20.第二皇子といざ遺跡へ
翌朝、大公殿下に急な公務が入り、遺跡の案内はジルドに一任された。遺跡の中に入れるのは、ジルドとレラ。ベネデットとオノフレは、外の見張り小屋で待つことと決まった。
昨日と同じく、トナカイが引いてくれるソリに乗って、雪の上を行く。この辺りでは、一般的な移動手段である。
幸運なことに、ベネデットが心配していたような吹雪になるような事もなく。滞りなく遺跡へと、レラ達一行は到着した。
「流石はレラだな。持ってるね~」
「ふむ。陽守の民だからなのかな?」
「確かに……? 関係あったりして」
レラとベネデットは顔を見合わせると、同時に吹き出す。その笑みは、そっくりなものであった。
「共に暮らしていると、似てくるのでしょうか」
「さぁな」
昔のベネデットとそう変わらないと思っていたジルドであったが、あのように穏やかに笑う男ではなかった。あれは、レラの影響だろうか。
「あははっ、は、ハァッッ!!!」
ふと何かに気付いたレラが、素っ頓狂な声をあげる。それに、ベネデットが肩を跳ねさせた。
「おぉ……? なに? どうした?」
「いや、あれって……」
「ん~? って、おいおい……」
レラの視線の先を辿ったベネデットは、呆れたような息を吐き出す。遺跡の入口付近には、ビアンカ一行が見えたからだ。
「あのお花畑共……」
まだ諦めていなかったのかと言いたげなジルドの声音に、レラも思わず苦笑する。大公がいなければ、どうにかなると思ったのだろうか。
近くに寄ると、守衛と言い争う声がはっきりと聞こえ出す。レラはここに来る前、ベネデットから教えて貰った“大公殿下が選りすぐった兵団が守護してる”という言葉を思い出し納得した。
「だから! オレは大公の息子なんだよ!?」
「なればこそ、ここをお通しする訳にはまいりません」
「この……っ!!」
「エリゼオ、落ち着いて?」
「……ビアンカ」
エリゼオが申し訳なさそうな、悔しそうな表情を浮かべる。ビアンカはそれを見て、痛そうに眉尻を下げた。
「大丈夫よ、エリゼオ」
「……うん」
ビアンカは、守衛を真っ直ぐと見上げる。皇太子の婚約者らしく堂々とした佇まいであった。
「私が一緒でも通れないのでしょうか?」
「無理でございます。たとえ、ここにいらっしゃるのが皇帝陛下とて。大公殿下の許可がなければ、何人足りとも」
泰然とした態度を貫く守衛に、ビアンカが「うぅ……っ!」と困ったように呻く。それに釣られたのか、ネヴィオも同じような顔になっていた。
「臨機応変という言葉を知らないのですか? この際、ビアンカとエリゼオだけで良いのですよ。だから、入れてください!」
「ニコロ、恐らくそういう話ではないと思う」
「アルフはどちらの味方なのですか!?」
「いや、俺はだな……」
ニコロに詰められて、アルフは困ったようにオロオロとする。鍛練を共にしている時は、強者オーラが凄いのだが。普段のアルフは、どうにも頼りなく見える。
「お前達、何してるの?」
「あっ……。ジルド殿下」
ビアンカの視線が、ジルドからレラへと向く。目が合ったので、レラは淑女の礼をした。それに、ビアンカが唇をきゅっと噛む。
「諦めて帰った方がいいよ。寒くて凍えるだろう?」
ジルドはそれだけ言うと、話は終わりとばかりに顔を守衛に向けた。守衛は、ジルドに恭しく辞儀をする。
「お待ちしておりました、ジルド殿下」
「ご苦労様。これ、大公殿下からの書状だよ」
「拝見いたします」
ジルドから書状を受け取った守衛は、レーヴェスティ大公の紋章が入った蝋印を確認し封筒を開けた。中の書類に目を通し、一つ頷く。
「確かに。どうぞ、お通りください」
「あぁ」
「師匠、いってきます!」
「はいよ、気を付けてな」
「承知した!」
