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転生乙女ゲーヒロインは第2の人生もエンジョイしたい  作者: 雨花 まる


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29.幸福な思い出をいただく

 鳴り出したワルツの音に身を委ねて、ステップを踏む。ジルドのリードに従い、レラはたおやかに舞った。

 それにしてもと、レラはジルドをじっと見つめる。ジルドのリードは完璧であった。騒がしいのも目立つのも好きではないようであるが、ジルドはどこまでいっても第二皇子なのだろう。

 ふと、ジルドの頬がじわじわと赤くなっていくのに気付いて、レラは目を瞬いた。どうやら熱烈に見つめすぎたらしい。

 しかし、ワルツ中に目を逸らすのは失礼だ。ジルドは、ぐっと耐えるように口を閉じる。瞳が熱に浮かされ、ゆらゆらと揺れて見えた。


「ふふっ」

「な、んだよ」

「いいえ、楽しいなぁと」

「そうかよ」


 確かな喜色を滲ませた翡翠色の瞳が、ゆったりと細まる。それだけで、続きの言葉はいらなかった。レラも応えるように、目尻を下げる。

 誰がどう見ても特別であった。二人の間に漂う雰囲気は甘やかで、何人たりとも邪魔など出来ない。そう周りの者達は、理解をさせられた。

 シャンデリアの光を受け、レラのイエローゴールドの髪が煌めく。ジルドが見せ付けるように、軽やかにターンをした。レラのドレスの裾が翻り、銀刺繍がきらきらと独占欲を示す。


「どうして……」


 そう呟いたのは、ビアンカであった。会場中のあらゆる視線を一人占めし輝くレラの姿は、まるでスチルの再現だ。ただダンスの相手がゲームとは、まるっきり違っているが。

 ビアンカは、急激に恐ろしくなった。やはりこの世界は、ヒロイン(レラ)のためのものでしかないのだ。自分が築いた全てのものが、レラに奪われてしまう、と。そんな事を一瞬でも考えた自分が。

 ビアンカは、首を左右に振ってその考えを追い出した。皆が幸せになれれば、それで良いのだ。それが、良いのだ。例えレラが、自分の知っているヒロインでなくとも。今度こそ、全てを守ってみせると決めたのだから。


「……ビアンカ、頼みがある。もう一曲、私と踊ってはくれないか」

「……? えぇ、勿論です。ステファノ様」

「ありがとう」


 ビアンカは、珍しいなと思った。ステファノは、最初の一曲しかいつもは踊らないというのに。

 しかし、ステファノの愛しい者を見る穏やかな瞳に、そのような考えは直ぐに消える。ビアンカはただ、頬を赤く染めたのだった。


「ダンスを短いと感じたのは、初めてだ」


 ジルドの声音は、やけに寂しそうに聞こえた。だからレラは、努めて明るく少しのからかいを混ぜて「はて、いつもは壁と仲良くされておられるのではないのですか?」と聞いたのだ。


「全く踊らない訳にはいかねぇこともある」

「でしょうね」


 レラがコロコロと笑うのをジルドはじっと見つめる。怒るかと思ったが、返って来たのは柔らかな笑みだった。


「終わるのか……」

「終わらせたくは、ありませんね」

「そうか」


 噛み締めるようなジルドのそれに、レラは少々露骨だったかと反省する。そんなレラの胸中など知る由もないジルドは、年相応にくしゃっと笑った。


「お前もそう思うか」


 であるのに、少しの後悔のようなものがその中に滲んでいる気がして、レラは目を伏せそうになった。あぁ、何て狡い人。その言葉は飲み込んで、レラは無邪気に笑うという選択をした。


