22.アイテムを発見する
これは、もしかしなくともゲーム内でアイテムと呼ばれる類いのものなのでは。そうレラは、両手の中にある首飾りを観察する。
であれば、装備しなくては効果は得られないのだろう。さて、大公が何というか。レラは大公の底知れない笑みを思い出して、眉尻を下げた。まぁそこは、出たとこ勝負である。
「それは――」
「はい?」
「それは、お前が持つべきものだ。俺が叔父上を説得する」
「殿下……。嬉しいですが、勝算はあるのですか?」
「ほぼない」
「うう~ん。まぁ、ですよね」
将来的にこの地を治めるのはジルドではあるが、今現在は大公が全権を持っている。遺跡で発見したものなど、国の重要文化財であろう。二つ返事の方が無理だ。
しかし、手の中の首飾りを手放さなければならないと考えると、心が締め付けられるような心地になる。心底不思議だと、レラは切な気に目を伏せた。
「俺が! 何とかしてやるって言ってんだろ!」
そんなレラの様子に何を思ったのか。ジルドが思わずと言った風に、語気を強める。キョトンと目を瞬いたレラを見て、気恥ずかしそうに顔を逸らした。
「兎に角、お前は何も心配せずに待ってろ」
「……ふふっ。分かりました。頼りにしております」
「あぁ、それでいい」
ジルドは満足そうにフッと笑みを浮かべる。レラはジルドの言葉に甘える事にして、首飾りをただ大事そうに撫でた。
瞬間、外から爆音が響き渡った。地面が揺れて、今度こそジルドがレラを引き寄せる。
「これは、もしや?」
「あぁ、お出ましだ」
二人は目配せし合うと、一つ頷く。何の迷いもなく駆け出したレラの背を追いながら、ジルドは眩しそうに目をすぼめた。そして思う。もう少し鍛えるか、と。
遺跡を飛び出した先、雪が降りだした曇天の空を背に、巨大な青色の狼が佇んでいた。威嚇するように唸り声を上げる狼の目は、黒く狂っている。
「よりにもよって、ブルルーポか」
「殿下!!」
直ぐ様オノフレが、駆け寄ってきた。ジルドとレラを背に隠し「お下がりください!」そう魔獣との間に、短剣を構えて立つ。
炎の柱が上がって、レラはベネデットが戦っていることを把握した。ならばと、自身がやるべき事を瞬時に決断する。
首飾りをそこらに放る訳にもいかないため、レラは身に付けるという選択をした。レラが首飾りを身に付けた瞬間、首飾りが夜明けの光のような眩い光を発する。
「――っ!!」
ジルドもオノフレも驚いたように、目を丸める。レラは溢れる魔力を感じたが、構っていられないと魔獣を見据えた。
光を警戒するように、魔獣がレラへと顔を向ける。深い深い闇のような、飲み込まれそうな真っ黒な瞳がレラをしっかりと捉えていた。
しかし、それに怯むようなレラではなかった。吐いたそばから息が凍るような。冷たい空気をレラは肺いっぱいに吸い込む。
「我、希う! 清らかなる光よ、盾となりて我らを守護せよ!!」
凛とした声が澄んだ空気を震わせた。レラは遺跡の守護を第一に考えた。そうすれば、然り気無くジルドも守れて一石二鳥である。
遺跡と魔獣の間に、レラの想定の二倍はあろうかという光の盾が出現する。それに流石のレラも「おぉ……?」と、戸惑った声を出した。
「素晴らしいですね」
「いえ、いつもよりも調子が良すぎるようで??」
「首飾り……」
「え?」
「その首飾りの効果だろーな。普通に考えれば、だが」
ジルドのもっともな指摘に、レラは首飾りに視線を遣る。そして、なるほどと納得した。どうやら、パワーアップアイテムであったらしい。
「っ!? 来るぞ!!」
ジルドの声にレラは弾かれたように顔を上げた。魔獣が前足を振り上げる。氷柱のような爪が真っ直ぐに向かってくるのが見えた。
「上等!!」
破れるものならば、破ってみせてみろ。そんな表情で、レラが挑発的に笑んだ。
首飾りは、あくまでも底上げ。レラの学校での鍛練の成果だろう。光の盾は、術者のレラのように全く揺るがなかった。
