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05.違和感に小首を傾げる

 校舎の入口前でそんな事をしていれば、必然的に目立つ。視線を感じて、レラはやんわりとビアンカから距離を取った。


「ご機嫌麗しゅうございます、私はレラと申します。失礼ですが、何処かでお会いしたことがあったでしょうか?」


 丁寧に淑女の礼をしたレラに、ビアンカは目を丸めた。そのビアンカの反応に、初手で飛ばしすぎただろうかとレラは苦笑する。

 祖母仕込みのマナーは完璧である。一応ベネデットにもそれとなく聞いてみたが、「騎士の礼と淑女の礼は別物だからなぁ」とのことで諦めた。もしかして、バラノアルッテ帝国の作法とは違っていたのだろうか。


「申し訳ありません。不馴れでして、無礼がありましたか?」

「え!? あっ、いいえ! そのようなことは! 知り合いに似ていたものだから」


 ビアンカがオロオロと言い訳を述べるが、それは流石に無理があるだろう。しかし、深くは触れず「人違いでしたか」とレラは流した。


「わたくしは、ビアンカ・レド・ジェミンブルよ。仲良くして欲しいわ」

「光栄でございます。しかし、よろしいので?」

「えっと……?」

「平民と一緒にいては、貴女様の品位に関わるでしょうから」


 この国では、王侯貴族とその他の間にどうにもならない大きな隔たりが存在している。郷に入れば郷に従え、レラは特に不満はなかった。

 平民がのし上がりたいのならば、それなりの覚悟を持たねばならないだろう。レラはのし上がるよりも人生楽しく生きたいのだ。

 しかし、王侯貴族の方々にタダで遊ばれてあげる程、レラは世間知らずでも素直で可愛らしい少女でもなかった。ベネデットとの約束もある。


「そんな! いえ、貴女の言っていることは分かるわ。でも、わたくしは貴女と友達に――」

「それ以上は、やめておかれた方がよろしいかと。有り難くお気持ちだけ頂戴いたします」

「え?」

「では、私はこの辺りで失礼させて頂きたく存じます」


 ビアンカに引き留めさせる間を与えずに、レラは優雅に礼をしてみせる。そのまま踵を返し、校舎の中へと入った。少し感じが悪かっただろうか。まぁ、あれ以上悪目立ちするよりかは。


「それにしても……。何やら様子が違っていたな」


 近くで合った深紅の瞳に滲んでいたのは、何処かあどけなさの残る優しい輝きであった。公爵令嬢として社交界で生きてきたとは、到底信じられないようなもの。

 あれが演技であるのならば、末恐ろしいが……。暫し様子を見るべきだなと、レラは下手に動かないことに決めた。攻略対象者達の情報も欲しい所だ。

 はてさて、鬼が出るか蛇が出るか。レラは何も恐れはしないと、背筋の伸ばし胸を張る。口角を上げ真っ直ぐと前を見据えた。


 入学式が終わり、学校を一通り見て回っておこうかと探索をしたのがいけなかったらしい。道を塞ぐようにして立つ五人の男子生徒達に、レラはひとまずニコッと愛想よく微笑みを浮かべておいた。

 出会いイベントは一人ずつ順番であったと記憶していたが、ここは現実であるのでゲームと違っていても何ら可笑しくはない。ただし、三名程からあからさまな敵意を向けられている点については無視できなかった。


「そう警戒しないで欲しい」


 真ん中にいた人物が、一歩前へと出てくる。美しい銀の髪に、思慮深そうな紺碧色の瞳。間違いない。バラノアルッテ帝国の第一皇子。そして、未来の皇帝となるお方その人である。


「私は、ステファノ・ロア・バラノアルッテ。挨拶をと思っただけだから」


 なぜ皇太子殿下が直々に挨拶に来るのやら。これは間違いなく、レラが陽守の民であることが疑われている。となると、国が陽守の民を探しているというのは、紛れもない事実なのだろう。


