23.新学期も気合い十分
雪に阻まれ、予定よりも大分遅れてレラ達は帝都へと戻った。もともと学期はじまりには間に合わないと、学校には届け出をジルドが出していたため特にお咎め等はなかったが。
ビアンカをはじめとした生徒会の面々は、会長であるステファノにそれはそれはもう、凄まじく叱られたと噂で聞いた。
まぁ、新学期の仕事をステファノ一人でこなす羽目になったのだから。当然なのかもしれない。全て滞りなかった所をみるに、皇太子殿下の優秀さが際立った。
「流石は皇太子殿下と、学内はその話で持ち切りですね」
「あぁ、そうだな」
「この国の将来は安泰だという生徒もいれば、周りがあれでは少々不安だという生徒も」
「耳に入ってきてる」
放課後のジルドとの勉強会で、ちょっとした世間話として振った話題であった。しかし、ジルドの反応がいまいち鈍い。はてと、レラは小首を傾げた。
「なぁ」
「はい」
「オーロラに興味あるか?」
「んん?」
急に変わった話題に、レラの口から素っ頓狂な声が出る。どうやら皇太子殿下の話は、お気に召さなかったようだ。
「そう、ですね。確か大公領で見られるオーロラが、素晴らしいと聞きました」
「あぁ。夜の侵食がどうにかなったら、見に行ってやってもいいぜ。一緒に」
これは……と、レラは目を瞬く。デートのお誘いだろうか。確かに、オーロラの話を聞いた時は見に行けなくて残念だとは思ったが。
「お忙しいのでは?」
「学生の内は、兄貴と違って暇で暇でしょうがなくてな。お前もだろ?」
「ふふっ、奇遇ですね」
「ベネデットも連れてきていーから」
「ふむ。では、オノフレ様もご一緒に?」
「留守番させようにも、意地でも付いてくるだろーぜ、あいつは」
心底いやそうにジルドが溜息を吐く。しかしレラにとっては、あの四人での旅は大層楽しいものであった。妙な噂も立たないだろうし、実に魅力的なお誘いだ。
「そうですね。解決祝いにオーロラ鑑賞。とても楽しそうではあります」
「よし、決まりだな」
「決まってしまった」
「当然だろ」
「ふむ……。良いですけれど」
打って変わって、満足そうにジルドの口角が上がる。こうも露骨に好意を向けられると、そろそろ受け流すのも難しくなってくるというもので。
しかしレラは、困ってはいるが嫌ではなかった。ジルドの不器用なりのアプローチが。これはもう、確実に勘違いではなさそうだ。
とはいえ、レラは平民。陽守の民ではあるが、あまり目立つのは避けた方がいいだろう。はじまりの少女の結末を考えるのならば。
「楽しみにしております」
「あぁ、期待してろ」
今はただ、このままの関係で。ジルドの好意にも、レラの心の内に芽生えだした気持ちにも、全て知らぬ存ぜぬと目を閉じた。
******
冬も終わろうかという頃。いよいよ狂った魔獣を抑え込むのに、国は苦心し始めた。
国全体に不安が伝播していき、暗い雰囲気が常になっていく。それは勿論、学院内も同じであった。生徒会の面々が努めて明るく振る舞おうとも、それは変わらず。
何故ならば、狂った魔獣が学院を守る結界をも破壊するのではないかと囁かれ始めたからだ。夜な夜な、結界を攻撃する音が聞こえてくるのだから、生徒達の不安は最もであった。
「ほ、本当に、結界は壊れてしまうのでしょうか」
「そんなこと有り得ない! って言いたいけれど……」
辺りはまだ早朝のような薄明かるさであるが、今はもう朝の九時頃だ。
セレーナとペルリタは、不安そうに俯く。レラは「ふむ……」と、返事に困って隣にいたアルフへと視線を遣った。
レラの心配とは裏腹に学校で久方ぶりにあったアルフは、特に何も言ってはこなかった。ベネデッド曰く、アルフはドの付く真面目。真実はレラからではなく、ベネデッドから聞き出すべきと結論付けた可能性が高かった。故に、レラもその件については特に何も触れていない。
「どう、だろうか。俺も詳しくは教えられていないが……」
