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03.力を守るために使う

 レラは、十五歳の誕生日を迎えようとしていた。

 ベネデットに引き取られた当初は、ベネデットの壊滅的な料理の腕に驚愕したりしたものだが。今では、料理担当の座をレラがしっかりと勝ち取り、役割分担しながら楽しく暮らしていた。

 ギルドの仕事は、ベネデットが近場のものを選んでくれていたので、レラは特に寂しい思いもすることはなく。

 少なくなった分の稼ぎは、レラが刺繍の腕を存分に発揮することによって、二人で生活するには十分なお金はまかなえていた。


「おはよう、ベネ師匠」

「んー、今何時だ?」

「朝八つ刻の鐘が鳴った所かな」


 共に暮らすようになって、二人の雰囲気は気安いものになっていた。朝食の用意をしながら、レラがベネデットに声を掛ける。

 ベネデットは、前髪を掻き上げながら緩慢な瞬きを繰り返した。微睡みから抜けようと、ベッドからのそのそ出てくる。


「パンのいい香りだね~」

「ほら、珈琲を淹れたから」

「おー、ありがと」


 手際よく動くレラを眺めながら、ベネデットは穏やかに笑う。あの飲んでくれていた絶望の日々からは考えられない光景だと。

 それにしても、どうしてこんな良い子から大切な人を次々と奪うのか。涙を拭って前を向いたレラの力強い夜明け色の瞳をベネデットは今でも鮮明に覚えている。

 剣を握った日からいつ死んでも構わないと思いながら生きてきたが、今は意地でも死ねないとベネデットは考えを変えていた。目の前の少女を独りにするわけには、絶対にいかないのだ。


「本日の朝食は、残り物野菜スープとなります」

「残り物付ける必要なくない?」

「それは、確かに」


 レラとベネデットは同時に吹き出した。

 第一の生での職場の先輩曰く、冷蔵庫の残り物チャーハンは美味とのことで。一人暮らしを始めた当初に、一汁三菜でなくとも大丈夫なのだと教えて貰えたのは有り難かった。

 まぁ、祖母の墓前に報告は出来なかったが。


「我らが母なる創造神に感謝を」


 二人で祈りを捧げ、朝食を食べ始める。窓からは、橙色の朝陽が差し込んでいた。それに、レラは眉根を寄せる。


「師匠の予想通り、日に日に夜が長くなっていくね」

「今頃、国の中枢も流石に慌て出してるだろうさ」

「魔獣の被害も拡大しているらしい。国の兵士だけではなく雇われ兵も街を巡回してるのを見たよ」

「物々しいねぇ」

「物騒だねぇ」


 二人揃って、態とらしく肩を竦めた。雇われ兵は、冒険者ギルドでも募集を募っているらしい。しかし、ベネデットがそれを受けることはなかった。レラもそれについては何も言わない。

 ベネデットが近衛騎士団を追われたのは、年々長くなっている夜について指摘したのが原因であった。その当時は、まだほんの微かな変化であったがために相手にされなかったそうだ。

 騎士団長と副団長に進言したが、「皇帝陛下はお忙しい」「確証もないのに馬鹿馬鹿しい」などなど揉めに揉めて、最終的に暇を出されたと。


「夜と昼の均衡が崩れると、眷属の魔獣達が狂い出すんだよね?」

「そうだ。夜の眷属は強まる力に。昼の眷属は弱まる力に。狂って理性が消えるんだと」

「ふむ。昼の眷属は弱体化しているから抑えるのも容易いと聞いたが……。問題は夜の眷属か」

「み~んなビビっちまって、夜の巡回はやりたがらんとよ。人が集まんないってんで、困ってたよ」


 パンをちぎって口に入れたベネデットが「うまい」と幸せそうに溢す。それに、レラは満足そうに笑んだ。

 レラも同じくパンを口にする。やはり【fata(ファータ)】の焼き立てパンは、絶品なのである。

 ちゃんとベネデットの言い付けを守り、夜が明けてから買いに行ったので怒られることはない。抜かりなし。


「本気で建国祭、やる気なのかね」


 ベネデットがポツリと独り言ちた。憂慮するようなそれに、レラも目を伏せる。こういう時であるからこそ、明るく祭りをというのも理解は出来た。


「せめて夜の部は無くす方がよいと、私も思うけれどね」

「だよな~」

「今年の建国祭は、どうするの?」

「勿論、空けてるさ。行くだろ?」

「行く!」

「ん、分かった。でも、明るい時間だけな」

「承知した!」


 レラの夜明け色の瞳がキラキラと期待に煌めくのに、ベネデットは目尻を下げる。まぁ、レラのことは俺が守るから別に良いか、と。


******


 建国祭当日。

 ベネデットは、ギルドマスターから夜の部の警備を請け負ってくれないかとしつこく言われたが、全て素気無く断った。「可愛いレディの護衛があるので」、と。

 その事をレラは知らないし、知らせるつもりもベネデットにはなかった。ただレラは、祭りを楽しんでくれればいいのだから。


「ベネ師匠、あれが食べたい! あれも美味しそう! 迷う!」

「はいはい、迷った時はどっちも食べれば良いだろう?」

「やった!」


 色気より食い気かと、ベネデットははぐれないように自身の服の裾を掴むレラを見下ろす。

 まぁ、まだ十五だからな。こんなもんだろうと、ベネデットは勝手に納得した。何故なら恋人など連れてこられた日には、斬りかかるかもしれないからだ。


 ベネデットに買って貰った屋台の料理を食べながら、レラはご機嫌に祭りを楽しんでいた。ふと、広場の中心に人が集まっているのが見えてレラは小首を傾げる。


「師匠、あれは何だろう?」

「んん? さてなぁ。行ってみるか?」

「うん」


 人々が見ていたのは、人形劇であった。

 昔々、人々は夜を恐れ嫌った。夜の神は酷く怒り、世界を闇夜に侵食していった。ある日、一人の若者が夜の神に立ち向かう。若者の力で闇夜には光が射し、世界には夜明けが訪れた。

