第5話 神様、ガチで守る宣言!? 私の涙腺、ついに決壊注意報!
「……私が、お前を守る」
水晶様のその一言が、私の頭の中でリフレインする。
え、守る? この私が、神様に? まるで悲劇のヒロインみたいじゃない! …って、いやいや、今はそんな場合じゃない!
社殿の外では、村人たちの怒声がますます大きくなっていた。松明の赤い炎が、暗闇の中で不気味に揺らめいている。
「水龍様! いつまで黙っておられるのだ! 雨を降らせぬのなら、その役立たずの巫女を差し出せ!」
「そうだそうだ! きっと生贄が足りんのじゃ! あの娘を捧げれば、水龍様もご満足なさるじゃろう!」
(ひぃぃぃ! なにその物騒な展開! 私、食用じゃありませんけど!?)
社殿の奥でガタガタ震える私。水晶様の背中はあんなに頼もしく見えたけど、相手は興奮した大勢の村人だ。いくら神様だって、もし万が一のことがあったら…それは全部、私のせいになっちゃうの…?
「…お前たちの苦しみは、理解しているつもりだ」
水晶様の静かな声が、村人たちの喧騒を切り裂いた。でも、その声には今まで感じたことのないような、冷たい怒りのようなものが含まれている気がする。
「だが、この娘を傷つけることは、私が許さん」
(す、水晶様…!)
その言葉は、私の心の奥深くに、ズシンと響いた。彼は本気で、私を、守ろうとしてくれている。神様が、私のために、村人と対峙してくれている…!
(私…私、いつまでこうやって隠れてるつもりなんだろう…! 水晶様だけに、全部押し付けて…!)
ダメだ。こんなの、ダメだ!
私は、恐怖で鉛のように重かった足を叱咤し、震える膝に力を込めて、ゆっくりと立ち上がった。そして――
「皆さん! お待ちください!」
社殿の入り口、水晶様の隣に、私は飛び出した。
一瞬、村人たちの怒声が止み、驚いたような視線が一斉に私に突き刺さる。ひ、ひぃぃ、やっぱり怖い! でも、ここで引くわけにはいかない!
「水晶様を困らせないでください! 私が…! 私が年番なんです! 私にできることがあるなら、何でもしますから!」
必死の叫びだった。声が裏返っちゃったかもしれない。
月岡村長が、ハッとしたように私を見た。「萩乃…! お前、何を…!」
「ふん、小娘が今さら何ができるって言うんだ!」
「そうだ! お前がちゃんと儀式をしないから、こうなってるんだろうが!」
村人たちの容赦ない言葉が、私に突き刺さる。うっ…事実だから反論できない…。
「私には…これしかありません!」
私は懐から、あの古びた笛を取り出した。
「でも! この音に、私の全ての祈りを込めます! 村を救いたいんです! みんなに、笑ってほしいんです!」
震える手で笛を唇に当てる。大丈夫、大丈夫だ。水晶様も、見ててくれる。
私は一度深く息を吸い込み、そして――笛を吹き始めた。
最初は、か細くて、自信なさげで、お世辞にも上手とは言えない音色だったかもしれない。村人たちの中から、嘲笑うような声や、呆れたようなため息が聞こえてくる。
(それでも…!)
私は諦めなかった。ひたすら笛を吹き続ける。この乾いた村への想い。幼い弟妹の笑顔。行方不明の姉さんのこと。そして…私の隣で、静かに私を見守ってくれている、不器用で、無愛想だけど、本当は優しい(かもしれない)神様のこと――。
不思議と、雑音が消えていく。私の耳には、自分の笛の音だけが響いていた。それは次第に力を増し、夜の社殿の澄んだ空気の中を、清らかに、どこまでも伸びていくようだった。まるで、乾いた川底を流れる清流のように。あるいは、木々の葉を揺らす優しい風の囁きのように。
ふと隣を見ると、水晶様が、その美しい顔をわずかに上げて、私の笛の音に耳を澄ませているように見えた。
(お願い…! 届いて…! 私の想い、私の祈り…! この村に、恵みの雨を…!)
胸の奥から、熱いものがこみ上げてくる。それは、ただの悲しみや恐怖から来るものじゃない。もっとずっと複雑で、もっとずっと強くて、もっとずっと温かい感情の奔流だった。
私の笛の音と、その熱い感情が共鳴し合うように、社殿の空気がびりびりと震えるのを感じた。
その時、水晶様が、まるで何かを受け止めるかのように、ゆっくりと両手を広げるような仕草をした。
ドォォォォン…!
突如、遠くで、地響きのような雷鳴が轟いた。え? 嘘でしょ? だって、空には星が瞬いているはずなのに!
そして――。
私の頬を、一筋の、熱い雫が伝った。
(あ……涙が……。これが…私の、本当の……)
それは、今まで流したどんな涙とも違う、不思議な感覚だった。
(次回、涙の奇跡、ついに発動!? それとも、さらなる試練が待ち受けるのか!?)