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04.運命のはじまりに気付く

 机を挟んで向かい合うベネデットからのジトリとした視線に、レラはウロウロと視線を彷徨わせる。


「で? 説明はしてくれるんだよな?」

「ええと……。ママが誰にも内緒よって、教えてくれた“魔法の呪文”を叫んだだけでして」

「あれは、“詠唱”って言うんだよ」

「あはは~……。そうですよね」


 ベネデットに魔法を見せて貰ったことがあるレラは、確実にそうであるとは思っていた。しかし、いざ正面から説明されると狼狽してしまう。


「魔法を使えることもそうだが……。だぁー! よりにもよって、光魔法かよ!!」

「秘密ということは、やはり光魔法は知られてはいけないものなの?」


 捕まったりするのだろうか。それは流石に困るなと、レラは不安そうにベネデットを見遣る。それを見て、ベネデットはレラを安心させるように首を軽く左右に振った。


「そんなことはない。ただ、あー……。あまり知られていないことだが、光魔法を扱えるのは陽守の民だけなんだよ」

「え? えぇ!?」

「陽守の民は表舞台に立つのを嫌うとは聞いていたが、なるほどなぁ。いや、それならそうとレラに教える筈か……?」

「私が陽守の民なんて情報は、初耳なんだが??」

「だろうな」


 ベネデットは、思案するように目を伏せる。長い時の中。どこかのタイミングで、陽守の民であるという情報だけが抜け落ちたのか。母親も知らなかったのだろう。


「レラ、なぜ魔法を使った?」

「守りたいモノがあるのなら、使ってもよいと。それが教えですので」


 真っ直ぐな瞳が返ってきて、ベネデットは“らしいな”と苦笑する。あそこで、迷わず手を差し伸べられる。それが、レラという少女であった。


「お前さんは、国のためにその力を使う気があんのかい?」

「ふむ……。規模が大き過ぎて、よく分からないけれど。困っている人がいるのなら、私は迷わず助けになるよ」


 ベネデットは、ふっと静かに笑う。


「めっちゃくちゃ心配なんだが!?」


 そして、頭を抱えてそう叫んだ。


「えぇ……?」

「魔法が使えるとなりゃ、皇立の魔法学院に強制入学なんだぞ!? 分かってんのか!?」

「強制とは知らなかったな」

「いや、直ぐに逃げたしバレてないか? でも、目撃者が多すぎる。ダメだ。絶対に入学案内が届くに決まってる!!」

「ということは、寮生活か」

「そうだよ! しかも今、皇子殿下がお二人共に通ってるんだよなぁ! 期間が被るんだよ!!」


 ベネデットの嘆きの理由がよく分からなくて、レラは不思議そうに小首を傾げる。キョトンとしているレラに、ベネデットは指を組んで机に肘を付いた。


「いいか? レラ」

「はい、師匠」

「貴族というのは常に、面倒極まりない争いをしている。妙な策略に巻き込まれんためにも、特に皇太子殿下をはじめとした高位貴族には近付かないようにしなさい。絶対にな」


 レラは第一の生で、所謂上流階級の方々が集うパーティーに祖母と参加したことがある。独特の雰囲気を漂わせるあの空間と師匠の心配していることが結び付いて、レラは素直に頷いた。


「いいか? 本心からの『助けて』と、罠に嵌めるための『助けて』を見極めろよ」

「任せてください、ベネ師匠!」

「ううーん! 心配! 願わくば入学案内よ届いてくれるな。頼む……」


 いったいベネデットには、レラがどれ程までに素直でよい子に映っているのやら。


――――この世には、他人の足を引っ張ることに躍起になる者もいます。悪意に絡め取られてはなりませんよ。


 そういえば、祖母もそのような事を言っていた。師匠、おばあ様、ご心配には及びません。どのような悪意も薙ぎ倒して、私は楽しい方へ!

