁王立ちになると、大きな瞳にみるみる涙を溜めて、声を張り上げた。
「姉ちゃんが諦めたら、僕たちはどうなっちゃうの!? 村のみんなも、小萩も…僕だって…! 姉ちゃんがいなくなったら、困るんだよ! 姉ちゃんが、僕たちの…ううん、村の、最後の希望なんだよぉっ!」
しゃくり上げながら、必死に訴えかけてくる弟の姿。その手に握られた、姉さんの面影。
それは、まるで冷水を浴びせられたような衝撃だった。
(ひびと…。私…最後の、希望…? 私なんかが…本当に…?)
地面に叩きつけようとしていた笛が、私の手から滑り落ちそうになる。それを、私は震える指で、もう一度強く、強く握りしめた。
弟の涙。姉さんの思い出。そして…こんな私でも、まだ信じようとしてくれている(かもしれない)、隣に座る神様の静かな存在。
私の瞳から、熱いものがまた、ポロポロとこぼれ落ちた。でも、それはさっきまでの絶望の涙とは違う、もっと熱くて、もっとしょっぱい味がした。
「……ごめん、響斗……。私…本当に、馬鹿だった……」
(そうだ…私、一人じゃなかったんだ…。私には、守りたい笑顔があるじゃないか…!こんなところで、こんな情けない姿で、諦めてる場合じゃ、絶対ないじゃない…!)
私はゆっくりと顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃだったけど、もう俯くのはやめた。水晶様と、そして響斗の顔を、真っ直ぐに見つめ返す。
「私…もう一度、やってみる…!」
声はまだ震えていたけれど、そこには確かな決意が宿っていた。
「私なんかの命で足りるか分からないけど…私の命に代えても、この村を…みんなを、絶対に救ってみせるから!!」
それは、か細いけれど、魂からの叫びだった。
(次回、再起を誓った私! でも、腹黒商人の魔の手はすぐそこに!? どうする、どうなる、私!?)