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転生乙女ゲーヒロインは第2の人生もエンジョイしたい  作者: 雨花 まる


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34.控えつつタイミングを計る

 もう大丈夫そうだと判断して、ジルドはビアンカの方へと近付いていく。レラと夜の神は、暫く二人にしておく事にしたのだ。その間に、此度の件の事実確認をしなければならない。

 そう思ったのは、ジルドだけではなかったようだ。ビアンカに駆け寄ってきた生徒会の面々の中で、ステファノだけが険しい表情をしていた。


「ビアンカ、大丈夫!?」

「えぇ、ごめんなさい」

「何を謝ることがあるのですか!」

「そうだよ。君が謝る事なんて、何一つとしてないよ」


 ビアンカの側に屈みエリゼオとニコロは、優しい言葉を掛けた。それにビアンカが、ほっとした顔をする。

 その様子をジルドは、冷めた目で見下ろした。次いで、ちらりとステファノを見遣る。ステファノは、悩むように眉根を寄せていた。

 兄のそのような姿を初めて見たジルドは、一瞬目を丸める。あぁ、しかしそうだ。ステファノは、優しいだけの皇太子ではない。ないが、優しい皇太子でもあるのだ。


「エリゼオ・ロネ・レーヴェスティ、申し開きがあるのならば聞いてやってもいい。酌量の余地は、ねぇだろーがな」


 だから、ジルドがそう言った。ここで皇太子に控えろと言われれば、そうするつもりで。しかし、ステファノは何も言わなかった。


「え? なに? 何の話なの?」

「オレにも分からないなぁ。何の事だか」

「言い逃れすると? 無駄だ。証言なら取れている」


 ビアンカは、本気で何も知らないらしい。ただオロオロとする様子は、皇太子の婚約者として相応しいとは言えなかった。


「あぁ、やっぱりそうなんだ」

「どうしたの? エリゼオ? ねぇ?」

「お前は裏切り者だったんだね、ネヴィオ」

「え?」


 エリゼオの言葉に、ジルド以外の視線がネヴィオに向く。ネヴィオは、「えぇー?」といつも通りに可愛らしく小首を傾げた。驚いたようなネヴィオのそれに、ビアンカがそんな訳ないじゃないかと頬を緩める。


「な~んだ! やっぱりバレてたか。ボク上手くやったつもりだったんだけどな~。どうしてなんだろ」


 しかし、ネヴィオがエリゼオの発言を認めた事により、ビアンカの顔色が青ざめていく。衝撃だったのか「えっ、なに……」と言ったきり、その後の言葉は続かなかった。


「全然気付いてなかったよ。建国祭のパーティーまではさ」

「ミスした記憶ないな~」

「あの疑り深いジルドが、君から受け取った飲みものに迷わず口をつけたでしょ。疑惑を抱くには十分だよ」

「あぁ、なるほどね」

「……悪い」

「いえ、お気になさらないで下さい。そこを見ていたとは……。思い至らなかったボクのミスです」


 ここで食い下がっても無意味であるし、ネヴィオの気遣いを無駄にする。ジルドは、「そうか」とだけ返しこの話は終わらせた。


「だから今回は、アルフだけじゃなくてボクまで仲間外れにしたんだね。何かを企ててるってことしか掴めなかったよ~」

「それすらも悟らせないように、細心の注意を払ってたんだけどね」

「キミはね」

「あぁ、ニコロから漏れたんだ」

「なっ!? 僕はちゃんと魔道具の事は秘密にしたのですよ!!」

「してたしてた~。でも、ニコロは分かりやすいからね」


 普段とは毛色の違う笑みを浮かべたネヴィオに、ニコロは肩を跳ねさせる。


「でもさ、お前がビアンカを裏切るなんて思ってなかったな。ビアンカのこと、大好きだったじゃないか」

「勿論、大好きだよ。姉としてね。それ以上の感情なんてない。というか、持たれても姉上だって困るでしょう? 姉弟なんだから」

「そうかな」

「それにね。ボクは何度も止めたよ。やめた方がいいって。それを聞かずに、この事態を招いたのは姉上自身だ。そうでしょう? 姉上」

「わ、わたくしは……」


 急に話を振られて、ビアンカは困ったように眉尻を下げる。ネヴィオは気にした様子もなく、いつものようにあざとく笑った。


「ボクね。愛してる人がいるんだ。この世で一番、幸せにしたい女性でね。とっても努力したんだ! 彼女との婚約を成立させるために」

「え? 嘘……。それってもしかして、セレーナ様のこと?」

「そうだよ、姉上。なのに、ここまで来て、それが白紙になるような騒ぎは御免だ」

「お前、最低だね」

「何それ。エリゼオとボクと何が違うの? 同じ穴の狢でしょ。自分だけ高尚ぶるなよ」


 ネヴィオの顔から笑みが消える。心底、軽蔑したという冷めた目をしたネヴィオに、エリゼオは冷笑を返した。


「そっちが本性なんだ?」

「まっさか~! こっちが素だよ。可愛いは正義だもん。ただボクは、次期公爵として弁えてるだけ」

「出たよ、それ」

「愛する人云々も勿論本気。でもね。次期公爵として、大勢の人の生活、延いては命を背負う覚悟をボクはとっくの昔に済ませた」

「…………」

「必要ならば、姉とて縁を切る。そういう風に教えられた。姉上だって、そうでしょう?」


 ビアンカは、自身の行いがもたらすかもしれない未来を自覚したのか。ガタガタと震えだす。助けを求めるように、ネヴィオを見上げた。


「それに、姉上は喜んでくれるよね?」

「……え?」

「だって、言ってくれたじゃない。『あなたが幸せになってくれたら、わたくしも幸せよ』って。言ったよね? なら、ボクの幸せを喜んでよ。ボクは、愛しのセレーナと幸せになるんだから」


