25.師匠と一緒で嬉しい
姿見に映る自分の姿を見て、ベネデットは困ったように頭を掻いた。近衛騎士団の制服とはデザインが違っているが、どう考えても皇族つきの騎士であることが一目で分かる上等なそれ。
やっぱり受けるんじゃなかった。しかし、可愛いレラが心配なのは事実。腹を括るしかないなと、ベネデットは目を閉じて深く呼吸をした。
「よし」
再び目を開けたベネデットの顔には、迷いなどという感情は一切なかった。
あの後、学院長をはじめとした教師陣が結界を張り直した。しかし、またいつ壊されるとも分からない。そのため、レラの光魔法を結界に組み込めないかと研究が進められることとなった。
学院の方は、休講にはならなかったものの。休学を望む生徒が大勢いた。そのため、教室は人が疎らだ。
レラは、学院に残ることにした。何故なら、もうこの帝国内に百パーセント安全な場所など存在しないだろうと思ったからだ。それに、研究に協力したかったのもある。本人がいた方が進みも早いだろう。
驚いたのは、皇太子のステファノも残ったことだ。その結果、次期皇帝を守るために近衛騎士団が学院を守護することとなった。もしかしたら、それが狙いだったのかもしれない。
「お待たせしました」
「いいじゃねぇか。似合ってるぜ、ベネデット」
「お褒めに預かり光栄ですよ」
学院側は、必要ならば個人の護衛を一人までならばつけていいと許可を出した。そこでジルドは、オノフレではなくベネデットに声を掛けたのである。
最初は渋ったベネデットであるが、レラから学院に残ると聞いては首を縦に振るしかなかった。平民のレラが護衛をつれ歩くのは、悪目立ちするだろうと考えたからだ。
「格好いいよ、師匠!」
「そりゃあ、嬉しいね」
ベネデットは第二皇子の護衛らしく、髪もきっちりとセットしており、流石は貴族出といった気品が漂っていた。
「しっかし……。本当に俺を護衛につけて、大丈夫なんですか?」
「問題ねぇだろ」
「妙な噂を立てられても知りませんよ」
「今更だな」
小馬鹿にするように鼻で笑ったジルドに、レラとベネデットは目を見合わせる。相変わらずジルドの耳には、余計な声が聞こえているのだろうか。
「それに今回、学院の守護を任された連中の中には、お前が叩きのめした奴らもいるからなァ」
ジルドが悪い顔で笑う。それにレラは、大公領に向かう途中で行われた手合わせで、連戦連勝していたベネデットを思い出した。
「文句があるなら勝ってみせろとでも言っとけ」
「だーから、俺は近衛騎士団を辞めさせられた男ですよ」
「誰も本当の事情は知らねぇだろーが」
ジルドの言葉に、そういえば自ら去ったことにされていたのだったと、ベネデットは思い出す。面倒だったので、あまり考えないようにしていたが。よくよく思い出すと、手合わせで勝ったあとは特に嫌な視線は感じなかった。
「ふむ。私の感じた印象では、どちらかといえば小馬鹿にされているなぁと」
「噂ってのは、尾ひれが付くのが常だからな」
「師匠が去った理由について、あることないこと噂されている、といった所でしょうか」
「だろーな。とはいえ、その噂を実力で全て斬り伏せれば、ベネデットの言うように睨まれることになるとは思うぜ」
「それじゃあ、意味ないんですがね」
しかし、第二皇子が選定して態々連れてきた護衛。小馬鹿にされるよりは、やっかまれた方が良いだろうか。
ベネデットの優先順位は、考えるまでもなくレラが最上である。ただ、今の主人は一応ジルドだ。騎士としては、主人を守るが最上。
「まぁ、上手くやることにしますよ」
「お前の口からそんな言葉が出るとはな」
「昔の俺って、そこまで滅茶苦茶でした?」
「知略に長けていたのは間違いねぇが……。人間関係に心底興味なさそうだったのも間違いねぇ」
「あー……」
思い当たる節でもあったのか、ベネデットは頬を掻きながら視線を明後日の方へと向けた。いったい近衛騎士団時代のベネデットは、どのような様子だったのやら。
しかし、ジルドにも大公にも一目置かれていたようであるし。アルフからは、目標にされていたのも確かだ。とはいえ、人間は過去を美化しがちなのでアルフの憧れは何とも言えない。
そんなことをレラが考えていれば、ベネデットと目が合う。ベネデットはフッと穏やかに笑むと、レラの頭を撫でた。