「恐縮でございます。私は、レラと申します」


 ビアンカの時とは違い、少々の“不馴れ感”をレラは演出しておいた。一応は、攻略対象者であるため可能性は残しておこうと思ったからである。


「へぇ~! この子が噂の」


 ステファノの後ろから顔を覗かせたのは、如何にも軽薄そうな表情を浮かべた男子生徒。因みに、レラに対してあからさまな敵意を向けてくる内の一人だ。


「噂の?」

「やめないか、エリゼオ。気にしないでくれ。私達は、生徒会に所属していてね。何か困り事があれば、いつでも声を掛けて欲しいんだ」

「ボク達だけじゃなくて、ボクの姉上。あっ! えっと、ビアンカ姉上ね。姉上も生徒会に所属してるから、もちろん頼ってくれていいんだよ?」


 エリゼオの隣にいる男子生徒が、へにょっという効果音が適切だろう笑顔を浮かべる。何ともあざとい事だ。彼からは敵意を感じない。

 この三人は概ねゲーム通りの印象といったところ。ただ、ビアンカの義弟が姉を慕っている風なのは、かなりの相違点だろう。

 彼は確か現公爵の弟の息子であった筈だ。レラの父の命を奪った流行り病は、彼の両親の命も奪ったのである。

 彼は公爵家に引き取られ、男児に恵まれなかったジェミンブル公爵家の次期当主の座についた。両親の愛情が彼に盗られたと感じたビアンカは、彼に冷たい態度を取り続けたと。

 故に二人の仲は最悪。そういう設定であった。あくまでもゲームの中では、であるが。


「あぁ、でも勘違いしないで下さいね。殿下には、婚約者がいらっしゃいます。優しくされたからって、横恋慕はやめて欲しいのです」

「その婚約者というのが、ビアンカ嬢だ。貴女も会っただろう」


 眼鏡を掛けた男子生徒と目付きの悪い男子生徒が、ジロリとレラを睨め付ける。敵意が駄々漏れていた。

 そこで、レラは合点がいく。どうやらこの敵意は、ビアンカへの対応が原因であったらしい。


「畏まりました。心に刻んでおきます」


 出会いイベントからして、レラは嫌われてしまったらしい。好感度マイナススタートは、もはや攻略を諦めても咎められないのではないかという考えがレラを揺さぶってくる。


「申し訳ありません。差し支えなければ、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「あっ! そっか~。平民出身だもんね。ごめんごめん! オレは大公家の長男、エリゼオ・ロネ・レーヴェスティだよ」


 軽薄そうな男子生徒が、ウインクをする。ゲームでは、女性と見るや声を掛ける軟派で軽い男であった。その分、本気の愛は重いとか何とか。


「ボクは公爵家の長男、ネヴィオ・ジャロ・ジェミンブルだよ~。よろしくしてね」


 上目遣いに見つめてくる男子生徒の萌え袖は、身嗜み的には大丈夫であるのだろうか。彼は本気で、義姉との関係以外はゲーム通りに見えた。


「僕は伯爵家次男、ニコロ・マジーアなのです。よろしくして差し上げますよ、一応」


 眼鏡の男子生徒が、フンッと鼻を鳴らす。ゲームでは、魔道具作りの天才で学年首席。自分の事を理解しない周りを見下している節があった。


「俺は侯爵家長男、アルフ・ドゥーレク。よろしく……」


 目付きの悪い男子生徒は、ニコリともしなかった。ゲームでは、目付きが悪いために怖がられ周囲から距離を置かれていた。寡黙で不器用なのも原因の一端である。

 そして、アルフはあの近衛騎士団現団長の息子だ。彼に罪はないのだが、どうしてもレラは許すまじ貴様の父親とはなってしまう。まぁ、表情には出さないが。


「心からお礼申し上げます。何か困り事が起こった際には、お言葉に甘えまして頼りにさせて頂きます」


 深々と頭を垂れたレラに、場には妙な空気が流れる。礼儀知らずの平民だろうとでも思われていたのだろうか。

 それは、ご期待に添えず申し訳ない。やはりもう少しヒロインらしい“愛らしさ”を研究するべきか。悩ましいなと、レラは思案した。


「あ、あぁ、そうしてくれ。早速だが、よければ学院の敷地を案内しよう。どうかな?」

「ご配慮痛み入ります。しかし、私には過分かと。お気持ちだけ受け取らせて頂きます」

「そうか……」

「では、失礼させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「構わないよ」


 レラは「失礼致します」と、ひとまずは挨拶と同じく不馴れそうに礼をしてみせる。そのまま彼らを振り返ることなく歩き出した。


「ふむ……?」


 やはり所々、ゲームとは違っているようだ。特に攻略対象者のステファノに既に婚約者がいるというのには驚いた。ステファノルートで婚約者の座を奪い合うという設定は消え去ったらしい。

 まぁ、元々未来の国母など務められる気は一切しなかったので、別に問題はなかった。寧ろ、ステファノルートが消えたのは、レラにしてみれば万々歳だ。


「やりましたね、師匠」


 しかし、エリゼオルートもニコロルートもアルフルートも無理そうであった。では、消去法でネヴィオルートにするしかないが……。腹の中では何を考えているのか。読めない男であった。


「これは詰んだか」


 そうなってくると、益々ビアンカの狙いが分からなくなる。まさかヒロインを孤立無援にして、嘲笑う作戦であるのか。それもなかなかに意地は悪いが……。レラは納得がいかなさそうに、小首を傾げたのだった。

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