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第1話 え、私が水神様の生贄花嫁!?

「はぁ……今日もカラッカラかぁ」


 目の前に広がる田んぼ――だった場所に、私は本日何度目か分からないため息を落とした。地面は無残にひび割れ、まるで巨大なせんべいみたいだ。最後にまともな雨が降ったのは、もうどれくらい前だったか。指折り数えるのも虚しくなるほど、この水見里みずみさとは深刻な水不足に見舞われていた 。


 私の名前は萩乃はぎの、十六歳。ここ水見里で、幼い弟妹の世話をしながら、呪われた家と噂される我が家の小さな畑を耕す、しがない村娘だ 。呪われた、というのは五年前に当時の巫女役だった姉さんが、水龍祭の儀式の最中に神隠しにあったから 。それ以来、村の大人たちからの視線は冷たいし、私も「姉の二の舞になるんじゃないか」って内心ビクビクしてる。自己肯定感なんて、とっくの昔に地面の亀裂の奥底に落っことしてきた 。




(それでも、私がしっかりしなきゃ、響斗ひびと小萩こはぎも…)


 乾いた土を小さく蹴飛ばしながら家路につくと、縁側で中学一年生の弟・響斗が竹とんぼを回し、その隣では小学三年生の妹・小萩が石ころでおままごとをしていた 。


「姉ちゃん、おかえり!」

「おかえりー、はぎ姉!」


 二人の無邪気な笑顔が、今の私の唯一の清涼剤だ。この子たちのためにも、どうにかしてこの村の干ばつが解決しないものか…。


 そんなことを考えていた矢先だった。


「萩乃、いるかえ?村長がお呼びだ」


 息を切らしてやってきたのは、隣家のおじいさんだった。村長が私を?嫌な予感しかしない。だって、私が村長に呼び出される時なんて、ロクなことがあった試しがないんだから。


「…はい、すぐ行きます」


 重い足取りで村の集会所へ向かう。道すがら、井戸端(だった場所)に集まる村のおばさんたちのヒソヒソ声が耳に突き刺さる。


「…またあの家の娘が…」

「…姉と同じ運命じゃなきゃいいが…」


(分かってますよ、どうせ私は疫病神扱いなんでしょ!)


 心の中で毒づきながら集会所の引き戸を開けると、そこには村長はじめ、村の長老たちがずらりと深刻な顔で座っていた 。なんだか、いつもより空気が重い。


「萩乃、よく来たな」


 月岡村長が、皺の刻まれた顔で私を見据える 。ゴクリと喉が鳴った。


「…本日は、どのようなご用件でしょうか?」

「うむ…。単刀直入に言う。萩乃、お前に五年ぶりに『年番』を務めてもらうことになった」


「……へ?」


 年番?あの、五年ごとに村の長女が巫女役として水龍様を祀り、雨乞いの儀式を行うっていう?しかも、相応の費用も負担しなきゃいけない、あの?


(む、無理無理無理!うち、貧乏だし!それに、姉さんが失敗したあの儀式を私が!?)


 私の頭の中はパニック状態。集会所も「あの家の娘か…」とざわめき始めた 。ほらね、やっぱり!


「静粛に!」村長の一喝で、皆が口をつぐむ。「萩乃、お前にしか頼めんのだ。そして…今回の年番は、ただ儀式を行うだけではない」


 村長はそこで一度言葉を切り、更に重々しい口調で続けた。


「水龍祭を成功させ、この干ばつを終わらせるには…お前に、水龍様と『結びの契り』を結んでもらう必要がある」


「む、むすびの…ちぎりぃ!?」


 思わず素っ頓狂な声が出た。だって、「結びの契り」って、アレでしょ?水龍様と巫女が魂を重ねるっていうか、平たく言えば「神様と結婚しろ」ってことだよね!?


(いやいやいや、いくらなんでもハードル高すぎません!?私、まだ花のJK(仮)なんですけど!)


 村人たちは顔面蒼白。誰も手を挙げるどころか、目を逸らして下を向いている 。そりゃそうだ。神様の嫁入りなんて、誰が好き好んでやるっていうの。


 その、あまりにも重苦しい沈黙を破ったのは――突風だった。

 バタン!と集会所の戸が開き、霧のような冷気が流れ込んでくる。そして、その霧の中心から、まるで月光を編んで作ったかのような、青白い燐光を帯びた青年がすっと姿を現したのだ 。


(……は?)


 息をのむほど美しい人だった。透き通るような白い肌、深い湖の色をたたえた瞳、さらさらと流れる銀糸のような髪。人間離れした美貌とは、まさにこのこと。彼が現れた瞬間、集会所の空気がピンと張り詰めた。


 その青年――いや、もはや人ならざるオーラを放つ存在は、静かに、けれど有無を言わせぬ響きで、たった一言、告げた。


「結びの契りを、望むか」


 その声を聞いた瞬間、村人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始めた 。「ひぃぃ!水龍様だ!」「お許しをー!」なんて叫び声が遠ざかっていく。


(うわっ、ガチで神様!? しかも超絶イケメン…って、いやいや、現実逃避してる場合じゃなーい!)


 私は腰が抜けそうになるのを必死でこらえ、目の前の神様(仮)と対峙した。彼の深い瞳が、私を射抜くように見つめている。怖い。逃げ出したい。でも…。


(このままじゃ、村も、響斗も小萩も…そして、姉さんの失踪の謎も、何もかも分からずじまいだ)


 心の奥底で、か細いけれど、確かな声がした。


「私…私が、やります!その、む、結びの契り、私が結びます!」


 震える声で、それでもハッキリと私は宣言した。

 言っちゃった。もう後戻りできない。私の人生、一体どうなっちゃうの!?


 美しい神様――水晶様は、私の言葉に表情一つ変えず、ただ静かに頷いたように見えた。


 ***


 そして、あれよあれよという間に、私は水龍社の薄暗い社殿の奥に連れてこられていた 。

 祭衣だという白い簡素な着物に着替えさせられ、手には一本の古びた笛を握らされている 。目の前には小さな祠と、青石で作られた水龍像 。そして、その傍らには、先ほどの美しい神様――水晶様が、やはり無表情のまま静かに立っていた。



(これから、私、どうなっちゃうの…?本当に、私の涙で雨が降るの?)


 不安と緊張で心臓がバクバクうるさい。水晶様が、すっと私に視線を向けた。その瞳は、やっぱり何を考えているか読めない。


「…我が涙を、水龍に捧げます。どうか、この里を潤し、姉の魂を癒してください」


 震える声で、教えられた通りの最初の誓いの言葉を口にした。そして、おそるおそる笛に口をつけ、一節、音を奏でる。

 その瞬間、社殿の奥にある石造りの水龍像の目が、ほんのわずかに、青い光を宿したような気がした。そして、どこからか、微かに、本当に微かにだけど、水の匂いが漂ってきたような……。


(気のせい…?でも…)


 顔を上げると、水晶様が私をじっと見つめていた。その瞳の色が、ほんの少しだけ、優しくなったように見えたのは、きっと気のせいだよね?


 私の波乱万丈な(?)神様との契約結婚生活は、こうして幕を開けたのだった。


(次回、神様とのドキドキ(主に心臓に悪い的な意味で)共同生活スタート!? どうなる、私!?)

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