第4話 神様と泥まみれ! 共同作業は急接近の予感!?
例の「無駄ではない」発言以来、私の心には米粒ほどのやる気が芽生え、日々のスパルタ舞レッスンにも、ほんの少しだけ前向きに取り組めるようになっていた。ほんのちょびっとだけ、だけどね!
そんなある朝のことだった。
ドンドンドン!と社殿の戸をけたたましく叩く音で、私は叩き起こされた。
「大変だーっ! 萩乃! 水晶様ーっ!」
慌てて飛び出すと、村の若い衆が血相を変えて立っていた。
「ど、どうしたんですか、そんなに慌てて!」
「それが…! 夜のうちに裏山で小さな土砂崩れがあったみてえで…村の用水路が、土砂で完全に埋まっちまったんだよぉ!」
「ええええええーっ!?」
嘘でしょ!? ただでさえ水不足でヒーヒー言ってるのに、村の生命線ともいえるあの細い用水路が使えなくなったら、本当に村は終わりだ!
私は着の身着のまま、現場へと走った。そこには、呆然と立ち尽くす村人たちと、無残にも土砂で塞がれた用水路の姿があった。
(うそでしょ…! これじゃあ、本当に一滴の水も畑に届かないじゃない…!)
「もうダメだ…! これじゃあ、畑も家畜も全滅だぁ…!」
「水龍様も、萩乃様も見放しなさったんだべ…」
弱音を吐く村人たちの声に、私の心も折れそうになる。でも!
「ま、まだ諦めるのは早いです! 私が…私がなんとかしますからっ!」
半ばヤケクソ気味に叫んで、近くにあった錆びたスコップを手に取る。だけど、女の細腕で、この大量の土砂をどうにかできるわけもない。それでも、何もしないよりはマシだ!
ザクッ、ザクッ…!
無我夢中で土砂を掻き出そうとするけれど、体力の限界はすぐにやってくる。息が切れ、汗が目に入って痛い。
その時、ふわりと、涼やかな風と共に、私のすぐそばに誰かが降り立った。
「……何をしている」
振り返ると、そこにはいつもの涼しい顔をした水晶様が立っていた。
「み、見て分かりませんか!? 用水路が! このままじゃ村の水が全部、ぜーんぶ止まっちゃうんです! 水晶様は神様なんですから、こんなのパパパッーと! どうにかしてくださいよぉ!」
半泣きで、完全に八つ当たりだ。でも、もう私にはどうしようもなかった。
水晶様は、私の剣幕にほんの一瞬だけ目を丸くした――ように見えたのは、やっぱり気のせいだろうか?――すぐに、土砂で埋まった水路に厳しい視線を移した。
そして、信じられない言葉が、その美しい唇から紡がれた。
「……手を貸せ」
「へ? い、今、なんて…?」
聞き間違い? 私の耳も干ばつでイカれちゃった?
「お前の力も必要だ。……やるぞ」
有無を言わせぬ、というより、有無を言わせる気ゼロの断定的な口調。そして、水晶様は自ら土砂に手をかけ、ざくりと土を掻き始めたのだ!
(えええええええ!? この神様が、手伝ってくれるの!? しかも『お前の力も必要』ですって!? なにそれ、ツンデレ!? ツンデレ神様なの!? ちょっとキュンときちゃったんですけどー!)
「ぼーっとしてないで、早くしろ」
「は、はいぃぃぃ!」
私は慌ててスコップを握り直し、水晶様を手伝った。二人で黙々と、ひたすら土砂を掻き出す。時折、水晶様の真剣な横顔が視界に入り、その人間離れした美しさと、意外なほどの力強さに、私の心臓がトクンと跳ねる。
「あ、あの…水晶様、意外と力仕事とか…お、お出来になるんですね…?」(恐る恐る尋ねてみた)
水晶様は、ちらりともこちらを見ずに、淡々と答える。
「……神だからな」
「そ、そりゃそうですけどもぉ! そういう意味で聞いたんじゃなくてですねぇ!」(全然会話が噛み合わないこの感じ! でも、なんか、ちょっと嬉しいかも…って、私ったら!)
