06.距離を置きたいと望む
レラは、困り果てていた。
通常の授業が始まり、学院生活をエンジョイしたかったレラは、友達を作ろうとしたのである。しかし今現在、平民も貴族も関係なくめでたく全ての生徒に遠巻きにされていた。
原因は勿論、目の前でニコニコと微笑んでいるビアンカであった。昼休憩や放課後に必ず押し掛けてくるのだ。
移動教室の予定を全て把握されている点については、どこに苦情を申し立てればいいのか。公爵家の力、げに恐るべし。
「お茶会をしましょう。美味しい茶葉が手に入ったのよ」
「婚約者の皇太子殿下はよろしいのですか?」
「勿論、ステファノ様も一緒よ」
いや、気まずいが? という言葉をすんでの所でレラは呑み込むことに成功した。実に危ないところであった。
「お邪魔をするわけにはまいりませんので」
「では、二人でにするから。ね? それならばよいでしょう?」
レラはなかなか諦めてくれないビアンカに、内心で溜息を吐く。何とか離れたくて「お花摘みに行きたいのですが」と別に行きたくはないが言ってみた。
「そうなのね。私も一緒に行くわ」
お手洗いでさえも共に行きたい勢であったか!! いやしかし、それが許されるのはせめて中学生くらいまででは?
もはや一種の狂気をビアンカから感じて、レラは戦慄を覚える。これ以上の押し問答は無意味だと、本日はレラが白旗を振った。
放課後は、授業の復習を兼ねて魔法の鍛練をレラはしたかったのだが……。今日はもう無理だろう。せめて前日までには茶会の予定をお知らせ願いたいものだ。
「分かりました」
諦め頷いたレラに、ビアンカが表情を明るくさせる。花が綻ぶような笑みに、レラは愛想笑いを返しておいた。
貴族達からの不満げな視線を背に感じながら、レラはビアンカと連れ立って歩き出す。どんどんとレラの存在が学院内で浮いていくのをレラ本人は感じていた。
まさかそういう作戦なのかと考えたりもしたが、何やらやはり違うようで。ビアンカは本気で、仲良く友達になりたいだけのようであるのだ。
しかしそうなると、ゲームとは違い過ぎている。その原因を考えて、レラは一つの可能性に辿り着いていた。ビアンカも自分と同じなのではないかということだ。
「この紅茶、とても美味しいのよ。レラの口に合うと嬉しいわ」
手ずから紅茶を淹れてくれているビアンカにレラはお礼を言いつつ尚も考えを巡らす。
そうであるのならば、様々な相違点の説明もつくのだ。目の前の少女が“悪役令嬢ビアンカ”ではないのならば。
「どうかしら?」
「はい、とても美味しいです」
「よかったわ!」
問題があるとすれば、ビアンカとの友情エンドは存在しないと鈴來の後輩が言っていた事だ。ゲームのシナリオがどのような結末を辿るのかをレラは知らないのだが。恋愛をそっちのけにしてもハッピーエンドを迎えられるのだろうか。
攻略対象者の様子を見るに、ビアンカにも乙女ゲーム【夜の神と暁の契り】の知識があるのだろうとレラは当たりをつけていた。ならば、このままそちらはビアンカにお任せしてしまおうか。
そうか。そうしよう。レラはこれで全てが解決すると、頗る明るい気持ちになった。もしヒロインにしか出来ない事があるのならば、その時は呼んでくれればいいのだ。
「喜んで貰えて嬉しいわ」
「えぇ、本当に美味しいですからね」
これがビアンカとの最後の茶会になるのだから。ゲームについてビアンカに任せるのならば、もう主要キャラと関わる意味もなくなる。
しかし明確に線引きし過ぎると、「ビアンカ嬢の気持ちを無下にするなんて」などと過保護五人衆が渋い顔をするのだ。
さて、どう距離を取ったものか。やはり出くわす前に逃げるが勝ち。いや、避けられてると泣かれるだろうか。そうなると、申し訳ない気持ちが溢れてくるのだから困った。
――――よいのですよ。この世には、全ての人に嫌われる人間がいないように、全ての人に好かれる人間もいないのですから。苦手意識を持つことは、罪ではありません。
はい、おばあ様。分かっております。そうレラは、迷いを振り切った。
ビアンカは、悪い人ではなかった。寧ろ、誰にでも親切な善人である。この茶会も善意百パーセントであるのだろう。
