21.遺跡で夜の神と陽守の民を知る
ジルドはレラの様子を見て、レラが落ち着くのを待つことにしたようだ。しかし、黙ったジルドを不思議に思ったレラがジルドを見上げる。
目が合ったらしく、ジルドは気恥ずかしそうに顔を逸らした。それにレラは目を瞬くと、ジルドの意図を察して困ったように笑う。相変わらずくすぐられる御方だ、と。
ジルドは気を取り直すように、大袈裟な咳払いをする。それに思わずレラは、「んはっはははっ」と妙な笑い声が出てしまった。
「おい……っ!!」
「これは失礼を。続きを聞かせていただきたく」
良い感じに肩の力が抜けたレラが、いつも通りの毒気のない笑みを浮かべる。それにジルドは何か言いたげな顔をしたが、言葉は白くなり溶けて消えた。
「ここ最北の地には、色々と伝承が残っていてな。そのどれもでも、少女はみなしごだと語られる」
「みなしご、ですか……」
「詳しくは分からないがな。少女と神は、交流を続ける内に大層親しくなっていった」
次の場面には、少女と神が手を取り合う絵が描かれている。その上に、文字のようなモノが彫られていた。
「これは?」
「古代文字だ。訳すと――“夜を恐れることなかれ”」
「和解したのですね」
「恐らくな。ここで陽守の民は、夜の神から光の力を授かったそうだ」
レラと同じ年頃だろうか。成長した少女の後ろには、大きく太陽が描かれている。夜は明け、朝陽が昇ったのだろう。その絵にも古代文字が彫られていた。
「“暁を守る者”、お前のことだよ」
陽守の民の、自身の役割を理解して、レラは一つ頷く。しかし、ここまで話を聞いていて不都合な真実はなかったようにレラには感じられた。
はてと、レラは小首を傾げる。続きの壁画へと視線を遣って、目を丸めた。
少女は立派な女性へと成長していた。その少女に向かって、複数の手が伸ばされていたのだ。少女は、悲痛な表情を浮かべている。
「これ、は……」
「陽守の民を国々が欲しがり、奪い合った。結果、はじまりの少女は命を失うことになる」
夜の神と心を通わせ、特別な力を授かった人間。周りが独占したがるのは、必然だったのだろう。そして、この愚行こそが隠しておきたい真実。
陽守の民が、戦火の火種に成り得る存在であったとは。いや、この世界の危機的状況を救えるというのだから、当然なのかもしれない。国が公表するタイミングに慎重になる筈だ。
しかし正直、レラには国のあれこれに興味はあまり湧かなかった。最も気になったのは、少女を失った夜の神が何を思ったのかということ。
「夜の神は、どうなったのですか?」
「分からねぇんだよ。一説によれば今も尚、少女の帰りを待ってるって話だが……」
「なるほど……。しかし、なぜ今になって再び力が暴走し出しているのだろう。遂に待てなくなったということなのでしょうか?」
「まぁ、神だからな。時間感覚が俺達と違うと言われても納得は出来る」
夜の神は、少女を望んでいるのだろうか。いや、少女ではなくとも理解者さえいれば何とかなる気もする。レラは、どう動くべきかと思案するように目を伏せた。
そもそもとして、レラはあくまでも陽守の民というだけで、少女本人ではない。とどの詰まり、夜の神と対峙してみないことには何とも分からないということだ。
臨機応変に、その場で対処する他ない。まぁ、何パターンか事前に考えておくべきではあるが。ビアンカの動きも考慮しなければならないので、難易度が高い。
「ふむ……?」
そこでふと、何故ビアンカがあそこまで遺跡に拘っていたのかという至極当然の疑問がレラの脳裏に浮かんだ。
物見遊山の可能性も捨てきれないが……。オタクという生き物は、聖地巡礼が好きなのだとアニメ好きの先輩が言っていた。後輩も同意していたので、確実なのだろう。
しかし、あの必死さ。何か遺跡に秘密でもあるのかもしれないと、レラには思えた。
レラ本人がビアンカと距離を取っているので、情報共有を求めてはいない。とはいえ……。少しばかり我慢すれば良かっただろうかという考えもレラの中にはあった。
