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第3話 干からびるのは涙か私か!? 神様のスパルタ舞レッスン

 あの衝撃的な(私にとってだけかもしれないけど)川辺レッスン初日から、数日が過ぎた。

 毎朝、夜も明けきらぬうちに水晶様に叩き起こされ(実際には静かに肩を揺さぶられるだけだけど、私にとっては叩き起こされるのと同じくらい衝撃的だ)、カラッカラの川辺で雨乞いの舞と笛の練習を繰り返す日々。


(もう何日目よコレ…! 足腰バッキバキで、もはや全身筋肉痛なんですけど! それなのに、当の神様は涼しい顔して岩の上から私を見下ろしてるだけだし!)


 私の涙腺は、どうやらこの干ばつ村と一緒に枯れ果ててしまったらしい。どんなに悲しいことや辛いことを思い出そうとしても、肝心の涙は一滴たりとも出てこない。ただ、汗だけが滝のように流れ落ちていく。これじゃあ雨乞いじゃなくて、汗乞いだよ!


「はぁ…はぁ…ぜぇ…」


 その日も、私は息も絶え絶えに舞っていた。

 夜明け前の川辺は、ひときわ濃い霧に包まれていて、なんだか幻想的だ。白い朝靄の中、薄絹の舞衣をまとって舞う私の姿は、自分でもちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど、サマになってきたような気がしないでもない。


(な、なんか今日の私、ちょっとイケてる…かも? 水晶様も、ちょっとは見直してくれたり…しないかー! あの朴念仁神様だもんなー!)


 ちらりと霧の向こうに霞む水晶様のシルエットに視線を送る。相変わらず、彫像のように微動だにしない。でも、その静かな視線が、なぜか私の背筋をぴんと伸ばさせた。


 その時だった。

 ちょっとだけ調子に乗って、いつもより大きく回ってみようとしたのがいけなかった。


「わわわっ! やばっ!」


 足がもつれて、思いっきりバランスを崩す。このままでは、無様に地面に転がって泥まみれだ!

(神様の前で、そんな無様な姿だけはー!)


 咄嗟に水晶様が動いた――ような気がした。本当に、ほんの一瞬だけ、彼が腰を浮かせたような…。

 でも、私がなんとか踏ん張り、ギリギリのところで持ちこたえると、水晶様は(もし動いていたとしても)何事もなかったかのように元の姿勢に戻っていた。


「(ぜ、ぜー…。今の、もしかして助けようとしてくれた…とかじゃないよね、まさか?)」


 私は息を整えながら、恐る恐る水晶様を窺う。

 彼は相変わらずの無表情。ただ、ほんの少しだけ、本当に気のせいかもしれないレベルで、彼の眉がピクリと動いたような…?


(気のせい、気のせい! 絶対気のせい! あの朴念仁で朴訥で、言葉足らずで、ついでに若干Sっ気のある神様が、そんな分かりやすい親切心を見せるわけ…いや、でも…うーん、やっぱり分からん!)


 一人で内心うんうん唸っていると、その日の舞の終わりを告げるかのように、辺りが白み始めてきた。私はその場にへたり込み、大きく息をついた。


「はぁ…はぁ…。きょ、今日もダメでした…。涙、全然、出ません…」


 情けなくて、俯いてしまう。こんなんで、本当に村を救えるんだろうか。

 すると、不意に水晶様の視線が、私の足元――練習で少し擦りむいて赤くなっている箇所――に落ちた気がした。


「……無駄ではない」


「えっ?」


 思わず顔を上げる。今、何か言った? この神様が? しかも、割とポジティブっぽいことを!?


「お前の舞は、淀んでいた川底の気を、わずかに動かしている」


(えええええ!? ホ、ホントに!? それって、もしかしてもしかしなくても、褒められてる? この私が、あの水晶様に褒められたの!? うっそーん!)


 私の心の中で、枯れ果てたはずの何かが、ちょろっと芽吹いた音がした。嬉しくて、期待に満ちたキラキラした眼差し(のつもり)で水晶様を見つめる。もっと! もっと褒めてくれてもいいんですよ!?


 しかし、水晶様は次の瞬間にはもう私への興味を失くしたかのようにふいっと立ち上がり、背を向けて「戻るぞ」とだけクールに告げた。


(……ですよねー! そんなに甘くないですよねー! 知ってた! でも、でもでも! ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど、明日も頑張れる気がしてきたかもー!)


 単純だと笑わば笑え。私は今、神様からの米粒ほどの評価で、荒野に咲く一輪の花のような健気なやる気を手に入れたのだ!


 ***


 意気揚々と社に戻ったものの、村の雰囲気は相変わらずどんよりと重く、私への風当たりも強いままだった。まあ、そんな簡単に状況が変わるわけないよね。


「お姉ちゃん、おかえりなさい!」

「今日も、お外でお祈りしてたの? 雨さん、まだかなあ…」


 響斗と小萩が、心配そうに私の帰りを待っていた。

 小萩の純粋な問いかけに、胸がちくりと痛む。


「姉ちゃん、あんまり無理すんなよ…。お前のせいじゃないって、俺は分かってるから」


 響斗の言葉が、じんわりと心に染みた。

 私は二人の頭をわしゃわしゃと撫でて、無理やり笑顔を作る。


(大丈夫。私、頑張るから。水晶様も、無駄じゃないって言ってくれたし…! 早く、早く雨を降らせて、みんなが心から笑って暮らせるようにしなきゃ…)


 心の中で強く誓うけれど、私の前には、まだまだ険しい道のりが続いているのだった。


(次回、まさかの急展開!? 村に不穏な影が忍び寄る…って、え、私と水晶様の関係にも何か変化が!?)

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