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転生乙女ゲーヒロインは第2の人生もエンジョイしたい  作者: 雨花 まる


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24.ヒロインらしく注目される

 その日は遂に訪れた。

 学院を覆う結界が狂った夜の眷属に破壊されたのだ。ガラスが粉々に割れるような音が美しい夕焼けの中、学院中に響き渡る。

 ヒュッと息を飲んだのは、誰だったのだろう。ズリ……ズリ……、何か重たいものを引き摺るような音が近付いてくる。

 それを視認した者が、悲鳴を上げた。鋭い歯が夕日を浴びて怪しく光る。大きな口を開けたそれは、ワニだった。

 悲鳴がどんどんと伝染していく。駆け付けた教師達の避難誘導の声が掻き消される程に。辺りは一瞬にして騒乱状態となった。


「学院長!!」

「生徒達の安全を第一に! この結界が破られる日が来ようとは……」


 初老の女性が目を鋭く細める。この女性こそが、【皇立アウローラ魔法学院】の学院長その人である。


「我々に、ご指示を」


 駆け付けた生徒会の面々を代表して、ステファノが学院長にそう声を掛けた。勿論、皇族として戦う覚悟があると言った表情で。


「生徒達の避難誘導を。魔獣の対処は、教師達でやります」


 しかし、学院長はそれを良しとはしなかった。ここは、学舎。生徒に、上も下もないのだ。その意図を汲み取って、ステファノはただ「承知しました」と了承の返事をした。


「ステファノ様!」

「行こう、ビアンカ。皆も! 生徒達の中に、一人の怪我人も出すな!!」


 ビアンカは、歯痒そうに眉をしかめた。皆を守るために力を付けたのに、と。ここで飛び出さずして、いつこの力を使うのか。

 しかし、ビアンカが行動に移すより早く「御意に!!」と、アルフが頭を垂れた。それに背を押されるようにして他の面々も踵を返し、避難誘導へと走り出す。


「さぁ、ビアンカ。頼んだよ」


 ステファノにそう言われてしまえば、ビアンカも頷く他なかった。出鼻を挫かれ、後ろ髪を引かれながらビアンカは、ステファノの後を追って走り出す。

 ビアンカは知っていた。教師達の力だけでは、どうにも出来ないのだと言うことを。


「あぁ、どうしたら……」


 ステファノを説得するしかない。彼らの力が必要なのだから。


 そうビアンカが決意したのと同じ頃。レラは、狂った夜の眷属である魔獣をその目に捉えていた。

 結界が破られたのは、いつものジルドとの放課後勉強会の途中であったのだ。そのためレラの隣には、ジルドがいた。


「これまた、巨大ですね」

「夜の眷属は、元々大きい個体が多いからな。それが狂うと、更に巨体になるらしい」

「不思議なものですね」

「本当にな。資料が少ない上に、研究しようにも……。あまり、非人道的なものはな」

「批判が出ると」

「叔父上は、強行したい派だとよ」

「あぁ、はい」


 隠しきれない好奇心の滲んだ紫紺色の瞳を思い出して、レラは苦笑する。きっとああいう人が、人類を発展させるのだろうとは思うが。


「さて、どうしましょうか?」

「俺の指示を聞く気があんのか?」

「勿論ですよ」

「ハッ! どうだか」


 遺跡で見つけた首飾りは、一時大公預かりとなった。面子というものもある。レラはすんなりと理解して、引き下がった。ジルドは、最後まで不服であったが。

 陽守の民は保護すべきだ。つまり、ここは守りに徹してレラを避難させるが正しい選択であることなど、ジルドには分かっている。分かっているのに。

 揺るがないレラの夜明け色の瞳が、ジルドの選択を迷わせる。まるで、『本当に、その選択肢でよろしいですか?』そんな風に問われているようであった。


「大丈夫ですよ」

「……は?」

「だって、私の隣には殿下。貴方がいてくれているのですから!」


 レラにも分かっている。ここは、避難するが得策。しかし、きっとこれはレラの力が必要な場面だろう。ならば、引き下がるわけにはいかない。

 だってレラは、陽守の民(ヒロイン)なのだから。


「はぁ!? バカか!!」


 この場面で、顔を茹で蛸のように真っ赤にして悪態をつくのがジルドである。そこは、もっとこう……。いや、やめておこう。これはこれで、可愛いので。

 そこまで考えて、レラは我に返る。ほわほわ~っと、緩みそうになった気持ちを立て直した。今はそんな場合ではなかった、と。


「私は正気です」

「~~~っっっ!!」

「殿下? 私に力をお貸し願えますか?」


 上目遣いに、しかし、獲物を狩るような目で見られたジルドは、ハクハクと口を開け閉めする。ぐっと歯を食いしばると、観念したように「分かったよ!!」と叫んだ。


「ふふっ、幸甚の極み」

