第2話 神様との修行はスパルタ風味!?
あの衝撃的な「結びの契り」から一夜が明けた。
私はといえば、期待と不安が入り混じった複雑な気持ちで、夜明けと共に飛び起きて空を見上げた。
(さあ、どうだ! 神様パワー、見せておくれ!)
しかし、東の空から昇る太陽は、いつも通りのジリジリとした日差しを容赦なく投げかけてくるだけ。雨の気配なんて、からっきしゼロ。
……あれ? 即効性とか、ない感じですかね?
それから数日。太陽は毎日ごきげんに照り続け、私の期待は見事に裏切られ続けた。村の井戸はついに一滴の水も出なくなり、畑の作物はほぼ全滅。家畜はぐったりと元気がなく、村全体が絶望的な空気に包まれていた。
そして、当然のように、村人たちの私への風当たりは日増しに強くなっていった。
「やっぱりあの家の娘じゃ、水龍様はお喜びにならんわい」
「姉と同じ…いや、あれ以上の災いを呼び込むんじゃ…」
社殿の掃除をしている私の背中に、そんな言葉が容赦なく突き刺さる。
(分かってますよーだ! 私だって、こんな状況望んでないっつーの!)
心の中で反論しても、現実は変わらない。むしろ、悪化の一途だ。
水晶様はといえば、ほとんどの時間を社殿の奥にある水龍像の前で静かに過ごしているか、時折ふらりと姿を現しても、美しいお顔でぼーっと遠くを見つめているだけ。いや、神様だから「ぼーっと」は失礼か。瞑想? とにかく、私に何か具体的な指示をくれるわけでもない。
(水晶様ー! なんかこう、もうちょっとこう、なんかこう、ないんですか!? アドバイスとか、励ましとか! 私、結構メンタルきてるんですけど!)
そんな私の心の叫びが聞こえているのかいないのか。彼はただ、涼やかな顔でそこに「在る」だけだった。まるで、美しいけれど冷たい天然石みたいに。
そして、ついに恐れていたことが起きた。
「うわーん! 姉ちゃーん!」
泥だらけで泣きながら家に駆け込んできたのは、弟の響斗だった。その手には、投げつけられたであろう小石を握りしめている。
「響斗! どうしたの!?」
「村の子たちが…姉ちゃんのせいだ、姉ちゃんがちゃんとしないから雨が降らないんだって…石、投げてきた…」
その言葉に、私の中で何かがブチッと切れる音がした。
私への陰口は我慢できる。でも、響斗や小萩にまで迷惑がかかるのは、絶対に許せない!
「ごめんね、響斗…。姉ちゃんが、もっとしっかりしなきゃね…」
怒りと無力感で唇を噛みしめる私。どうすればいいの? 私に、何ができるっていうの…?
その夜、一人で社殿の縁側に座り込んで膝を抱えていると、すっと背後に人の気配がした。振り返るまでもない。水晶様だ。
「……何か御用ですか、水晶様」
「萩乃」
静かな声だった。けれど、いつもより少しだけ、その声には芯が通っているような気がした。
「真の水龍覚醒には、『涙を流し、舞だけでなく心から龍を求める』ことが不可欠だ」
いきなりのガチなダメ出し!?
いや、でも、確かに私はまだ心のどこかで疑っていたし、本気で涙を流そうとしていなかったかもしれない。
「明日から毎朝、川辺で雨乞いの舞と笛の練習をしろ」
「へ? かわべ…ですか?」
思わず聞き返してしまった。だって、今、村の川は完全に干上がって、ただの石ころだらけの窪地になっている。そんなところで舞を練習しろと?
(スパルタですか!? しかも、この状況で、あのカラッカラの川で舞えって…それ、どんな羞恥プレイの予感!? 村の人に見られたら、絶対また何か言われる!)
私の内心の絶叫などお構いなしに、水晶様は「刻限は夜明け前だ」とだけ言い残し、すっと姿を消してしまった。
あーもう! 神様って、どうしてこうマイペースなのかな!
***
そして翌朝。
私はまだ星が瞬く薄暗い中、水晶様に半ば引きずられるようにして、例の干上がった川辺へと連れてこられていた。ひんやりとした朝の空気が肌に刺さる。
「ここで舞え。心が震えるまで」
水晶様はそれだけ言うと、少し離れた大きな岩に腰を下ろし、静かに腕を組んだ。え、それだけ? レッスンとか、お手本とか、そういうのは一切なし?
(見られてる…!っていうか、この神様、本当に見てるだけ!? なんかこう、もうちょっと指導者っぽく…いや、神様だから指導者じゃないのか? うーん、もうわからん!)
私は戸惑いながらも、おそるおそる笛を構え、姉から教わった雨乞いの舞の型を思い出しながら、ゆっくりと手足を動かし始めた。
動きはぎこちないし、笛の音もどこか自信なさげで、自分でも情けなくなる。
それでも、舞いながら、この村のこと、家族のこと、そして目の前の美しい神様のことを思った。どうすれば、私の想いは届くんだろう。どうすれば、涙は雨に変わるんだろう。
ふと、水晶様の方に視線を送ると、彼は静かに目を閉じているように見えた。
(ね、寝てる!? いや、まさか…ね? 神様だもんね…? でも、なんか気持ちよさそうに気配消してるんですけど!?)
一瞬、集中が途切れそうになったけど、必死で意識を舞に戻す。
少しずつ、ほんの少しずつだけど、手足の動きに感情が乗ってくるような気がした。でも、まだ何かが足りない。肝心な何かが。
しばらく舞い続けると、閉じていた水晶様の瞼が、すっと持ち上がった。
「……今日はそこまでだ」
え、もう終わり?
あっけない幕切れに、私は拍子抜けしてしまう。
「は、はい…」
(手応え、驚くほどゼロなんですけどーっ!)
これから毎日これが続くのかと思うと、私は誰にも聞こえないように、そーっとため息をつくしかなかった。
神様との修行は、どうやら前途多難な予感しかない。
(次回、試練の川辺レッスン! 果たして私の涙腺は崩壊するのか、それとも心が折れるのが先か!?)