アルフは慎重に言葉を選んでいるらしかった。無駄に不安を煽るべきではないと、そう生徒会で決まったのだろうか。それとも、アルフの優しさか。そのどちらもだろうか。
「備えあれば憂いなし!!」
急に拳を握り締めてレラが声を張り上げたものだから、皆キョトンと目を丸めた。
「いざという時に動けるよう、備えておきましょう。心も! 魔法も! 武も!」
一欠片の不安も滲まない夜明け色の瞳が力強く輝く様は、上りきった太陽のような暖かさを皆にもたらす。不思議とセレーナもペルリタも、頬を緩めてしまった。
「そうですね!」
「ふふっ、レラらしいわね」
それに、レラはニッと歯を見せて笑う。すかさずペルリタに「はしたなくってよ」と、叱られてしまった。
「これは、失礼を」
「まったく!」
いつも通りの雰囲気が漂いだして、アルフもほっと息を吐く。レラはそんなアルフに、ウインクをしてみせた。それに気付いたアルフは、敵わないなと言いたげに苦笑する。
「私としては、今年も建国祭をやることの方が不安なのですが」
「でも、夜の部は慎重に協議をしているって聞きました」
「わたくしもよ。夜の部は中止にすべきだという意見の方が多いと」
「ただ、伝統を重んじる貴族も少なくない……。俺は、難航しているとも聞いた」
「ふむ……。なるほど」
しかし、現実的に考えて夜の部は開催出来ないだろうとは思うが。ゲームではどうだったのか。こういう時、少々歯痒い。
「お三方は、ご参加されるので?」
「そうね。舞踏会に参加する予定だけれど」
「ど、どうなるのでしょうね」
「昼からになるのではないだろうか」
「舞踏会ですか。想像も出来ませんね」
鈴來であった頃、何度か祖母に連れられパーティーに参加したことはある。しかし、舞踏会はついぞ縁がなかった。ワルツくらいならば、教養として身に付けたが。
「……? 第二皇子殿下に誘われたりはしていないのか?」
「んん!? 私がですか? まさか!」
「え? えぇ? レラさん、そうなんですか!?」
「いつの間に、第二皇子殿下と!? どうして言ってくれないのよ!!」
「ですから、そのような関係ではなくてですね」
アルフの爆弾発言に、セレーナとペルリタが色めき立つ。それに、レラは困ったように眉尻を下げた。
「平民の私に第二皇子殿下のパートナーなど務まりませんよ」
「そ、そんなこと……」
「まぁ、ないとは言えないわね」
「あうぅ……」
「でも、関わりがあることは否定しないのね?」
「た、確かに」
「……え?」
ペルリタに微笑まれて、レラは目を点にする。いい誤魔化し文句が浮かばずに、へらっと笑うしかなかった。
「それで? いつ、どこで、どのように、出会ったのかしら?」
「いやぁ、それはご勘弁願いたいのですが」
「是非! 是非、聞きたい、です!」
「うぅん……」
レラは助け船を求めて、アルフへ視線を向ける。意外なことに、合ったアルフの瞳には好奇心が滲んで見えた。
「アルフ様まで……」
「あっ、いや、すまない。その、第二皇子殿下は、だな。ご令嬢とダンス所か、会話もあまりされない事で有名なんだ」
「そうよ。いつも壁と仲良くされていらっしゃるの」
「壁と……っ!!」
想像が出来すぎて、レラは思わず肩を震わす。随分な言われようだが、ダンスに誘って欲しいご令嬢達からしたらこれくらいは言いたくなるのだろう。
「んっふふっ、まぁ、あれです。運命の悪戯ということにしておいてください」
「何よ、それ」
「いたずら? なのですか?」
「普通に運命で良いじゃない」
「そうですねぇ」
レラは乙女ゲームの記憶を頼りに、図書館に会いに行ったのだ。偶然の出会いなどではない。
会話をしてくれたのは、レラが陽守の民であったことが大きいだろう。あとは、ベネデッドの存在か。
何故、好意を向けられているのかは、レラにも分からない。知りたいが、本人から聞きたくはない。
これを誰かと共有する日は、永久にないだろう。だからレラは、「秘密です」そうゆったりと目を細めるのだった。




