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山小屋での出来事

 

 予定よりも早く、無事山頂に到達することができた二人は、山小屋へ向かった。

 この山小屋での宿泊は、一部屋に数人の知らない者同士が並んで一組の布団に二人づつ包まり雑魚寝するスタイルだった。

 穂高は慣れない美月に配慮し端を陣取った。

 初めて本格的な山小屋に宿泊する美月。

 見知らぬ人達と一部屋に所狭しと並んで寝ることも、一期一会の出会いとしてこれも一つの経験だと思った。

 だが、まさか穂高と同じ布団に包まって寝ることになるなんて思いもよらず、心の準備ができていなかった。



 山小屋の消灯は早い。夕食を終えると二十時には就寝となる。

「美月、夜中に一度起きる予定だからそれまでゆっくり休むとしよう」

「う、うん・・・・・・」

 美月は言いようのない緊張感に包まれた。

 ――どうしよう。穂高と一つの布団で寝るなんて。  好きな人との初めてのお泊まりが山小屋で、入浴は出来ずボディシートで身体を拭くだけの環境下に慣れず、穂高がどう思っているのか気になって仕方がなかった。



 他の登山者のいびきが聞こえてくるなか、穂高と密着した状態で一つの布団に包まる美月は、過度の緊張に眠るどころではなかった。

 穂高の様子が気になったが、そちらを見ることすらできない。ただ目を閉じているのが精一杯だった。

 美月は、穂高とひとつの布団に羞恥を覚え出来るだけ端で寝んでいると、掛け物の隙間から入り込む冷気に身を縮こませた。

 夏といっても標高の高いこの山頂では寒暖差が激しく、深夜から早朝かけて零度まで冷え込むといわれている。

 突如、穂高の腕がこちらに伸びてきたため、あまりの驚きに思わず息を呑んだ。

 穂高の手は、美月の腰をとらえると身体をグッと引き寄せた。穂高のことだから、身体が冷えないように配慮してくれたに違いない。

 美月は、穂高の腕に抱え込まれ身動きがとれずにいた。

 心臓の鼓動はスピードを増していくばかり。

 穂高に鼓動が聞こえてしまうのではないかと、意識すればするほど気持ちは沸騰していった。



 ややあって、穂高の規則正しい寝息が聞こえてきた。

 美月は、そっと顔を向けると穂高は再び眠りについたようだ。安堵した美月は「ふぅ」と吐息を漏らす。

 緊張感から解放された美月は、初めての登山の疲労も相まって、いつの間にか意識を落した。

 再び目覚めると、穂高の顔が至近距離に迫りぎょっとした。慌てて離れようとするが、穂高の腕に閉じ込められ身動きが取れない。

 困った挙げ句、暗がりの中ぐっすりと眠る穂高の顔を見つめた。



 大学時代、長身で端正な顔立ちの穂高はどこにいても目立っていた。

 誰にでも変わらない態度で接する穂高。そんな優しい彼のことを、好きにならない女の子なんているのだろうか。

 穂高はいつだって女の子たちの取り巻きの中にいた。

 内気な美月は、少し離れたところから穂高を見つめることしかできなかった。

 何人かの女の子たちは穂高に告白したらしいが、皆振られてしまったらしい。

 誰しもが認める高嶺の花的な女子でさえも、見事に振られてしまったのだ。

 どうやら彼には意中の女性がいるらしい。

 ある時、よからぬ噂がたつようになった。

 女性に関心を示さない穂高は、ゲイなのではないかと。

 そんな噂が広まると、女の子たちは皆、穂高から離れていったようにも思えた。

 噂を信じるなんてバカバカしい。

 脈無し。そう思った彼女たちはそれまでの態度を一変させ引きの速いことといったら。なんて現金な人達なのだろうと思ったくらいだ。

 だが、密かに想いを寄せ片恋慕の美月にとって、人だかりが減った分穂高を見やすくなった。

 穂高に意中の女性がいようがいまいが、美月には関係なかった。

 ただ穂高に気づかれないようにこっそり見つめるだけ、それだけでよかった。


 そんな美月にも春が訪れた。

 同じ大学の別学部の男子に告白されたのだ。

 まさにその告白されている真っ只中の出来事だった。

 決して悪い印象の男子ではなかったが、穂高を推しとしている美月には、彼意外の男子にときめきを感じられず、興味すら湧かなかった。

 ただ相手の男子を傷つけないように、なんて答えたらいいものかと逡巡していた正にその時。突如穂高が現れた。 彼は相手の男子にこう言った。

「美月にはもう彼氏がいる。悪いが諦めてくれ」と。

 美月の口から思わず出た言葉は「は?」であった。

 美月は突然の穂高の登場と、その返しに驚きの眼で彼を見つめた。

「それは本当ですか?」

 美月は、告白してきた男子にそう問われ言葉に詰まったが、これは断る理由になると思った彼女に悪魔が囁いた。

 ――ええい、この際だからのっかってしまえ!

「えっとぉ、そ、そうですね、はい・・・・・・」

「そうですか・・・・・・で、相手は誰ですか?」

 なかなか往生際の悪い男子というか、振られたことを自覚していないのか。それとも、明らかに嘘がバレバレだったに違いない。

 焦った美月は正直に言おうと腹を括った。

「ごめんなさい。本当は、彼なんて・・・・・・」

 と言ったところで穂高が会話をさえぎった。

「へー。美月の彼氏を目の前にして相手が誰か問うなんて、君なかなか勇気があるな」

「え?」

 刹那、穂高の言葉を理解できなかった美月は、数秒遅れで「ああ・・・」と事の状況を理解した。

 穂高は、返事に困る私を見かねて助け舟を出してくれたのだと。本当に彼は優しいのだと実感した瞬間だった。

あとでお礼を言おう。そう思った。

 穂高の言葉をすっかり真に受てしまった男子は、血相を変えてその場から立ち去った。

 少し気の毒に思いながらも、その光景があまりにも可笑しくて思わず「ふふふ」と声を漏らしてしまった。

「あの、助けてくれてありがとう。嘘も方便だよね」

「嘘か・・・・・・まぁ、嘘から出た誠ってことで。では改めて。僕と付き合ってください」

 穂高は、爽やかな笑を浮かべてそう言った。

「へ?」

 美月は、大きな瞳を瞬き、間の抜けた表情で答えた。

 穂高は悪びれた様子もなく、にこにこと美月を見つめている。

「あの、こんなことを言うのもなんですが・・・・・・穂高さんには意中の女性がいらっしゃるのでは?」

「いるよ。僕は、ずっと君のことが好きなんだ」

 その刹那、美月は卒倒した。



 美月は、少し前の出来事を思い出し笑みを浮かべた。

「大好きだよ、穂高・・・・・・こんな私のことを好きになってくれてありがとう」

 美月は、眠る穂高に囁いた。



 ややあって、二人の間に置かれた美月の手を穂高がそっと握りしめた。

 不意を突かれた美月の心臓が跳ね上がり、ドキドキと張りつめていく。

 あまりにも唐突な出来事に、目を開けるタイミングすら逃してしまった美月は、そのまま寝たふりをした。

 すると、ふわりとあたたかく柔らかなものが、美月の唇にそっと触れた気がした。

 ――今のは・・・・・・!?

 美月は、目を開けることができず、状況を確認できないまま寝たふりをしてやり過ごしたが、頭の中は酷く混乱していた。


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