 そんなレラの決意など知るよしもないベネデットはまだ、「まぁ、学院には教師陣がかけた強固な結界が張ってあるから、魔獣被害の心配がない点は……」などとうんうん唸っていた。


******


 夏も終わるかという頃。

 机の上に置かれた【皇立アウローラ魔法学院 入学案内】と書かれた手紙を前に、ベネデットは額を押さえていた。


「来たね」

「来ちまったなぁ」


 手紙によると、入学は秋のはじめ。一ヶ月後であるらしかった。強制入学というだけあって、ご丁寧に授業料等のご心配は不要との文字。


「実を言うと、大勢で押し掛けてくるやもと思っていたのだけれど」

「そうさなぁ。それで、逃げられたら困るってことかもな」

「なるほど。学院に入学させ、逃げ道を塞いでから嘘か真か見極めようと?」

「そんなとこだろ。あとは~……俺の存在を誰かが告げ口したのかもな」


 確かに帝都の広場であれ程の大立ち回りをすれば、目立って当然だろう。兵士達の中に、近衛騎士団時代のベネデットを知っている者がいたとしても可笑しくはない。


「元近衛騎士団最強の男が共にいたと?」

「国を怨んでいるとか、荒唐無稽なこと言われてたりしてな?」


 ベネデットが、ニヤリと悪い顔で笑う。それに、レラは何とも馬鹿馬鹿しい話だと呆れた顔をした。それならば、広場の人々や兵士を助けたりしないだろうに。


「俺と引き剥がしたいんだろーぜ」

「ふむ。誰が相手であろうと、遅れを取るつもりはないよ」

「ま~な。お前さんに勝てる奴なんざ、そうそういないだろうとは思うが……」

「私は貴方の弟子ですからね」


 フフンッと胸を張ったレラに、ベネデットは目を丸める。次いで、少々の照れを滲ませ目尻を下げた。


「そうだな」

「案内が届いてしまった以上、出陣せねばなりますまい」

「頼むから政争に巻き込まれんようにしてくれ」


 その言葉に頷きながらも、レラは胸中でベネデットに謝罪をした。実は、【陽守の民】という言葉を何処で聞いたのか。レラは、思い出していた。

 レラが前世で途中までやっていた乙女ゲーム【夜の神と暁の契り】に出てくるヒロインが【陽守の民】であったのだ。しかも、デフォルト名を【レラ】という。更に舞台となるのは【皇立アウローラ魔法学院】だ。これはもう確定だろう。

 攻略対象者達は、皇太子殿下をはじめとした高位貴族達なのである。ベネデットに関わるなと言われたド真ん中の方々だ。どうしようかなぁと、レラは困り果てていた。

 もう最終手段として、ベネデットと師弟の絆で世界を救ってハッピーエンドとかにならないだろうか。探り探りやってみるしないかと、レラは入学許可証を手に取り眺めたのだった。


******


 あっという間に時は過ぎ、秋のはじめ。

 荘厳と聳え立つ学び舎をレラは仰ぎ見た。本日より通うこととなった【皇立アウローラ魔法学院】を。


「よぉし! いざ尋常に!」


 幸福を賭けた勝負といこうではないか。自信に満ちた表情で、少女は拳を握り締める。

 とはいえ、魔法を学べるというのは純粋に楽しみだ。武だけではなく魔法の道も極められる機会を得られるとは、何足る幸運か。レラはワクワクとした軽い足取りで、学舎の門を潜った。


「レラ?」


 もう少しで校舎に辿り着くという所で、後ろから名を呼ばれる。その声を何処かで聞いたことがあるような気がした。はて、誰だっただろうか。

 レラは声のした方へと振り返る。そこには女子生徒が一人、立っていた。

 波打つローズピンクの長い髪が風に揺れる。レラを見つめる深紅の瞳が、みるみる涙に濡れていった。


「よかった……」


 心底安堵したといった声音でそう呟くと、女子生徒はレラに抱き付いてくる。流石に避ける訳にもいかずに、レラはされるがままにそれを受け入れるしかなかった。


「よかったよぉ! 生きててくれて……っ!」


 これは、どういう状況なのだろうか。行き場を失ったレラの手が不格好に宙を彷徨った。

 彼女は恐らく、ヒロインのライバルであるビアンカ・レド・ジェミンブル公爵令嬢の筈だ。意地の悪い言い回しばかりするために、悪役令嬢だと言われていた。

 皇太子ルートで婚約者の座をかけてバチバチにやり合う強敵。皇太子の好感度を上げきれなければ、敗北するのはヒロインだと鈴來は後輩に聞いた。

 この【皇立アウローラ魔法学院】は、勿論魔法を学ぶ場ではある。しかし年頃の貴族子女が集まるために、舞踏会と同じような役割も担っているらしい。つまり、良いお相手を見つける場でもあると。

 それが、どうしたというのか。開幕で宣戦布告をされる筈が、生きていて良かったと抱き締められている。


「ふむ……?」


 まさか、そういう作戦なのだろうか。信頼させた上で、手酷く裏切るとかそちら系統の。悪役令嬢の肩書きに偽りなしだなと、レラは自己完結したのだった。

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