「いいか! 無茶だけはするなよ!!」

「承知しました!」


 いまいち信用できなかったのか、ジルドが念を押すように「絶対だからな!?」と言ってくる。それにレラは、少し悩んだ。

 実は、今こそ師匠に習った剣技を見せるとき! そう思っていたからである。しかし、ここはジルドに従った方がよさそうだとレラは判断する。

 そうなってくると……。遺跡での作戦が一番よさそうだ。レラは瞬時に辺りを見回し、目当ての人物を発見する。


「アルフ様ーーー!!」


 喧騒の中でもよく通るレラの凛とした声は、アルフの耳に確かに届いた。何故だろうか。生徒会長で皇太子のステファノの命を実行しなければならないのに。

 アルフは瞬時に声の主を探していた。姿を捉えて、体は自然とそちらの方へと向きを変える。この声は、決して間違えないと知っていたから。


「殿下、頼りにさせていただきますね」


 このような状況下に相応しくない。どこか柔かさを孕んだレラの笑みに、ジルドは何とも形容しがたい表情になった。


「ア、ルフよりも、しろ」


 そこで張り合うのか。レラは少し困ったような笑みを浮かべる。


「えぇ、勿論」


 しかし、そう答えてしまったのは、何故なのだろう。頗る満足げな雰囲気になったジルドに、レラは擽ったい気持ちになった。それを無理やり追い出して、集中する。


「逃げなさい!!」


 学院長の声と共に、生徒達の悲鳴が響き渡る。ワニの尾が生徒達に向かって振るわれるのが、レラにはスローに見えた。


「我、(こいねが)う! 清らかなる光よ!!」


 詠唱は事細かに言った方が、魔法は安定し威力も出る。しかし、戦闘で用いる場合、ほとんどの魔法使いは詠唱を省略する。今のレラのように。

 輝く光の盾とワニの尾がぶつかり合った衝撃で、辺りの木々が揺れた。押し負けそうになって、レラが奥歯を食いしばる。


「我、希う。冷寒なる氷よ。我が剣となりて害敵を貫け!!」


 剣の形をした無数の氷が、ワニの背に刺さる。あのようにしっかりと剣の形を作り出せるとは。やはりジルドの魔法の実力は、相当のものである。

 ワニが怯んだために、何とかレラの盾は壊れることはなく。皆を明るく照らした。


「我、希う。迅猛なる風よ。渦巻き木の葉のように吹き上げよ!!」


 その隙を見逃さず、アルフが追撃する。旋風がワニの顎を捉え、ワニは後ろへと引っくり返った。


「我、希う。冷寒なる氷よ!」


 ジルドがワニの口を氷で固める。そして、「やれ! アルフ!!」そう命じた。いつもよりも荒々しいジルドの口調に、アルフは何故か懐かしい気分になる。


「御意に!!」


 反射で答えて、アルフは剣をワニに突き立てた。夕日は沈み、赤は紫に、そして夜がやってくる。しかし、辺りはレラの光によって暗くなることはなかった。


「きれい……」


 女子生徒が呆然とそう溢した。そこかしこで、安堵と感嘆の息が交錯する。

 ワニが完全に沈黙したのを確認してから、レラとジルドはアルフに近寄った。剣を鞘にしまったアルフは、ジルドに騎士の礼をする。


「あ~……。堅苦しいのはいい」

「左様で」

「流石は殿下とアルフ様。お見事でした」

「いや、怪我人が出なかったのは、レラ嬢のお陰だ」

「ありがとうございます、アルフ様。しかし、盾以外にも色々と出来るようになりたいのですが……」

「一年では、基礎魔法が主だからな。これだけ出来れば、上等だろ」

「そうですかね」


 レラと気安い雰囲気で話すジルドに、アルフは古い記憶を辿る。いつからだったか。ジルドが“地味で物足りない第二皇子”などと言われるようになったのは。昔は、そうではなかった気がする。


「殿下、何かお言葉を掛けられては?」

「はぁ? それは、兄貴の仕事だろ」

「しかし、物凄く目立ってしまってますので」


 そこでジルドは、周りから注目されている現状に気づいた。そして嫌そうに口をへの字に曲げる。そんなジルドの様子に、レラもアルフも目を瞬いた。


「殿下……」

「何だ」

「逃げますか?」

「……いや、それは流石にまずい」

「今ちょっと揺れましたよね」

「うるせぇな」


 ジルドは渋々そうに、生徒達の方を向く。


「眼前の危機は去った! しかし依然、危険は色濃い!! 教員の指示に従い速やかに行動して欲しい。皆、無事でなりよりだ」


 第二皇子らしいそれに、生徒達が恭しく礼をした。ジルドは、気恥ずかしそうだったが。


「ジルド」


 嬉しそうに破顔したのは、ステファノで。


「どうして……?」


 混乱したようにそう呟いたのはビアンカであった。何故なら今頃、あそこで敬われているのは、ステファノの筈であった。その筈だったのに。

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