しかし、人には性格というものがある。それが合う合わないかは、もはや運だとレラは思っていた。そして残念なことに、レラはビアンカとは波長が合わなかったのだ。
「ふふっ、楽しいわね」
「えぇ、そうですね」
こうして表面上を取り繕うことは可能であるが、ビアンカが望んでいるのはそうではないだろう。お互いが傷付かないように、距離を置くのが最善ということもある。
それとどうやらビアンカは、仲良くすることでレラを守っていると思っている節がある。しかし、実際は完全なる逆効果。
本気で守りたいのならば、優秀な手駒を一人だけでも護衛に付けるべきであろう。勿論、バレないように偶々同じ学年で同じクラスであった人間をだ。
更に言うならば、ステファノとネヴィオはまだ良いとして、あとの三人の手綱をしっかりと握って頂かなければ迷惑だ。ビアンカの好意を受け取らない者に生きる価値はないとでも言いたげな視線を向けてくるのだから。
あからさま過激派トリオの冷たい目を思い出して、レラは胃もたれを起こしそうになる。やはり、急に距離を置くのはやめておくことにした。然り気無く、疎遠にしていこう。
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レラの作戦は、順調であった。
教室から秒速で飛び出す日と、ゆっくりする日を作り、日に日に飛び出す日を徐々に増やしていく。心置き無く魔法の鍛練が出来る日が増えて、レラは頗るご機嫌であった。
相変わらず貴族の方々からは遠巻きにされているし、時折嫌味を頂く。さらっと受け流すが。
しかし、平民の子達は少数であるからか話し掛けてくれる事が増えた。その中でレラは、先輩達からビアンカや攻略対象者達の情報を着実に得ていた。
如何せん、平民の自分にはこの先何の関わりもないだろうと思っていたものだから。ゲームと結び付くまで、流れてくる貴族についての噂話などまともに聞いていなかったのだ。
それに、街に流れる貴族についての噂話など眉唾物がほとんどであるだろうと思っていたのもある。ああいったものは、上手く利用すれば良い武器になるのが常だ。
「ビアンカ様は、素晴らしい方よ」
「私はこの前、苦手な魔法の練習をしていたらアドバイスを下さって」
「えー! いいなぁ!」
「俺は孤児院育ちなんだけどさ。よく慈善活動に来てくださってた」
「帝都だけじゃなくて、周辺の孤児院にも赴かれていたとか」
平民の生徒達からの評判は上々。
「何でもビアンカ様が提案された物をニコロ様が形にされた便利な魔道具が沢山あるって」
「それ知ってる! 火を使わずにお湯を沸かすことが出来る魔道具を始めとして、夏の暑い日に自動で風を起こしてくれるモノとかね!」
「あれ、便利だよなぁ。学院に来て、初めて見た時はビックリした」
「価格をもっと低くしようとして下さってるらしいよ」
「俺ら平民は、どれだけ魔法を頑張って覚えてもなぁ。高給取りにはなかなかどうして……」
「なれないよな。だから、手に入りやすい値段になってくれると助かる! 皇太子様、ビアンカ様、お願いします!」
皇太子殿下の婚約者としての評価も上々。
これは、本気で何の問題もないのでは? そう判断して、レラの全ての悩みは解消された。心配性なベネデットからの手紙に、何の嘘もなく日々楽しんでいることを書けそうである。
「ねぇ、レラ。大食堂の新作ケーキ食べた?」
「まだだよ。食べたいなぁと思っていたから、一緒にどうかな?」
「私達も誘おうと思ってたんだ」
「私達とても気が合うと思わないかい?」
「それなー!」
「あははっ! やだもー!」
同じクラスの平民の女の子達と連れ立って、大食堂へと向かう。
――――レラ、私の可愛いレラ。どんな時でも笑うのよ。そうすれば、きっと……。きっと、幸せになれるからね。
うん、ママ。任せてよ。心の底から幸せだと笑えば、更に幸せになれるとは。何足る好循環か! そうレラは、内心で拳を握る。
「あっ……」
その様子を後ろから何処か切なげに見つめるビアンカの存在には、気付けなかった。
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