「殿下もお気を付けて、いってらっしゃいませ」
「お前らもな。なるべく早く戻るが……」
「承知しております。日の入りが早いですから」
大公領の冬は、日照時間が短い。午後三時には、暗くなってしまうのだ。それが、夜の侵食により更に早まっている。
「まぁ、ベネデット卿がいれば問題ないかと」
「それもそうだな」
「勘弁してくださいよ」
ベネデットが困ったように頬を掻く。釣られてレラも苦笑してしまった。しかし、ベネデットが強いのは事実なので、大丈夫だろうという気持ちもある。
「行くよ、レラ嬢」
「はい! 参りましょう!」
気合い十分でレラが足を踏み出した瞬間、「待って!」と呼び止められ、つんのめりそうになる。何とか耐えて、声の主へと顔を向けた。
「レラ、私も……っ!!」
「申し訳ありません! 私にはどうにも出来ませんので、また皇太子妃になった時の公務にでも!! ね!! では!!!」
勢いでそう言い切り、レラは自らエスコートされにジルドの腕を取った。それに、ジルドが肩を跳ねさせる。
しかし、直ぐ何事もなかったかのようにジルドは自然に歩き出した。レラもそれに続いて足を踏み出す。
少し行った所でレラは、「申し訳ありませんでした、殿下」と不躾な行動を詫びた。それにジルドが、「そのままエスコートされとけ」と言うので、お言葉に甘えることにする。
ジルドは遺跡の中に入る直前、レラを一瞥した。不安がっていないかと思ったのだ。しかし、そんな予想が当たるわけもなく。ワクワクと期待に輝く夜明け色の瞳を捉えて、ジルドはフッと口元を緩めた。
「ふむ、これは素晴らしい」
遺跡に足を踏み入れたレラの第一声がそれであった。
壁掛け松明の火が揺らめき、遺跡の中を明るく照らしている。遥か昔、人々が手堀りで作ったとされる洞窟。どれだけの歳月をかけたのか。はしたなくならない程度に、レラは洞窟の中を見回した。
「足元に気を付けろよ」
「はい、ありがとうございます」
暫く一本道を歩いていれば、広い空間へと出る。その壁一面には、壁画が掘られていた。思わず、レラの口から感嘆の息が漏れる。
「これは……」
「凄いだろ?」
言葉を失っているレラに対して、ジルドがニンマリと満足そうに笑む。これは確かに、厳重に保護されて然るべきものである。
「この壁画は、夜の神と陽守の民との友情を描いたものだとされてる」
「友情、ですか?」
「あぁ、つまり――童話はあくまでも作り話ってことだ」
そこでレラは、合点がいった。大公の許可がなければ何人足りとも入れない理由に。知られては不都合な真実でもあるのだろう。
「あってるのは、出だしの所くらいか」
「『昔々、人々は夜を恐れ嫌った』?」
「そうだ。夜の神は、酷く繊細な神様らしい。そして何より、夜を愛していた」
「では、怒ったのではなく?」
「哀しんだそうだ。こっちへ」
ジルドはレラをエスコートしながら、向かって左側の壁へと近付く。そこには、夜の神と思しき男が涙を流す様子が描かれていた。更にその男の周りには、禍々しい何か靄のようなものが漂っている。
「夜の神は、自らの意思で世界を闇夜に侵食した訳ではない。力が暴走した結果、世界は闇夜に包まれた」
「なるほど」
ジルドが移動するのに合わせて、レラも歩を進める。闇夜に包まれた世界だろうか。人々が祈りを捧げている。
「見ろ。彼女が、陽守の民。はじまりの少女だ」
十歳未満くらいの少女であろうか。座り込む夜の神を覗き込むような体制の少女は、笑みを浮かべていた。いまだ涙を流す夜の神と少女は、見つめ合っているように見える。
「確かに、若者……では、ありますね」
陽守の民。つまりは、レラのご先祖様ということだ。何だか不思議な気分になり、レラは心を落ち着けようと深く息を吐いた。