逆に、光に焼かれて盾に触れた魔獣の手にダメージがいく。魔獣は苦し気な悲鳴を上げた。ここが好機とばかりに、レラは力一杯「ベネ師匠ーー!!」と叫んだ。
「わーってるよ! ジルド殿下! 前足を!!」
「誰でも使おうってか?」
そう言いつつも、ジルドは魔力を即座に練る。ここは、戦いに慣れているベネデットに従うのが得策と判断したからだ。
「我、希う! 冷寒なる氷よ!!」
ジルドの属性魔法は、氷であるらしい。ベネデットの指示通りにジルドは、魔獣の前足を氷に包み動きを封じた。
「アルフ坊っちゃん! トドメは頼んますよ!!」
ベネデットは、魔獣の後ろ足を斬り付ける。体勢を崩した魔獣は、苛立たしげに咆哮した。間髪いれずに、アルフが飛び掛かりトドメをさす。魔獣は完全に沈黙した。
「ふむ……? アルフ様達は、まだいらっしゃったのですね」
「何でだよ……」
「それは、わたくし共にも分かりかねます」
「だろーな」
手を振ってくるベネデットを視界に捉えて、レラは手を振り返しながら駆け寄る。見たところ、ベネデットに怪我はないようであった。それに、ほっと安堵の息を吐く。
「師匠!」
「おー、怪我はないな」
「私は大丈夫だよ」
「俺もだ。それにしても、何がどうなってああなった?」
ベネデットの視線の先には、未だ光を放ち続ける盾。レラはどこから説明したものかと、思案するように指を顎に添えた。
「レラ!!」
それを遮るようにして、名を呼ばれる。ビアンカとアルフがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「よかった……っ!」
レラの首飾りを見て、ビアンカが嬉しそうに頬を緩める。やはりそうだったのかと思ったが、レラは“無事でよかった”という意味に受け取った振りで。微笑みで受け流した。
「ベネデット卿っ!!」
珍しいアルフの怒声に、レラもビアンカも肩を跳ねさせる。ベネデットも驚いたように目を真ん丸にしていた。
「なぜ俺にトドメを!? 貴方ならば、ご自身でさせたでしょう!!」
怒っているというよりも悔しそうなアルフの様子に、レラは目を瞬く。ベネデットは、困ったように頭を掻いた。
「手柄は貰っとくもんですよ。上に行かれるのならば、奪ってでもね」
「俺は!!」
「上手くやらないと、俺のようになりますよ」
ヒラヒラと手を振ったベネデットに、アルフは息を詰める。知ってはいけない事実を目の前にしたように、緊張した様子で。
「ベネデット卿は、なぜ近衛騎士団を去られたのですか」
「……一身上の都合ですよ」
ベネデットはヘラっと笑うと、この話は終わりとばかりにアルフの横を通り過ぎる。レラをビアンカから守るようにして、レラの背に手を置いた。
「俺達は、この辺で失礼致します」
恭しく一礼すると、行くぞとレラの背をポンポンと軽く叩く。レラも一礼すると、ベネデットに促されるまま歩き出した。
「いいの?」
「いーの。アルフ坊っちゃんは、ドが付く真面目だって思い出しちまったから」
「似てる?」
「似てないな。ぜーんぜん」
ベネデットは、可笑しそうに目を細める。そこに穏やかさが滲んで見えて、レラも釣られて頬を緩めた。
ただ、背後からは納得がいかないという圧のようなものを感じて。レラは学校でアルフにどう説明しようかと、内心で溜息をついた。
「お見事でした、ベネデット卿」
「そりゃあ、どうも」
「おい、ベネデット。お前、最初から俺を使うつもりだったな?」
「有事の際には、前線に立ってこその皇族だと伺っていたもので」
「叔父上からか?」
「えぇ、その通りです」
ジルドは愉快そうに喉の奥で笑う。オノフレの方は見ずに、「だとよ」と話を振った。
「わたくしは、殿下を守るように仰せつかっておりますゆえ」
「短剣でどうするつもりだったんだよ」
「手待ちがあれしかありませんで」
「いや、魔法を上手く使えば短剣でもやり合えなくはない」
「……正気ですか?」
「え?」
場に何とも言えない空気が流れる。レラは拳を握り「師匠は最強なので!!」と、その空気を吹っ飛ばしておいたのだった。