「俺が下手を踏むわけにはいかないんでね」
「そうかよ」
「えぇ、期待に応えてみせますよ。俺も人間らしくなったそうなので」
「は? あぁ、なるほど。叔父上か」
ベネデットの雰囲気からして、それは揶揄や非難ではなかったのだろう。きっとその変化は、褒められて然るべきもの。レラは、自慢の師匠なのでと誇らしい気持ちになった。
「な~に、嬉しそうだな?」
「まあね!」
いつも通りのじゃれ合いをし出したレラとベネデットに、ジルドはこっそりと安堵の息を吐く。別に、レラの様子がおかしかったとか、何か弱音を言われたとかでは決してない。
ただ、あの一件以来、周りのレラを見る目は確実に変わっていた。もしかしてと、勘づき始めた貴族連中も少なくない。聡いレラが、それに気付かない訳がないとジルドには分かっていた。
だから、いつも通りが必要だった。そう勝手に思った。まぁ、とどのつまり、ただの独りよがりだ。そうジルドは自嘲する。
「それで私は、出来るだけ殿下と行動を共にするのですよね?」
「そうだ。もう一緒にいるところは見られたからな。特に何も言われなかったろ?」
地味で目立たぬ第二皇子だから。そう聞こえた気がして、レラは眉根を寄せる。しかし、確かにビアンカと行動を共にしていた時に比べれば、ジルドの言いたいことも分かった。
「そうですね。ただ、更に遠巻きにされてます」
「それは……」
「まぁ、様子見してんのさ」
「私に利用価値があるのかないのかを?」
「そういうこと言うのやめなさい」
「承知した」
ジルドとベネデットは、同時に深々と溜息を吐く。今のところ、妙な連中が近寄ってきていないことをジルドは把握していたが、心配なものは心配だ。
しかし当のレラは、そこまで心配はしていなかった。何故ならば、最近は平民仲良し組にセレーナも加わっているからだ。
セレーナは自分を卑下しがちであるが、アラトーヴォ辺境伯家のご令嬢。しかも、ジェミンブル公爵家との縁談話が進んでいると新学期が始まった辺りから噂が広まっている。誰が流したのかは、知る故もないが。
つまり、貴族の皆様方からすれば、睨まれたくない相手ということだ。そのセレーナを押し退けて、レラに近付こうとする勇気ある者が現れるかどうか。
「さて、そろそろ大食堂に行きませんか?」
「……分かった」
何か言いたげにしながらも、ジルドはそれを呑み込んだらしい。大食堂に向かって、歩きだした。
騎士らしく後ろに付いたベネデットは、まさかこんな日が来ようとはと、目を細める。何処か遠い目をして。
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そんな生活にも慣れだしたある日。
放課後、レラとベネデットが軽く木剣で打ち合っていた時であった。視線を感じて、二人は同時に止まる。
「師匠、何だろうね」
「分からん。まぁ、敵意はないようだが」
試すように、ベネデットが態と隙を作る。レラもそれに倣った瞬間、「鍛練中に失礼いたします!!」と近衛騎士団の制服を着た青年が飛び出してきた。
「今、お時間よろしいでしょうか!!」
「おぉ……? 元気一杯だな。別にいいけど」
「ありがとうございます! 私は、昨年の建国祭で、貴方に助けられた者です!」
「助けた……? あぁ、もしかして蛇の尾に捕まってた奴か?」
「覚えておいででしたか!」
パアッと青年の顔が輝く。そこは、嬉しがる所ではないと思うのだが。要は、失態を覚えられている訳なのだから。
「あの日から、貴方のことが忘れられず!」
「えぇ……?」
「私に稽古をつけてはいただけないでしょうか!!」
「お断りだな。はい、お帰りはあっちだぞー」
「そんな……っ!?」
本気でショックを受けたような顔をする青年からベネデットは視線を外す。完全に興味を失ったらしい。その様子に、レラは近衛騎士団時代のベネデットを垣間見た気がした。
「わ、私は!」
「ん?」
「諦めませんから!!」
青年は勢いよくお辞儀をすると、返事も聞かずに走り去っていく。レラは、なかなかに気骨のある青年だなと思った。
「勘弁してくれ……」
しかし、ベネデットがうんざりしたような顔をしたため、残念だが応援は出来ないなと青年の背を見送ったのだった。