 ビアンカは、本気でネヴィオには自分を助ける気がないのだと理解して、「あ……」とだけ意味のない声を漏らす。ビアンカの表情を見て、ネヴィオは悲しげに目を伏せた。


「な~んだ。結局、そんな顔するんだね」

「ち、違うの! ネヴィオ、わたくしは……っ!」

「やめてよ、ネヴィオ。ビアンカを虐めないでくれる?」


 エリゼオがビアンカを庇うように前に出る。ネヴィオが何か言うより先に、ジルドが「最早そんな次元の話はしてねぇよ」と口を挟んだ。それに、ネヴィオは後ろにさがる。


「罪状は、陽守の民の誘拐及び魔力窃盗。あぁ、首飾りの窃取もあったな。更に、夜の神の怒りに触れる所だった。こんなこと、国外に漏れれば世界各国は黙ってねぇだろーよ。帝国は責任を取らされる。分かってんだろ」

「う、嘘でしょう? ねぇ、エリゼオ」

「オレはただ、ビアンカの願いを叶えただけだよ」

「待って、なに、わたくしはそんなこと」

「望んでない? でも、あの女が活躍するたびに、君は複雑そうな表情をしていたじゃないか」


 ビアンカは、必死に首を左右に振る。それが見えていないかのように、エリゼオは心酔した目をうっとりと細めた。


「あんな野蛮な山猿が、救世の聖女だなんて……。笑えない。その称号は、君はこそ相応しい。そうだろう? ビアンカ」

「そんな、うそ、嘘よ、こんなの」

「オレは、君のためなら何でもする。あぁ、いつものように笑ってくれよ。愛しのビアンカ」

「わたくしは望んでない!!」


 半ば発狂するようにビアンカはそう叫ぶと、涙を流し出す。そんなことはお構いなしに「山猿?」と、殺意の籠った夜の神の声がした。全員が冷や汗を流し、視線をそちらへ向ける。


「ふふっ、光栄ですね! 何故なら、山猿は可愛い!! 殿下もそう思われるでしょう?」

「そう、だな……」


 レラにウィンクされて何とかそう答えたジルドであったが、夜の神がいなければ反論していた。そういう話ではないと。


「そうか。本当にレラはアイノにそっくりだな」


 はじまりの若者の印象が違いすぎて、ジルドは何とも言えない顔をする。しかし、夜の神が嬉しそうなので発言は控えることにした。


「今の時刻は分かりませんが、そろそろ夜明けを迎えたいところ。ノクス様、やり方を教えて貰えるかな?」

「じいじと呼んでくれていいんだぞ」

「では、ノクスじいじ! 世界に夜明けを!」

「お前の順応力の高さは何なんだよ」


 レラは、ちょっとの緊張を滲ませ笑む。それに気付けたのは、この場ではジルドだけであった。


「おい! 無茶だけはするなよ!」

「殿下……」

「心配せずともよい。そのような難しいことはしない。ただ、あの祭壇の上でこう言いなさい」


 夜の神は、優しげにレラの頭を撫でる。レラの夜明け色の瞳と目が合って、穏やかに目尻を下げた。安心させるように。


「――夜を恐れることなかれ。我、暁を守る者」


 何処かで聞いた言葉だ。レラは思わずジルドを見遣る。ジルドも同じことを考えたらしい。目を丸めた翡翠色の瞳には、好奇心が滲んで見えた。

 思わず笑いそうになって、レラは咳払いで耐える。それにジルドもハッと我に返ったらしい。ばつが悪そうな顔になっていた。


「あの祭壇までどう行けば?」

「私がエスコートしよう。さぁ、おいで」

「よろしくお願いします。いざ、尋常に!!」

「気合い充分だな」


 本気で夜の神が孫を甘やかす祖父にしか見えなくなってきて、ジルドは頭を掻く。まぁ、本人達がそれでいいならいいのだろう。そう結論付けて、気持ちを切り替える。


「命知らずだな? エリゼオ。それか、本気でその命、いらねぇのか?」

「……ふっ、ふはっ、はははっ! そうだよ! だからなに?」

「やはり、失敗すると分かっていたな」

「は? エリゼオ、どういうことなのですか!?」

「煩いなぁ。騙されたニコロが悪いんでしょ」

「なっ!?」


 自暴自棄にでもなったかのように、エリゼオから笑みが消える。ほの暗い瞳が、ジルドとステファノを順番に見つめた。


「オレの欲しいものは、何一つとして与えられない。全部、全部、お前らが奪っていく。大っ嫌いだよ、ジルドも!! ステファノも!!」

「そうかよ」

「……そうか。よく分かった」


 静観していたステファノが、覚悟を決めたように口を開いた。場が一瞬で重苦しい雰囲気へと変わる。ビアンカは、初めて見るステファノの様子に怯えた顔をしたのだった。

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