駄目だ駄目だと、レラはその考えを否定する。ビアンカが求めていたのは、そういうビジネスライクな関係ではなかったのだから。距離を取った理由を忘れてはならないと、レラは自身を戒めた。
――――初志貫徹。大事なことですよ。
はい、おばあ様。レラは、この世界にやって来た日の決意を思い出す。“必ずやこの少女を幸せにしてみせる”、それがレラの行動基準だ。
そのためには、この世界が滅亡などして貰っては困る。更に、師匠をはじめとして周りの面々が傷つくのも耐えられない。やはり、“乙女ゲームのヒロイン”として、出来ることはやろうとレラは今一度決意を新たにする。
「殿下、つかぬことをお聞きしますが」
「……何だ?」
何事かを真剣に考えていたレラをジルドはそっとしておいてくれたらしい。急にレラに話し掛けられたものだから、ジルドは一拍遅れて返事をした。それに気づいたレラであったが、先程のやり取りを思い出し敢えて触れないことにする。
「この遺跡にあるのは、この壁画だけですか?」
「何故そう思った?」
「いえ、何となく聞いてみただけなのですが」
「……こっちだ」
困ったように笑ったレラに、他意はないと判断したのか。ジルドは、レラをエスコートして歩き出す。中央に鎮座していた祭壇、その裏側が見える位置で足を止めた。
「古代文字?」
「“約束の地で、永久に待つ”」
「……?」
「“最愛の子よ”」
それはまるで、夜の神が少女に向けて書いた置き手紙のようだった。まさかとレラは、ジルドに視線を遣る。ジルドは詳細は分からないと言いたげに、首を左右に振った。
「約束の地……?」
何処を指しているのかレラには見当が付かず、思わず文字を指先でなぞった。瞬間、祭壇が眩い光を放つ。
「……っ!? レ――」
「殿下!!!」
咄嗟に守らなければと、レラの脳が命令を出した。ジルドの方が体格は大きいのだが、レラはジルドを抱き寄せ祭壇に背を向ける。
暫くすると光が徐々に収まっていき、元の明るさに戻っていった。レラはジルドの無事を確認しなければと、少し距離を空け顔を見上げる。
「お怪我はありませんか!?」
「~~っ!! ねぇよ!!」
ジルドの顔は、怒りか羞恥か。真っ赤に染まっていた。それに、レラは両手をパッとジルドから離す。
「これは、失礼を」
「何でお前がそっちなんだよ!! おかしいだろーが!!」
ジルドにそう言われて、レラは心底不思議そうに小首を傾げた。普通に考えて、自国の皇子を守るのは至極当然のことであると思ったからだ。
「ぐっ……!! そこは、俺に守られてろ」
「またの機会があれば」
ジルドは、苛立つと前髪を乱す癖でもあるのか。見えた瞳が不満気で、レラは苦笑してしまった。
「それにしても、あれは何だったのでしょ、う??」
話題を変えようと、レラは後ろの祭壇を振り返る。先程までなかった何かが祭壇の上に浮いていて、レラの声が驚きで裏返った。
「あれは、いったい?」
「分からねぇ。勝手に触れていいもの、か……?」
ここは、大公が管理している遺跡だ。ジルドの疑問は、尤もである。レラとジルドは顔を見合わせると、お互いに困った顔をした。
「一度、叔父上に報告するか? いや、しかし……。これまで誰が祭壇に触れてもこんな事にはならなかった」
ジルドは頭の中を整理するように、言葉を並べていく。
「つまり、これは陽守の民のためのもの。お前への贈り物、か……?」
「ふむ。触れてみますか? 持ち帰って、お見せすれば良いのでは?」
「……そうだな」
二人は再び顔を見合わせ、今度は同時に一度頷いた。レラは、祭壇の上に浮かぶものを真っ直ぐと見上げる。
繊細な細工が施された美しい首飾り。サンストーンが散りばめられ、中央にはペリドットが鎮座していた。
昔、誰に聞いたのだったか。レラは、定かではない記憶を掘り起こす。ペリドットは、太陽の光のように輝いていることから『太陽の石』と呼ばれていたのだとか。
まるで、夜の神から少女へのお守りのようだった。確かに、レラにはそう感じられたのだ。
「大事にします、夜の神よ」
レラが首飾りに触れると、待ち望んでいたかのように、首飾りはレラの両手の中に収まった。