作業は思った以上に難航した。水路の奥の方は、まだ少しだけ水が残っていて、足元がぬかるんで滑りやすい。水晶様はためらうことなくザブザブと水の中に入っていく。私も覚悟を決めて続いた。
冷たい水が気持ちいい…なんて言ってる余裕はない。手探りで水底の土砂や石を掻き出す。時々、水晶様の手に自分の手が触れそうになって、そのたびにドキッとしてしまう。水面がきらきらと光を反射して、水底から見上げると、揺れる光の中に水晶様と私のシルエットが浮かんで、なんだかすごく…幻想的だった。
(うわ…なんか、すごい…。水の中って、こんな感じなんだ…。水晶様と二人きりだし…って、いけない、いけない! 作業に集中しなきゃ!)
一番奥で、ひときわ大きな岩が水路を塞いでいた。水晶様がそれを動かそうと歯を食いしばっている。その額には、うっすらと汗まで! 神様も汗かくんだ…!
「萩乃、もう少し右だ。そこを押せ!」
「は、はいっ!」
私も必死で岩に全体重をかける。水晶様と息を合わせ、ぐっ、ぐぐっ…と力を込めた、その時!
ゴゴゴゴッ…という音と共に、岩がゆっくりと動き、そして――ザアアアアアッ!と、堰き止められていた水が一気に流れ始めた!
「や、やった…! やったー! 水が…水が流れましたよ、水晶様!」
びしょ濡れになるのも構わず、私は思わず飛び上がって喜んだ。水晶様も、心なしか少し息を切らしているように見える。その、ちょっとだけ人間らしい姿に、私の胸はまたしてもトクンと鳴った。
「……当然だ」
水晶様はそれだけ言うと、濡れた髪をかきあげながら、すっと私に背を向けた。その声は、いつもより少しだけ、ほんの少しだけ柔らかく聞こえた…ような気がする!
(か、かわいくない神様! でも、でも…! 一緒に頑張ったの、ちょっと嬉しかったなんて、口が裂けても言えないけどーっ!)
用水路が復旧したことで、一部の村人は私たちの働きを見て少しだけ態度を軟化させたようだった。月岡村長も、深々と頭を下げて感謝の言葉を述べてくれた。
でも、大部分の村人たちは、まだ疑心暗鬼の目を私たちに向けている。そりゃそうだよね、雨が降ったわけじゃないんだから。
その夜だった。
社殿の周りが、やけに騒がしい。松明の赤い光がいくつも揺らめき、怒号のような声が聞こえてくる。
「萩乃を引き渡せー!」
「水龍様は本当に我々の味方なのか、はっきりさせろー!」
(どうしよう…どうしよう…! 村の人たちが、怒ってる…!)
私は恐怖で体が震え、社殿の奥に隠れるように身をすくめた。
その時、すっと私の前に立ちふさがるようにして、水晶様が社殿の入り口へと向かった。
「……騒がしいな」
その声は静かだったけれど、有無を言わせぬ圧があった。
「す、水晶様…! 危ないです! あんなにたくさん…!」
私が声をかけると、水晶様はゆっくりと振り返り、私を真っ直ぐに見つめた。その深い瞳には、今まで見たことのない、強い意志の色が浮かんでいた。
「お前はここにいろ」
そして、はっきりとした、けれどどこまでも静かな声で、彼は言ったのだ。
「……私が、お前を守る」
「え………」
(ま、守るって…!? 私を…この私が、神様に守られるってことぉぉぉぉ!?)
私の思考回路は、その一言で完全にショートした。
(次回、神様、マジギレ寸前!? 村人との板挟みで、私の涙腺ついに決壊か!?)