「殿下もでしたか」


 丁度その時、ワルツが終わる。二人は余韻に浸るように、暫し見つめ合った。


「行くぞ」

「はい」


 次の曲が始まってしまう。レラはジルドにエスコートされ、会場の端へと移った。

 ジルドは、覚悟しているのだろう。国のための婚姻を。皇太子には、既に婚約者がいる。白羽の矢が立つのならば、自分であると。

 であるのならば、レラもこれ以上は弁えよう。今日の幸福な思い出を胸に、これまで通りに生きていくだけだ。


「まぁ、あれを見て。皇太子殿下とビアンカ様だわ」

「珍しいのね。いつもは一曲しか踊られないのに」

「婚約を白紙になんてと思っていたけれど……。有り得る話なのかもしれないわよ」

「あらやだ、ビアンカ様はお優しいから。国のために自ら身を引かれるかもしれないわ~」


 鈴を転がすような声で、貴婦人方がお喋りに興じている。そこには、明確な悪意が滲んで聞こえた。


「でも、ビアンカ様なら大丈夫よ~」

「沢山の殿方を侍らせていらっしゃるものね」

「誰かが貰ってくれるでしょう」


 嘲笑混じりの笑い声に、レラはおやと目を鋭く細めた。どうやら、ビアンカをよく思っていない者達も少なくないらしい。しかし、陰口とは心地好いものではない。

 ふとレラは、後輩が言っていたことを思い出した。頑張って好感度上げイベントに奔走すれば、逆ハーレムエンドに辿り着けると。ただし、かなり緻密に計画してやらなければ無理だとも。

 あれはゲームだから、二次元だから成立するのだと先輩は言っていた記憶がある。余程マメでなければ、ハーレム管理など不可能だという意見に鈴來も賛同したのだったか。

 ビアンカのハーレム管理は、大丈夫なのだろうか。ひとまず、周りの心証は悪そうだ。

 いや、ビアンカ本人はハーレムなどとは思っていない可能性の方が高いだろう。であれば、余計な世話かと、レラはホールの中央で踊るビアンカから視線を外した。


「どうかしたか?」

「いえ、何でも。そうだ。あのですね殿下、お願いがあるのですが」

「内容による」

「師匠と踊ってもよろしいですか?」


 期待に煌めく夜明け色の瞳に見つめられては、否とジルドには言えなかった。まぁ、相手がベネデットであるならば、その必要もないのだが。


「あぁ、いいぞ」

「ありがとうございます!」

「ベネデットもその気だろ」


 ジルドにそう言われて、レラはベネデットに視線を遣る。目が合ったベネデットは柔く笑うと、一言二言大公と話しレラの方へと歩いてきた。


「レラ、俺と踊っていただけますか? なんてな」

「ふふっ、よろこんで!」


 茶目っ気たっぷりにウインクしてみせたベネデットに、レラも同じようにウインクを返す。似た者親子めと、ジルドは呆れたように溜息を吐いた。


 ホールの端の方で楽しげに踊るレラとベネデットを眺めながら、ジルドは周りのご令嬢方の視線を完全に無視する。今日は、レラ以外と踊る気など毛頭なかった。


「あら? ベネデット卿、あのように柔らかに笑う方でした?」

「悪くないわね」

「好い人はいらっしゃるのかしら」


 耳に入ってきた貴婦人方の浮わついた声に、ジルドはレラから聞いた話を思い出す。

 たしか酒場で綺麗な女性に分かりやすく誘われていたが、ベネデットは全く理解していなかったと。最終的にその女性にビンタされたらしい。

 ベネデット曰く、“色恋がこの世で一番難解だ”とのことだ。まぁ、否定は出来ない。そうジルドは思ったのだったか。

 どのみち、貴婦人方に可能性はないだろう。ベネデットの頭の中には、レラのことしかないのだから。


「ご機嫌麗しゅうございます、ジルド殿下」

「あぁ、お前か」

「今、お時間よろしいですか?」

「いいぞ」


 隣に並んだ青年は、ジルドに飲み物を渡す。それを受け取ったジルドは、迷わずそれに口をつけた。


「で? どんな様子だ」

「どんどんと不満が溜まっていっています」

「不穏な動きは?」

「今のところはありませんが……」

「時間の問題か」

「おそらくは」


 ジルドは面倒そうに息を吐く。癖でいつもは前髪がある場所に手を持っていき、そのまま不自然に止まった。青年と目が合って、ジルドは大袈裟に咳払いをする。


「見なかったことにしろ」

「えぇ、勿論です」


 ジルドは思案するように、目を伏せる。次いで、ビアンカ、ステファノを初めとした生徒会の面々で固まっているそこへ視線を遣った。

 ビアンカを飾り立てるサンストーンの耳飾りにペリドットの首飾りがやけに目につく。美しいそれらの宝飾品がシャンデリアの光を受け、怪しく輝いて見えた。


「何か少しでも妙な動きがあれば逐一報告を」

「御意に」


 青年が自然な動きでジルドから離れていく。ジルドは、どうか上に立つ物として相応しい選択をしてくれよと視線を背けたのだった。

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