 演目は、この世界では有名な童話【夜神と陽守】らしい。これは、実話を元に作られた物語であると母からは聞いた。


「国が陽守(ひもり)(たみ)を探してるってのは、事実だったのか……?」


 ベネデットの呟きに、レラは思案するように顎に手を添える。実は、【陽守の民】という言葉に覚えがあるような気がするのだ。しかし、喉まで出かかっているのにあと一歩届かない。


「う~む……」


 まぁ、時が来れば思い出すだろうと、レラはそのもどかしさを遠くへ放り投げる。今は、それよりも祭りを楽しむ方が重要なのであった。


 日が傾きかけ、辺りはすっかり夕日色に染まっていた。夜の眷属の魔獣を恐れてか、人々は続々と帰路へとついている。


「そろそろ帰るか」

「承知した」


 少しの騒ぎはあったものの警備がしっかりと仕事をしたらしく、祭りが中断されることはなかった。レラの満足げな表情に、ベネデットも相好を崩す。

 瞬間、祭りの熱気に浮かれた空気を劈くような悲鳴が掻き消した。即座に反応した二人は、悲鳴が聞こえた方へと体を向ける。

 腰の剣を抜いたベネデットは、レラを守るように背に隠した。レラも腕には自信はあるが、そこは師匠に従い後ろに控える。


「まだ夕暮れ。昼の領分だろうがよ」


 爆音と共に、兵士が宙を舞った。ベネデットが目を鋭く細める。視線の先にいたのは、人など容易く丸のみに出来るであろう大蛇であった。

 眼が真っ黒に染まっている。それは、力に狂ってしまった魔獣の印だった。

 兵士が一人、大蛇に捕まってしまっている。兵士に巻き付いた尾に、どんどんと力が込められていくのが見て取れた。


「レラ!」

「承知した!」


 ベネデットが大蛇に向かって地を蹴った。レラは避難誘導のために、反対方向へと駆けていく。


「我、(こいねが)う。猛々しき炎よ!!」


 ベネデットの詠唱と共に魔方陣が宙に現れる。そこから、放たれた炎が大蛇の顔を焼いた。大蛇が苦し気に叫ぶ。その隙をつき、ベネデットは尾を斬り兵士を救い出した。


「流石は師匠だな……っ! 皆さん! こちらへ! 慌てずに!!」


 レラのよく通る声に導かれ、人々は帝都の広場から我先に離れようと押し合う。「押すな!!」「どけ!!」と、怒号が飛び交った。


「喧嘩をするなっ!!」


 凛としたレラの声が響き渡る。それを背後に聞きながらベネデットは深く息を吐き、剣を構え直した。

 大蛇からの飛んでもない圧に、じっとりと冷や汗が滲む。しかし、ここから先に通す事は出来ないのだ。久方ぶりに、空気がヒリつく。

 勝敗は瞬きの間に決まった。ベネデットの剣が銀の軌跡を描き出す。目で追えたのは、レラと後はどれ程の人間だったのだろうか。


「お見事です、師匠」


 ふと子どもの泣き声が聞こえて、レラは視線を地に沈んだ大蛇から逸らす。広場に、幼子が取り残されていた。これは不味いと、レラは人波を掻き分けて走り出す。


「まま~~~っ!!」


 なかなか前に進めずに、レラが歯噛みした時であった。空から巨大な蝙蝠が飛来したのは。

 蝙蝠の狙いは、号泣する幼子であるらしかった。ベネデットも気付いたが、時既に遅し。誰もが間に合わないと、息を詰めた。

 咄嗟の行動であった。レラの脳裏には、母の姿が過る。


――――レラ、貴女に魔法の呪文を教えてあげるわ。でも、これは誰にも秘密よ。


「我、(こいねが)う!!」


――――ただ、そうね。守りたいモノがあるのなら、使ってもいいのよ。


「清らかなる光よ!!」


 レラは無我夢中で、母から教えて貰ったそれを叫んだ。

 眩い光の盾が、幼子と蝙蝠の間に出現する。盾に強かにぶつかった蝙蝠はバランスを崩し、地面へと落ちていった。


「ベネ師匠!!」


 レラの声に、ベネデットの体は瞬時に動いた。蝙蝠を仕留めたベネデットは、後始末を兵士達に丸投げにして幼子を抱えると広場から退散する。

 近場にいた人に幼子を預けると、今度は近寄ってきたレラを問答無用で横抱きにした。目を白黒させるレラを抱えて、ベネデットは人波を抜けて全速力でその場から離れたのだった。

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